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第9話 届いた連絡

黒沼の魔法を頼りに進んでいた三人だったが、ふわりと煙が壁に吸い込まれていくのを見て、思わず足を止めた。

「……ここだな。」

見た目は何変哲もない壁だがほんの僅かに魔法の痕跡がある。黒沼はタバコを持った手を壁に突き出す。煙草が壁に近づくと、ふっと消え、さらに進むごとに壁に接した部分が徐々に消失していった。稲城と五木はその様子に黒沼の腕を引き戻そうとしたが、黒沼に反対の手で止められ、行き場のなくなった手を下げる。しばらく見えなくなった先で手を動かすような動きをし、黒沼は何かを考えるようにもう手で顔を押さた。そして小さく頷くと壁から体を離そうとしたがその時、黒沼の顔が一瞬ゆがんだ。

「黒沼さん?」

「……いや、平気だ。」

何事もなかったかのように動き出す黒沼。壁に消えていた部分が順々に戻り、壁から完全に体が離れると、元の姿に戻っていた。

「大丈夫なんですか?」

「あぁ」

黒沼は手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。じっと手を見ているものだからやはりなにかあったのかと、稲城が黒沼に再度声をかけようとした瞬間。

「よし」

黒沼はそう言うやいなやためらうことなく、顔から壁に突っ込んでいった。

「ちょっ、黒沼さん!?」

慌てて、稲城と五木が左右から黒沼の服を掴む。無理に引き戻そうと力を入れるが、黒沼は二人のそんな様子を気にすることなく一歩ずつ進んでいく。

「なんで進む!引っ張っってるんだから止まるでしょ!?」

稲城は一歩踏み込んで体重をかけ、五木も力を込める。

「くっ、そ!」

二人が必死に力を込めた瞬間、ようやく黒沼が諦めたのか、少しずつ体が戻り始め、最後に不機嫌そうな顔が現れる。乱れた前髪をかき上げながら、まるで何もなかったかのように二人の前に立った。

「お前らさぁ……俺が考えなしに突っ込むと思ってたのか?」

息を荒くしている稲城と五木を見て、黒沼は冷たく言った。首元をさすりながら、その姿はどこか痛そうだ。

「何も説明されなきゃ、そう思いますよ!?」

五木の声は、怒っているというより呆れていた。稲城は苛立ちを隠さず、肩で息をしながら詰め寄った。

「毎回、こっちがあんたの考えを察して動く前提やめてもらえませんか? 言わなきゃわかんないんですよ。」

あまりの勢いに黒沼は少し引きつった表情を見せたが、すぐに手を上げてわかった、わかったと二人をなだめる。

「ここ出る分には何もないんだ。ただ入ろうとすると、かなりの抵抗があるんだよ、魔法自体は薄いけどな…。」

首を気にしながらそう言う黒沼を見て、一応、稲城と五木は納得した。

「外の様子を探った感じ、危険はなかった。だから、さっと通り過ぎようと思っただけで。」

そこまで聞いて、五木と稲城は拳を握る。

「それ、先に行ってくださいよ!」

「……そこまでわかってるなら言えよ!」

五木はまだ息を切らしながら怒鳴る。

「だから、わざわざ煙草を向こうにやって魔法で確認しただろうが。」

「確認してたんですね。わかんなかったですよ!もっとはっきり使ってください!」

稲城も語気を強めて続き、黒沼はすまん、と肩を落とした。



篠宮が見知らぬ電話番号からの連絡を受けたのは、伊藤との通話を終え、三人の捜索に誰を出すか検討していた時だった。最初は気にする余裕がないと、無視した。しかし、すぐに再び着信が鳴り、今度は即座に着信拒否しようと指を動かした。その途中でも電話は鳴り続け、苛立ちながらも何とか着信拒否に成功したが、すぐに別の捜査員からの電話が鳴り始めた。

「この忙しい時に……」

捜査員が通話を切ろうとスマホを出した瞬間、その番号に目が留まる。

「その番号……。そのスマホ、貸してくれ。」

「あ、はい。」

捜査員のスマホに写っていた番号は、篠宮にかかってきていた番号と同じだった。いたずら電話かと思ったが、捜査員にすらこのタイミングで電話をかけてくる人物がいるはずがない。つまり

「もしもし。」

【篠宮か? こっちに出るってことは、間違って番号を覚えてたのか。】

「いや、間違ってない。もしかしたらと思って、俺が借りただけだ。」

聞こえてきた声に、篠宮は思わず安堵の息を吐く。予想通り、黒沼だった。

「無事だったか……黒沼。」

【おかげさまでな。】

黒沼の名を聞いて、周囲の捜査員たちの顔に歓喜の表情が浮かぶ。

「その電話、誰に借りてるんだ?」

【たまたま、すれ違った気のいい兄さんが貸してくれたんだよ。すぐ返すから、できれば連絡手段をくれ。】

電話つながったかーなんて気の抜けるような声が黒沼の電話向こうから、聞こえ緊張感がないなと少し気が抜けた。

「そうしたいが、人が少ない上に今はお前たちのことがあったから、安全対策で捜査員たちをむやみに動かせない。申し訳ないが、こちらに戻るか、保護対象のもとに向かった捜査員たちと合流してくれ。」

【現場に行くに決まってるだろ。犯人にはいいようにやられたからな。のしつけて返してやらなきゃならない。】

即答だなと、苦笑しつつ篠宮は自分の携帯から現場の住所を出し文章を打ち込む。

「わかった。場所を送る。すまんが、返す前に消してくれ。後で記憶課を送るから連絡先抑えておけ」

【わかってる】

篠宮が場所を送ると、すぐにスマホを操作する音が聞こえてきた。

「お前たちがいない間に犯行動機や犯人のことも分かった。詳しくは合流した後に聞いてくれ。無茶はするなよ。」

【あぁ。】

黒沼の短い返事と共に、電話が切れた。篠宮は、心配している自分の気持ちなど、全く考えていないだろうという思いを胸に、スマホを捜査員に返す。

「黒沼たちが捜査に戻った。他の連中にも連絡してくれ。」

「はい。」

捜査員たちがバタバタと動き出すのを見送りながら、篠宮は椅子に深く座り込む。

「助けてやってくれ、黒沼。」

犬を抱いて微笑む少女の写真をじっと見つめた。



「スマホを貸してもらってすみませんでした、お兄さん。あと、履歴を消す許可までくれてありがとうございます。」

「いや、お巡りさんの助けになったんやったら、よかったわ。」

青年は軽く手を振りながら、にっこりと笑ってスマホを受け取った。

連絡先を渡そうと青年がポケットの中をいじっていた時、青年は思い出したように口を開いた。

「それで、現場に行くって言ってたけど、足あるんか? 送ろうか?」

「そこまでお世話になるわけには。」

五木は首を振る。青年は一瞬考え込み、すぐに理解したように頷いた。

「せやね、現場には一般人を連れて行けんやろうしな。でも、気をつけや。」

そう言って、青年は名刺を差し出すと軽く手を振り、去っていった。稲城はその背中をちらりと見送ると、黒沼に向かって呟いた。

「いい人でしたね。」

「まあ、俺たちとのことはすぐに忘れるだろうけどな。さ、行くぞ」

稲城の言葉に黒沼がそう答えると、稲城は軽く苦笑し頷いた。

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