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第23話 優しさの意味

たった1日、それだけなのに随分と色々学べた気がする。

それは学業の事じゃなくて、この世界の常識と言うか、男の立ち位置と言うか、そういうのだ。

学食でみんなと雑談しながら昼食を食べてるだけでジロジロ見られたし、男子トイレなんて建物の中に全然無いし、何をするにしても女の子が俺に気を回してくるし。


何より気になったのは俺以外の男を校内で全く見かけなかった事だ。


そんな感じで高校生活初日も終わった。


俺は詩織さんの迎えを待たないといけないので、みんなと一緒に帰ることは出来ないと説明したら、バイトや部活が無い子達は全員残ると言い出した。

結局みんなと触れ合いコーナーというか、スキンシップというか、そういうのが多めのレクリエーション会場となった。

触りたい、触られたい、というのが特に多くて、俺もなるべくみんなの希望を叶えるようにしてた。

だけど学生だし、当然度が過ぎるのは駄目だ。そのくらいは弁えてるけど彼女達の熱意ってなんか凄いんだよな……後半は俺のほうが圧倒されっぱなしだった。

だけど、もし下手に手を出して相手方の親御さんに怒られでもしたら、俺は詩織さんになんと弁明すればいいのか……。

そんな感じのレクリエーションは、途中だったけど詩織さんから連絡が来たので名残惜しいけどそこで終了となった。


「守、初めての高校はどうだった?」


「楽しかったよ。みんな良い人で、休学してた俺の事を気にしてくれてるのも分かったし」


「そう、それは良かったわ」


詩織さんと一緒に車へと向かい、乗り込んだらそのまま家に向かう。

そこからは昨日とまったく同じの日常だ。

ゆっくりして、晩御飯を食べて、宿題なんてものもないのでリビングでヒナタを撫でながら一緒にテレビを見る。

相変わらずヒナタは俺の脇に入り込んで抱きついてきてる。


「このドラマって今流行はやってるんだよね」


「そうなのか、途中からだしまだ良く分かってないけど、面白いんだな」


「うん。ヒナタはそう思わないけどこの男優とかもカッコいいって言われてるよ」


退院して間もないので、そういうのは当たり前だけど全然分からない。

ドラマの内容はドロドロ系の恋愛もののようだ。

一人の男を巡る恋愛事情と、さらにその周りで女性同士の同性愛もある。ドラマのヒロインはその男が好きだけどフラれ続けて、そんなヒロインを口説く女性って構成だ。


これ21時でやっていい内容なのか?


にしても、恋愛か。


『責任取れなんて言わないし、結婚なんて私は望んでないの。ただ子供が欲しいだけなの』


このドラマを見てて入院してた時の朝倉さんの言葉を思い出した。

ドラマのヒロインは男との結婚を望んでるけど、朝倉さんはそうではなかった。

というか、男女比1:30って話だし、そういった事情ってどうなってるんだろう?


「そういや、ヒナタもこのヒロインみたいに将来は結婚したいのか?」


「んー。どうだろう。あんまり考えてないかな」


まぁ、ヒナタはまだ13歳だし、そこまでは考えてないか。


「だって結婚ってデメリットの方が多くない?」


「そうなのか?」


「もしかしてそういうのも忘れちゃった?」


「そうだね、全然思い出せないや。良ければ教えてくれないか?」


「結婚したら女の人は男の人のパートナーになれるんだけど、精子バンクの利用は出来なくなるんだよね。それにもし離婚なんてなったら男の人の当面の生活費だって面倒見ないといけないし、子供が居たら養育費も必要になるし」


随分生々しい話だな……だけどヒナタはもうそういう知識もちゃんとあるんだな。

なんかちょっと安心した。


「それに男の人を独占できるわけでもないし、結婚してもパートナーってだけで一緒に暮らしてるほうが少ないよ」


「それっていいのか?」


婚姻関係、破綻してない?


「もちろん。男の人は出来るなら好きに何人でも相手を見つけて子供を作っていいんだよ。逆に女の人はもうその人との子供しか作れないってコト」


それで離婚後の事もしっかりと責任を負わせられるなら、確かに女性から見たら結婚ってデメリットばかりだな……。

メリットって男と性交できるってくらいか?

いや、それも男側で自由にできるんだから、大きなメリットってわけでもないのか。


「じゃあなんでこのヒロインは結婚したがってるんだ?」


「それは意思表明じゃないかな、アナタの子供が欲しい、アナタを一生大事にします、みたいな? 精子バンクって国籍とか選べるけど、その精子をくれた男の人がどんな人って分からないようになってるから」


精子バンクで誰のものと知れない子供を産むくらいなら、自分が好きな知ってる相手の子供が欲しいって事か。


「にしても、結婚したところで男が外で別の女性と子供を作れるなら、事実上は一夫多妻制みたいなものじゃないか?」


「お兄ちゃん……。重婚は法律で認められてないよ」


呆れ気味にヒナタに言われた。

なんでその状態で一夫多妻制じゃないんだよ。

そもそも結婚しなくたって、その相手との子供が作れるんだよな?


破綻してるのは婚姻関係じゃなくて、結婚という制度の方なのか……?


「ちなみに、結婚は親子だと認められてないけど、兄妹けいまい姉弟していは認められるよ」


「…………は?」


「だからヒナタとお兄ちゃんで結婚はできるよ、子供は作っちゃダメだけどね」


「……いや、家族ではさすがに色々マズいんじゃないか?」


「んー? どうして? その場合は精子バンクは使えるし、子供を諦めるってことにはならないし」


そういうことか。

妊娠を精子バンクに依存させているから、近親婚でも関係ないんだ。


なら……恋愛ってなんなんだ?


一生を添い遂げる相手を探すこと、それも妊娠だけじゃなくて今後の生活も共に過ごすための準備期間だったり、婚姻関係の模倣だったりするわけで……。


『接触を恐ろしい、嫌だと思うことはありますか?』


でも一緒に住む必要も、責任をとる必要もない。


『今の男性は保護されるのが主流であり、保護をする代価として精子を提供してもらい、それを人工授精させて人口の減少を防いでいるというのが現状なのよ』


橘さんの言葉が脳内で蘇る。

つまり、男はこの世界では種馬的な存在なのか、男ってだけで何でも自由意志で決定権を持ってると考えてたけど、そうじゃないんだ。


『女だけで繁殖できる方法が確立できなければ、ヒトという種族は絶滅待ったなしってね』


仕方なく、装置としてこの世界に、いや……女性に守られて生かされてるだけなんだ。


それなら結婚という制度が崩壊していることも納得できるし、見直されなかったのか。


必要が無いから。


だとすると、高校で彼女達が優しかった理由って……。


『何かを奪われるという焦燥感はありますか?』


そういう、事か。


彼女達は、男が珍しかったってだけじゃなくて、将来的に自分だけでなく世の女性全員の役に立つから優しくしてるって事もあるのかもしれない。

俺が種馬だとすれば、女性は牝馬でありつつも牧場主みたいなもんか。


気が付きたくなかったけど、たぶんそういう側面もあるんだろう。

もしくは本人は気がついていないけど、そう刷り込まれてきた可能性もある。

よく言われる、男らしく、女らしく、と言うものに近い。


「お兄ちゃん? どうかした?」


「いや、なんでもないよ」


俺は不安そうにこちらを見るヒナタを心配させまいと、優しく頭を撫でた。

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