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第6話 ひどく美しく暴力的な男

 鳳凰座を見せてから、また今度会おうと劉桜と約束した陽炎。

 劉桜はあれ以外にも、鴉座の見えないルートの情報を持っていそうで、二人の情報をあわせたら完璧な気がしたし、何より親友に会える理由が出来たので、陽炎は上機嫌だった。




「陽炎様、嬉しそうねぇ」


 美しい金の縦ロールに、豊満な胸元が開いた簡素な赤いドレスは彼女のスタイルを現していて。白いマラボーは背中から腕へとかけられていて。眼は垂れ眼の青眼で、口は真っ赤な口紅で彩られている。

 肌は真っ黒で、何処か妖しい雰囲気で、思いっきり娼婦っぽい姿の女性は、艶やかに微笑んだが、本人は至って普通に微笑んだだけだ。


 この隣で歩いている星座が忠実じゃなかったら、どれだけよかっただろうという普段の思考は今の陽炎には抜けている。



「これ、凄い奇跡的な運命だよな! いやぁー、まさか劉桜に会うなんて思わなかった!」

「劉桜、は、……ええと、何の痛み虫でしたっけ?」

「……あーっと、確か金棒のえぐり取る肉の痛み虫」

「……ご自身じゃ弱い方っていってらしたのに、凄い痛ませ方法を持ってらっしゃるわ」


 ふふと、もう一回鳳凰座は笑った。

 それと同時に、少し立ち止まり振り返り、あら、と少し戸惑った声を出した。

 鳳凰座の声に気づいた陽炎はどうした、と問いかけ振り返る前に、背中から衝撃を喰らい、眼鏡を落とし、壁にがっと頭をぶつけさせられて、手は後ろ手に押さえられていた。


 痛みに涙を堪えながらも、正体が誰だか分からないので、鳳凰座をすぐに消えさせて、戦闘態勢に入ろうと思ったため蟹座を呼ぼうとするが、プラネタリウムからの反応はない。



「おい、蟹座! 蟹! カニ男! 鍋にするぞ、この野郎ー!」

「……オレがその蟹座だが、お前ごときがこのオレを鍋に?」



 くっと加虐的な笑い声が後ろから聞こえるなり、全身に鳥肌が立ち陽炎は慌てて星座を消そうとしたが、どうも愛傾向の星座は自我が強いらしくて、願っても消えないことがある。


 特にこの、鋏男には。


 反応が無くて当然だ、既に出ていて主人に危害を与えているのが蟹座なのだから。

 彼が自ら現れるときはいつも脳内の警戒音はレベル最大だ。


 体中に「苦手」の二文字が現れているのを蟹座は鳥肌を見て、それを悟り、やけに妖しげな軽笑を浮かべたが、それはすぐにかき消えたので、陽炎はただ威圧感だけを蟹座から受け取る。笑ったことなど、声でしか気づけないだろう。先ほどのような、笑い声でしか。



「前に、鳳凰座が出来たとき、オレは言ったよな、陽炎」

「覚えてないね! 言うこと聞かない蟹の言葉なんて。何て言った?」

「次にまた星座を作ったら、精神的な殺しをお前にしてやると。これ以上、お前の保護者は増えなくて良い」

「蟹男ー……、お前は、何でそうやって反抗的なんだよ……。殺したきゃ普通に殺せよ、人に乗り移ってよぉ」

「……馬鹿か、お前。お前を殺したら、オレだって消滅するんだ。またいつ誰があの不気味で不吉な黒玉を拾うか、オレを作るか、判らないだろう? お前、気づかないふりしているが、あれは破壊兵器だ」



 蟹座はそこで漸く手を離したかと思えば、陽炎の頭を片手で鷲掴みにして軽い動作で、壁へと叩き付ける。ただ手の位置を直しただけだった。

 がんっと物凄い衝撃と音に目眩がし、額が割れるが痛み虫のお陰で出血は思ったより少ないし、割れてもすぐにくっつき痛みも徐々に引いていく。


 蟹座へと無理矢理向き直らせられる陽炎。

 蟹座は、青と赤い髪をしていた。どっちもごちゃまぜになったような。

 いつだったか、変な頭だなとコミュニケーションのつもりで軽くからかったら、半殺しにされかけたっけと鬱になりながら、それをうっすらと陽炎は思い出した。

 瞳も青と赤のオッドアイで、それは茹でられる前と茹でられた後の蟹を思い出させる。


 それは流石に殴られるのが判っていたので、言わなかったが、こうした暴力は日常から結構受けているので、どうせなら言っておけば良かったと昔思った。

 服装は今流行のマントに身を包ませていた。それを見て陽炎は、明日にでも服屋に行くかと思いついた。寒いし、お金もそろそろ大丈夫になってきただろう。


 蟹座はやけに壮麗な顔で、今にも己を殺しそうな残酷な笑みを浮かべる。


「一つ教えてやろう、これでもオレとて星座だからな、お前に作られた。偶には下僕らしいことをしてやる」

「……なんだよ、情報なら鴉座から……」

「黙れ。空を飛ぶ者に、地を這う生き物のことなど判るか? ……一応、お前を心配はしているんだよ、陽炎?」


 その言葉とは裏腹に、酷く楽しげに陽炎から滴る血を見やり、片方の手でその血を掬い、口に含んだ。

 口に含むと、その指を軽く噛んで、再びそこから陽炎の血の味がしないだろうか、と己でも馬鹿だと思う子供じみた仕草をする。己がその名残惜しく思うような出血をさせたかと思うと、蟹座は満足して、こくりと頷いた。


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