さて、と簀巻きにした青年を前に、篠宮は悩んでいた。
「…」
青年が持ってきていたナイフはペリカンの首にすべて食べられ一本も残っていない。とはいえ、抜け出されればもうまともに使える人形が手元になく、体力も残っていない篠宮が青年に勝てる可能性は低い。気絶させられれば一番いいのだろう、しかし戦闘中ならまだしも今は武装解除をして拘束済みなのだ、いくら襲撃者相手とは言え必要以上の暴力をするわけにはいかない。もし気絶させたとしてもうまくやらなければ後遺症が残る可能性さえある。
「 …」
両親は問題なく逃げれたということは、こちらから出る分には問題はない。外の様子を知るためにも一度出るかとも思ったが、襲撃犯であるこの青年の目的がはっきりしていないことも含めて、逃げられることを考えると一人残していくわけにはいかず。
「……。」
部屋の外から応援が来ないということは入る場合のみ何かに防がれている可能性があるし。もしかしたら、戦闘中一度も電話もかかってきてないことから、最後に連絡を取った後から、何かに疎外されている可能性もある。
「やっぱり、ここにいるのが正解なのか…。」
いろいろ悩んだが結果、結局自分にできることは他の捜査官が来るまで青年に逃げられないよう、肉体的にも精神的にも抑えることだけということに行き着き篠宮は肩を落とす。
「でもまぁ、一度試すか?だが行き違いになったらな…」
携帯を開いたり閉じたりしながら篠宮が、一か八か電話帳を開こうとしたところで、携帯が同僚からの着信を告げた。なんだ、繋がるのかとホッとした篠宮は耳に当て、通話ボタンを押した。
「もしも…」
「篠宮さん!!ご無事ですか!?。」
「ッい………!」
通話をつなげると同時に、響いた声に思わず携帯を耳から離す。間近だったせいか携帯を近づけていた方の耳は耳鳴りがし、耳ごと頭を押さえる羽目になった。
「あ、すみません。」
「…いや、大丈夫だ。ただ、拘束はしたんだが襲撃犯の意識はあるから、あんまり大声は…な」
襲撃の疲れからか、同僚の声のせいか。もう少し普通に話せるつもりだったが、自分の声に思ったより力が入らず、篠宮は苦笑する。
「あ、え、はい。すみません。つい…。」
「いや、謝らなくて良い。心配かけた。こっちは無事だ。一応、回復役だしな。」
かなり心配をかけてしまったらしい、黒沼のこと言えないなと篠宮は苦笑する。
「そっちは皆、無事か?ご両親は近くにいるか?お前たち、どこにいる?」
「それが……。今マンションからかなり離れたところにいて。いつからそうだったのか。気がついたら、篠宮さんの鶏が大声で鳴いてて外にいることに気づいて…。あれ、篠宮さんの人形ですよね?」
「鶏と合ったってことは無事、少女の両親と合流できたんだな。今回の為の力作だったんだ。上手く動いてくれて良かった。」
「はい。ご両親は今別のやつと一緒にいます。ホント…凄い鳴き声でした。で火神が一番最初にご両親が持ってきた鶏ともう一体に起こされたらしくて、そこから見つけたやつ順次、正気に戻してくれたみたいで。全員安否確認できてます。」
篠宮の耳をつぶした同僚だったが、同僚は同僚で篠宮の人形にやられていたと聞き、少女の両親や同僚たちの無事が確認できて、気が緩んでいたのもあってか、篠宮はつい笑ってしまった。
「悪かった。でもちゃんと正気に戻れただろ?とりあえず、お前たちの無事とご両親と合流できてたことが聞けて良かったよ。ところで…申し訳ないんだが、部屋の方に人を送ってくれないか。一対一は気まずくてな。」
「はい。大丈夫です。というか既に瀬田、百目鬼、保住、小鳥遊の四人がそっちに向かってます。それから、四人より先に五木もそちらに向かってると連絡が…」
「四人も送ってくれたのか助かる。それにしても五木が?黒沼の話じゃ、飴が溶けて後衛に下がったって聞いたが…?」
「ですね。なんで五木、連絡手段持ってないのにそっちに向かったみたいで、行ってやってください。みなすぐそちらに着くと思いますが、篠宮さん、お気をつけて」
「あぁ、すまない。お前も気をつけろよ。」
電話を切り、ポケットにしまう。 すでに増援がこちらに向かってきているなら、無理に動く必要はない。倒れていた椅子を起こしてそこに座る。
「…、………。」
目線で何かを訴えてきている青年に篠宮は、ふっと笑いながら口を開く。
「裸にされて、何かされると思ったか?ただの武装解除だろ?それとも何かされたかったのか?残念だったな。すぐ同僚が来るから、お前の期待には応えられない。」
「…!……!…!」
そんなこと言ってないというように、できうる限りの動きをして暴れる青年は、口に噛ませた布を千切りそうなほど、噛み締めている。
「落ち着けって。冗談だろ。それにしても黒沼と同じような器用貧乏というか、厄介なやつが居るだなんてな。」
肩を竦めるつつ、思考を巡らせる。 魔法使いは人生で初めて使った系統以外の魔法は下手だ。ほとんどの人間が特化型といって良い。捜査官たちは捜査官になる段階で、ある程度の魔法を学び、ほんの少しは使えるようになるが、それでも自分の系統以外は使いたがらず結局特化型になる。篠宮自身は、ぬいぐるみという特殊型なせいで、他の魔法は全く使えない。代わりに、身代わりになれる人形を作れるという魔法から、一度身代わりになった人形を修復することで魔法が空になったその人形に、別の人間たちから魔法を入れてもらい、あらゆる魔法が使えるようにしているという応用技を使ったエセ万能魔法使いだ。
青年はこの部屋に入ってきた時、捜査官たちのことを見えていなかったと言っていた。つまり、青年の姿を見られないようにした人物が居るということ。そして捜査官たちを外に出した人物もいた。否二人は同一人物だろう。そして、多分その人物は今回の事件の隠蔽を使っていたちー姉だと篠宮は確信していた。
「なぁ、お前。ちー姉って呼ばれてる少女の知り合いだろ。」
ちー姉は3年前に亡くなった少女の友人であり、今回の犯人の少女の友人でもあったはずだ。そして、この事件にも協力していた。だが何故かその友人の両親を殺そうとした青年にも協力している。むしろ、殺すなら教師と保護されてる男だろうと。ちー姉と呼ばれていた女が何を考えているのか、篠宮にはわからなかった。
「………。」
青年は篠宮の質問にそっぽを向いた。青年の姿は第一印象よりずっと幼く見える。
「ま、答えないよな」
そもそも口を塞いでいるのだから、問いかけるだけ無駄かと、篠宮は青年から視線を外す。秒針の音だけが響く室内で何も話さない青年と篠宮の間に長い沈黙が流れる。
「…ッ」
背後から突き刺さるような殺気を感じたのは、ほんの一瞬だった。