バンと乾いた銃声が、密室の空気を裂いた。
咄嗟に身をひねった篠宮の左腕を、痛みが貫いた。心臓を狙ったのだろう弾丸は篠宮が動いたことで腕に逸れたらしい。生まれた勢いのまま後方へ倒れ込み、座っていた椅子が倒れ視界を遮る。
「っ……クソ!」
左腕を押さえながら、篠宮は銃声の主を睨みつけた。そこに立っていたのは、無表情の女だった。二十歳くらいだろうか、青年と年ごろの変わらない女が黒い銃を片手に、感情の見えない目で篠宮をみていた。
「……っ!」
バン、バンと追加で撃たれた弾を床を転がり何とか避けた篠宮だったが、撃たれた腕から激痛が走り押し殺せなかったうめき声がもれる。傷を無視してでも避けたおかげで、それ以上銃弾を受けることはなかったが、拘束していた青年からは完全に距離が離れてしまい、篠宮は思わず舌打ちした。
女は無言のまま、懐からナイフを取り出し、簀巻きにされた青年の身体を包んでいた布を切った。転がり出た青年の体は、下着すら身につけていない裸同然の姿だったからか、女が眉を寄せたがそれも一瞬で、すぐに無表情に戻ると、再び篠宮へと視線を向けた。
「助かったわ、チセ。せやけど、もうちょい早よ来てくれてもええやん。手首、痺れて感覚あらへんわ」
口を塞いでいた布を引き剥がしながら、青年は女の横に立ち、女からナイフを受け取った。ナイフを持ったまま手足を動かし、感覚を確かめる姿に女は鋭い視線を向ける。
「……たかが一般人2人と捜査官1人、簡単に始末できるって豪語してたの、あんただよね?こっちはちゃんと撹拌してあげたのに。結局、逃げられるし、捕まるし、おまけに人前で私の名前を呼ぶし……最低、役立たず」
女の声は冷たく、淡々としていた。しかし、その口調は苛立ちを隠しきれいない。
「はは、面目ないわ。思たより手強かってん」
青年が肩を竦めて苦笑するが、女は横目で睨み続けており、あからさまな溜め息をついた。篠宮は二人から目を離さずに立ち上がり、体勢を立て直す。
「……来るとは思ってたけど、まさか君が出てくるとはね。君、ちー姉さんだろ。少女の友人の」
篠宮の言葉に、女が篠宮に向き直り一度睨んだ後、無言のまま彼女は青年に顔を向け直し、思い切り青年の足を踏みつけた。
「いだぁッ!」
苦悶の叫びが上がるが、女はそれを無視して、グリグリと青年の足を踏み続けながら篠宮へと顔を戻した。ほぼそうだろうと思っていたが、女の反応的にやはり女はちー姉かと篠宮は確信した。
「……だったら何?アレの話を出せば、私が投降するとでも?」
アレという言葉に一瞬篠宮は引っかかりを感じたが、それよりも先ほどよりも温度を失ったような声で話す女に篠宮は口を閉じる。
「甘すぎませんか?捜査官さん」
「甘いで。俺のことも拘束だけで、骨を折ろうとも気絶させようともせーへんかったし。」
普通やるだろ?という青年に、誰がそんな事できるんだよと篠宮は思いつつ、一度考えを改めようと首を振り、再度女の方を向く。
「いや、ただ君がちー姉さんなら聞いてみたいことが合っただけだよ。あの子に協力していた君が、どうしてあの子の両親を殺そうとしたそこの彼にも協力してるのかとね。」
じっと見つめる篠宮に、女は長い長いため息をついた後口を開いた。
「アレの友達だったことなんて一度もありませんし、一度だって言ったことはありません。アレが勝手に寄ってきて、懐いてきただけ。それをあの子が受け入れたから、仕方なく無視しなかっただけです。」
篠宮は、先ほどの発言の引っかかりは間違えじゃなかったかと、思考をめぐらす。
「もう少しで仲間に引き入れられそうやったのに、あの子には死なれるし。けったいなのには懐かれるし、ほんまにかわいそうな」
