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第10話 束の間の息継ぎ

現場に到着した黒沼たちに気づくと、車の近くで待機していた数名の捜査員たちが駆け寄ってきた。息を弾ませながら、彼らの目には安堵と緊張の入り混じっている。黒沼たちがさらに数歩近づくと、その表情は幾文か和らいだ。

「俺、最近駆け寄られてばっかりな気がする。」

走ってくる捜査員の姿に黒沼がぼそりとつぶやき、その言葉に五木が吹き出した。近くまで来ていて、そのつぶやきが聞こえていた捜査員たちも次々に笑い出す。

音信不通になってばかりだからだろう。と稲城は思ったがもっとも、自分も同じ立場なので指摘するのはやめておいた。おそらく、なぜ笑われているのか分かっていないのは黒沼一人だけだ。

「ゲフン…迷惑かけたな。」

黒沼が誤魔化すように咳払いをし、口を開くと一人の捜査員が真っ直ぐに答える。

「迷惑だなんて、なんか焦げてるけど無事でよかったです。」

「煤までつけて、もうちっとどうにかならなかったんですか?」

「でも、いつも煙まみれだから、臭いはあんまり変わらないですね。」

「おーい、誰だ人の臭い嗅いだやつー。表出ろー。」

「ここ表ですよー。」

捜査員たちの張りつめていた表情が少しずつほぐれていくのを感じながら、黒沼は張っていた肩の力を抜いた。

「五木も焦げてんな、今度は何に合ったんだよ。」

「飴も溶けちゃったんだろうな。五木くん、かわいそうに…。」

「連絡つかないって言われたときは心配したけど、無事そうでよかった。」

「稲城も、凄いボロボロだな。」

「すみません。」

五木と稲城は軽く頭を下げるが、次の瞬間には複数の手が2人に伸び、わしゃわしゃと撫でまわされる。捜査員の中で最年少の五木は、まるで弟のような扱いを受け、髪はあっという間にボサボサになり、顔を赤くなる。稲城も巻き込まれて恥ずかしそうに手で払いのけようとするが、捜査員たちはなかなか離れず、その様子を見ていた黒沼が、一歩前に出て声を張り上げた。

「えぇい、散れ!気を抜きすぎだ。まだ捜査の途中だろ!他の奴らは!?保護対象は?犯人は?」

その言葉に、ようやく捜査員たちは我に返り背筋を伸ばす。黒沼の近くにいた捜査員の一人が表情を引き締めながら報告を始めた。

「先程、男性を保護したそうです。怪我もなく意識もはっきりしていると。もうすぐ戻ってくるはずです。犯人は…まだ見つかってないので、捜索中です。我々は移動手段の保護の為にここに。」

良かった、間に合ったようだ。と稲城は胸を撫で下ろす。しかし、件の確認をしなければならない。

「少女は?」

ぴりと空気が緊張する。黒沼の問いかけに捜査員たちは一瞬、口をつぐみそれから気まずそうに目を反らし合う。

「少女は?」

もう一度、黒沼が訪ねると先ほど報告していた捜査員が口を開いた。

「捜索中です。犯人なので…。」

「そうか。」

一応、少女の情報もあったことにホッとする。なかったらなかったで、保護されていたところを捕縛しようと思っていたが、情報が回ってるなら捜査員たちも無闇に少女には近寄らないだろう。

「あの…もしかして、知ってたんですか?少女も犯人の一人…というか…。殺人を犯していたのはその少女だってこと。」

報告していた捜査員の隣にいた別の捜査員の言葉に黒沼は目を細め、静かに息を吐く。

「いや、知らなかった。…確定したのは今だ。…篠宮、これぐらいさっきの電話で伝えられただろう…後で聞けとか無駄なことを…。」

ぽつりと漏らした黒沼の文句に、五木と稲城がじとりとした視線を送る。自分だって篠宮さんに言わなかったくせにと。

「怪しんでたなら最初からそう言ってくださいよ。」

「さっき…襲われたから気づいただけで…。お前らの中で少女がどういう扱いなのか知らなかったんだから仕方ないだろ。」

襲われたという言葉に、捜査員たちは小さく息を呑む。

「だからボロボロに…。」 

「他に何だと思ったんだよ…。」

力なく言う黒沼に、事件じゃなくても音信不通なったり、燃えたり水びだしになったりしてるからだろうとよく巻き込まれ慣れている稲城は思った。

「車の爆発から逃げられたと思ったら、隠蔽を使ってたやつに隠蔽のかかった空間に隔離されてたんだ。そのまま死なせたかったのか、それとも…まぁ、どういう意図があって、隠したのか本人じゃないからわからんがな。」

煙草を取り出し火をつけれる。

「とりあえず、俺らは犯人の方を探す。お前らはここで、車と合流する保護対象を全力で守れ。隠蔽の厄介さは経験したから分かるだろうが、件の少女の方は殺意が高い。少しでも気を抜いたら死ぬぞ。」

「はい。」

「いいな、死ぬなよ、死なせるなよ。罪を増やさせるな。」

「はい。」

全員を見回し、黒沼がそう言うと全員が強く頷き、それぞれが持ち場に戻っていく。

「それじゃ、僕は待機班の方に行きますね。お二人とも気をつけて」

五木が黒木たちから離れようとすると、入れ替わりに女性捜査官やってきた。

「五木くん抜けるなら、私そっちについて行っていい?」

綿貫わたぬき…」

「貴方達、ボロボロだし魔力切れをドリンクで誤魔化してるんでしょ。それで犯人に会って負けましたじゃ、笑えないもの。それに事件の内容、篠宮達から聞いてないんでしょ。犯人に会う前に聞いておくべきじゃない?」

その言葉には冗談めいてはいたがあったが、目は真剣だった。

「組んでるやつらはどうするんだ。」

「元々異例の事態で一組一組がいつもより、人数多いから大丈夫よ。」

大丈夫よね!と綿貫が捜査員たちの方を振り返り大声を上げると、1人が両腕で丸をつくり、他のメンバーに頭を叩かれながら去っていく。

「だそうよ。」

「さっき、喝入れたのにまた気を抜いたような態度に戻りやがって。」

不機嫌そうな声を出しながら、黒沼は煙草を咥える。

「助けようとなんて思うなよ。」

「貴方に言われたくないわ。」

一瞬2人の間に剣呑な空気が流れるが、すぐに霧散する。2人の言葉に誰をという言葉はなかった。

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