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第6話 届かなかった声

「……五木たちと連絡が取れない?」

行方不明となった少女の自宅を拠点に捜査の指揮を執っていた篠宮のもとに、稲城と合流予定だった班からそんな一報が届いた。

先に現地へ向かわせていた五木からは、稲城、黒沼と合流したとの連絡が一度あった。だから、すぐ合流できるはずと。しかし、現地に到着した班によると――稲城の姿はどこにもなかったという。それどころか、五木や黒沼の乗った車の形跡もなかったらしい。

「GPSは?……どちらも切れてる?いつからだ…クソ」

篠宮は小さく舌打ちし、携帯越しに指示を飛ばす。

「三人の捜索は、別の人間に任せる。いや、謝罪はいい。お前たちは必ず複数で行動しろ。絶対に、一人になるなよ」

通話を切り、頭の中で動かせる人員を洗い出す。魔法による事件には、一般の警察官を投入できない。安全上の理由もあるし、事件の性質が特殊な上、魔法の存在は秘匿にしなければならない。動かせるのは魔法捜査課の人間だけだが人数が少ない。そして、ほとんどの捜査員は、すでに現場へ出払っている状況だ。

「……伊藤さんに相談して……いや、相談したところで」

本部に残っているのは、保護した女性の護衛を担当する伊藤と、ほんの数名。その数名も捜索には適性がない。捜索中の他の班も、人を分けた時のリスクが大きすぎる。

「五木、黒沼、稲城……」

最年少の五木。魔法が苦手な稲城。経験豊富だが、今は魔力切れで動けないであろう黒沼。

「……考えろ」

魔法捜査課はいつだって多忙だ。別の部署から魔法案件と思われた普通の事件も回されるからであり。魔法を使った捜査に加えて、魔法を使ってはいけない捜査、さらには事件後の処理や報告業務まで、常に仕事に追われる魔法捜査課の捜査員たちは数ヶ月で普通の警察官としてはベテランと呼べる程に育つ。だが魔法を使った殺人事件となると話は別だ。魔法による傷害事件なら、年に数件はある。だが魔法による殺害となれば話は違う。珍しいどころか、捜査課内でも未経験の者のほうが多い。なぜなら、殺人事件が起こる前に目立ち捕まるからである。魔法に目覚めたばかりの者は、多くの場合、その力に興奮し、有能感に酔う。そして大きな事件を起こす前に繰り返し試す。何度も何度も試しその過程で注意力が下がり、たいていの者は試し方が派手になり捕まり、更生の道を歩むことなる。もちろん、魔法犯罪者が入るのは、普通の刑務所ではないのだが。その為、魔法による殺人事件に対しては素人同然なのだ。

「…大丈夫ですか」

篠宮が深く息を吐いたそのとき、肩を軽く叩かれた。振り返ると、少女の母親が心配そうに立っていた。

「……気になりましたよね。申し訳ありません、大丈夫です。進展があればすぐにご報告しますのでどうぞ、リビングで休んでいてください」

篠宮は安心させようと微笑んだが、それは微笑んだ本人も上手くできていないと自覚するほど不自然すぎる笑みだった。

「無理に笑わなくても大丈夫です。あまり、いい状況ではないんでしょう?」

図星だった。返す言葉もなく、篠宮は小さく頭を下げる。

「すみません……。」

「魔法絡み、なんですよね。この事件」

その一言に、篠宮の目が見開かれた。まさか、彼女の口から魔法の言葉が出るとは思っていなかった。

「……どうして、それを」

「皆さん、私たちには見えないようにしてましたけど、私も魔法が使えるので見えちゃってたんです。使えると言っても火を出せる程度なんですが。亡くなった祖父から誰にも言うなと教えられていて、主人と娘にしか話してません。祖父も、曾祖母からそう言われていたそうです。魔法が使えても良いことはないからと。」

なるほどと、篠宮は納得した。魔法使いは、力を使わない限り一般人と見分けがつかない。だから、かしこく隠れて暮らす者たちも一定数は存在する。

「……もしかして、娘さんも?」

篠宮の問いに、母親はうなずいた。

「ええ。でもあんまり役に立たないって本人は言っていました」

「どんな魔法か、分かりますか?」

「物を浮かせたり、飛ばしたりできるみたいです。本人は、私みたいに火が出せたらよかったらしいですが。」

物を浮かせ、飛ばす。

「……そうですか」

逃げるのには役に立たない魔法だ…。そんな思いが頭をかすめ、そんな考えをしてしまった自分自身に嫌悪する。

「長い事、反抗期なのか、大人は信用ならないとか嫌だって話も聞いてくれなくて…魔法が使えるからって、無理をしていないといいんですけど……」

多感な時期の子だ…。役に立たないと言っていても、大人に頼りたくない娘はきっと使ってしまうだろう。

「娘さんが無理をしなくて済むように。我々も、全力を尽くします」

犯人がどの様な考えで動いているのか。まだ、分からない。どうして、傘を盗んだのか、その傘で盗んだ相手を殺したのか、ビルに吊るしたのか、五木や黒沼、稲城を狙ったのか。

すでに捜査官たちによって、自分以外に魔法使いがいることに犯人は気づいてしまっているだろう。独自性が失われたと激情するタイプだったら、捜査員だけでなく少女も使えると知ったら…。場所を選ばず殺してしまうかもしれない。そもそも連絡の取れない三人もすでに…

「隠すように言ってたんですけどね。どうせバレないって外で使ってしまったらしくて……そしたらある日、他にも使ってる子が2人もいたんだよって…え?」

嫌な考えにたどり着きそうになっていた篠宮だったが、母親の言葉に思わず母親の肩をつかむ。

「……魔法が使える子がいた?2人も」

「え、はい。」

篠宮はその言葉を反芻する。肩を掴まれた母親は目を白黒させつつ、篠宮の言葉に応える。

「その子たちにあったのは何時ごろですか。近所に住んでる子ですか?どんな魔法か聞きましたか?」

「2年ほど前に近くの古本屋さんで会ったって言ってました。魔法は…あまり聞いていいことじゃないと思っていたので…どこの子なのかも…。ただ少ししてからその子たちの話が出なくなって。」

殺人事件は高層ビルで行われていた。初老とは言え成人男性も行方不明になっている。

「ある日、急に自分の魔法は役に立たないっていうようになったんです。物を浮かせられても、物を投げられても人を助けることなんてできない。隠してもあげられないって」

捜索にたけた黒沼も苦戦するほどの隠蔽が使われていた。五木たちは見つかっていない。

「貴重なお話ありがとうございます。…肩つかんでしまい、すみませんでした。」

「いえ、こちらこそ驚かせてしまってごめんなさい。」 

部屋に戻りますね。と去っていく少女の母親を見送り、伊藤に電話をかける。

そうであってほしくないと思いながらも、考えがまとまっていく。

「もしもし、伊藤さん。調べて欲しいことがあるんですが。」

【なんだい?】

「そちらで保護している女性の在職していた学校に…いえ、教え子に亡くなった子がいなかったか。いたのなら、その子の亡くなった理由とその子と仲の良かった子、あるいは兄弟が何処にいるか調べて欲しいんです。」


「…もし、自分の考えが合っているのであれば、今回の事件は…亡くなった子の為の復讐です。」


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