「煩い」
「ッ!」
口を開いた青年の足をもう一度大きくあげた足で踏みつけ、足を抱えて転げた青年を冷たい目で見下ろし、女は篠宮の方を向き直る。
「私はアレに協力していたのではなく、アレを囮にしただけですよ。あんな弱い魔法しか使えないヤツじゃ、殺してやるって言葉を吠えるだけで何の役にも立たなかったので。あの子の復讐に少しでも関われてよかったんじゃないですか?」
「捜査官に殺されてくれたら、もっと良かったのにな。チセ」
「…縛ったままにしておけば良かった。黙ってて」
どうやら女のことになると、青年の口は軽くなるらしい。
「両親を狙ったのは簡単です。捜査官がついていながら一般人を守れなかったなんて、いい話題になるでしょ?それもおかしな事件で加害者、いえ、隠蔽にする予定だったから被害者になるアレの両親ですから。隠しきったとしても面白いことにはなると思って。」
「後、アレへの意思返しやろ」
再度足を踏もうとした女から、さっと青年が離れ自分の手で口を塞いだ。
「なるほどな」
篠宮は、女の言葉に理解しながらも今もまだ事件の渦中にいる少女と両親のことを思い、拳を握る。なんとかして、2人を無力化したい篠宮だったが、痛みと血の臭いが混ざり頭が働かなくなってきていた。
「…………。」
「それじゃ、そろそろいいです…!?」
「チセ!」
倒れないようにだけ、気力を振り絞っていた篠宮に女が再度銃をつけた瞬間、窓ガラスが大きく割れ、薄茶色の塊が飛び込んできた。
硝子の破片が飛び散り、青年は女を庇うように自分を縛っていた布を拾い女に被せ、篠宮も頭庇いしゃがみ込む。
「篠宮さん!」
「…五木か」
薄茶色の影は五木だった。五木は篠宮と2人の間に入ると杖を構え、篠宮を庇うように立った。
「遅くなりました。」
五木の乱入に一瞬後れを取ったものの、女と青年はすぐに体勢を戻した。
「もう来たんか。」
面倒くさいそうな顔をした青年の顔をじっと見つめていた五木は、何かに気づいたようでより表情が険しくなる。
「なんとなく嫌な予感がしたもんでね。あんた、電話貸してくれたお兄さんじゃないですか。」
「せやで、ちゃんと現場に行けるようにしてやったんやから、戻ってこうへんかったらよかったのに」
遠くからサイレンの音が近づく。
「まったく、無駄話しすぎたわ。」
やる気が削がれたと女は、銃を持ったまま反対の手で杖を出す。
「行かせるかよ。『縛っ』」
『貫け』
五木が女の杖を落とそうと、魔法を唱えようとした瞬間、青年が魔法を唱えナイフを五木に向かって投げた。
『飲み込め』
五木がナイフを回避しようと身をひねったのと同時に、篠宮の言葉に反応して転がっていたペリカンが五木の前に飛び出しそのナイフを飲み込んだ。
「まだ動くのかい。」
「まぁな」
悔しそうにこちらを見た青年に、口の端を上げた篠宮だったが、邪魔をされなかった女の魔法で青年たちの姿が消えて行っていることに気づく。
「待て!」
「五木。いい。」
篠宮は深追いしようとする五木の手をつかみ、止める。完全に2人の姿が見えなくなったところで、部屋の外から複数の足音が駆けてくるのが聞こえた。
「すみません、篠宮さん。助けに来たのに、役に立てなくて」
「ちゃんと役立ったさ。」
落ち込む五木に篠宮は苦笑する。足音が迫る中、篠宮は急激に血を流しすぎてフラつき、倒れこむ。
「すまない、五木。さすがに疲れた。」
「え! 」
倒れた篠宮が床にぶつからないよう抱きとめた五木だったが、ぐったりとしたその姿に血の気が引く。
「篠宮さん!篠宮さん、しっかり。篠宮さん!」
五木は叫ぶように何度も呼んだが、篠宮が返事をすることはなかった。