一通りの体育祭のプログラムを終えると、閉会式をやるというのは分かるけど、その後の後夜祭というのは俺にも初めての経験だった。
他のクラスの男子は全員親に引き連れられて帰ってしまったけど、俺は残りたかったので詩織さんには向かえ不要と連絡を入れておいた。
この世界の男を模倣するなら帰るべきだけど、俺個人としての興味本位のほうが今回は勝っていた。
「んじゃ、あーしは着替えてくるわ!」
「着替え? 制服に戻すのか?」
みんな閉会式が終わったのに、ぞろぞろと校舎の中へと入っていくな。
「いんや、後夜祭の着替えだよん、神っちはもう帰るでしょ?」
「え? 残るけど」
「マジぽん?」
マジぽんってなんだよ。
「マジだけど、後夜祭ってなにするんだ?」
「さぁ? 知らんけど、色々やるらしーよ!」
ちょっと、駄目だわこの子。
丁度近くに凜花さんがいたから声をかけてみる。
「後夜祭でやること?」
「そう、何をするのか知りたいなって」
「私も詳しくは知らないけど、例年通りなら生徒会が色んな部活と掛け合って催し物をするそうよ」
「なるほど、生徒会が何をするとか決めるのか」
「あと、後夜祭はコスプレをする子も多いわよ」
コスプレとな?
「アタシはしないけどね」
なんだ、凜花さんはそっちのケがありそうだから、二次元のコスをしてくれると思ったんだけどな。
まぁ、それは学校のイベントとしてはやりすぎか。
そんなこんなで日が暮れていくと、グラウンドの照明が全て点灯されてものすごく明るくなる。
これなら夜間でもサッカーの試合とか出来そうなくらい明るいな。
俺もこんなことなら着替えを持ってくればよかったな……もちろんコスプレじゃなくて私服でも良いだろうし。
俺一人だけ体操着だとちょっと気まずいなと思ったけど、校舎から出てきた生徒を見たらなんかどうでも良くなってしまった。
猫と虎の着ぐるみだったり、ナースや警察官みたいな子もいるし、メイド服やゴスロリみたいな子もいる。
なんだここは、天国か?
「おまたせ! 神っち」
まるで待ち合わせしてたかのように、樹里が帰ってきた。
「そ、それは!?」
「いいっしょ! これあーしのお父さんのヤツなんだ」
学ランだと!?
しかもちゃんと首元も白フチじゃなくてプラスチックカラーのやつだ。
懐かしいな……。
「樹里は可愛いから男装も似合うわね」
「凜花さんもおかえり、その服装は?」
「これは私の中学の制服よ、さすがにちょっと小さくなってきたわね」
いつもはブレザーだけど、中学はセーラー服だったのか……これも素晴らしいな。
じろじろ見すぎてしまったのか、凜花さんは体を隠すように半身になってしまった。
「………なに? そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」
「いや、悪い。ちょっと見蕩れちゃったよ」
「はぁ!? み、見蕩れてたって……」
凜花さんが言い終わる前に、学校中に聞こえるような音声で放送が始まった。
『本日は体育祭を楽しんでいただけただろうか。これからは後夜祭だ、体育祭では
この声はあの時の生徒会長の声だ。
それからは本当に色々あった。
最初に始まったのはカラオケ大会のようなものだ。軽音部が演奏をはじめ、その曲を知っている複数の生徒がステージに上がってマイクを奪い合いながら歌いだしたり、その歌に合わせて好き勝手に踊ってる生徒もいた。
グラウンドの外側には風紀委員の江田島○八がカレーライスを配っていたりしてた。
………そういや、この人の名前は未だに知らない。
もちろんカレーだけじゃなくて、出張学食みたいな場所もあって、ひとつ無料で貰えるホットスナックみたいなのもいっぱい並んでる。
樹里はなぜか、から揚げ棒とアメリカンドッグとわたあめを持っていた、もはや夏祭りを楽しんでる子供にしか見えない。
軽音部の演奏が終わって、今度は吹奏楽部がステージの上で演奏を披露していた。
「なんか後夜祭って凄いんだな、こんなのは初めてだ」
生徒が。いや、色んな人間がみんなで同じ事をしてたり、誰かが自己アピールで自身を強調してたり、勝手に動いてるようで元の場所に戻って行ったり、それでいてみんなが楽しそうで、はたから見てても暖かい光景だと思える。
人と人が、みんなで作り出してる協調の輪だ。
「こんなモンっしょ! みんなでワイワイやるほうが楽しいし、神っちもステージの方に行こうずぇ!」
「横はアタシも守ってあげるから、一緒に行きましょ」
樹里はステージの方へと向かいながら俺を呼び。
凜花さんは俺の左腕を取って引っ張ってくれている。
俺が、あんなに人間の集まるところに入ってもいいのだろうか……。
「神埼様! やっと見つけました!」
そう聞こえたと思ったら、俺の右腕をすみれさんが掴んでいた。
「すみれさん!?」
すみれさんはシックな紫色のパーティードレスを着込んでいた、コスプレなんだろうけど髪もセットされてていつもより大人びて見えるな。
「私と一緒に後夜祭を回りませんか?」
「あ、それは……」
「ちょっと! 他のクラスなのに後夜祭だからって男子にそんな触っていいと思ってるの!?」
「あら。私は神埼様と面識がありますから、その校則には
二人が俺の腕を取りつつ目の前で睨み合いだした。
あれ? すみれさんってこんな積極的だったっけ?
「モテモテだねぇ、神っち。うらやましいわぁ」
「お前の羨む要素がどこにあるんだよ!」
そんな感じで騒いでると、ステージにいる一部の生徒からも注目されてしまった。
「神っちも行くべ!」
「行きましょう、神埼くん!」
「神埼様、私と一緒に」
俺も、あの輪の中に入って良いのか?
そう考えて踏みとどまりそうになるけど、二人に引っ張られて俺の脚は動いてしまう。
いや、きっと違う。
俺もあそこでみんなと一緒に騒ぎたいんだ。
男としてではなく、一人の人間として。
俺をまったく知らない人達が、俺を迎え入れてくれていた。
前の世界ではありえない光景だ。俺がこんな暖かく迎えられたことがあっただろうか……。
あぁ、これが色んな人との人間関係の最初の一歩なんだろうなと、俺は過去を振り返って想いを馳せる。
相手が本当の俺を知らないのと同じく、俺だって相手を深くは知らない。
それでもこれだけ楽しく騒げるなら、きっとこの新しい人間関係はうまくいく。
この後夜祭は、俺にそう信じさせるほどの力があった。