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第14話 傷つくことはお断り

 蟹座はぞくっと鳥肌が立ち、その鳳凰の熱っぽい瞳に耐えられず、後退り瞬時に姿を消した。

 その間に陽炎は漸く呼吸を整えて、痛み虫からの治療を受けた。


「嗚呼、本当、お前にはいつも助かるよ、鳳凰座姉さん――」

「――? 私、何かしたの? 蟹座様、消えちゃったわ……」


 鳳凰座はしゅんとした様子を見せた後に、陽炎に水瓶座を呼んでみてはどうかと尋ねるが陽炎は首を振る。


「痛み虫が治療してるから、大丈夫だよ。自然治癒能力なくなったら、困るからな」

「そう――。陽炎様、いたいいたいとんでけ、する?」

「痛み虫飛んでいったら困るでしょう、可愛いなぁ鳳凰はーっ」


 けらけらと笑っているところに、鴉座がやってきて、鳳凰座に跪く。

 いつも陽炎に浮かべている笑みを鳳凰にも向けて、恭しく頭を下げる。


「嗚呼、鳳凰の君。まさか今この瞬間、この場で出会えようとは。我が愛しの君の心遣いに感謝致しましょう。ですが、愛しき人が二人いるというのは大変心苦しい。とりあえず、久しぶりの鳳凰の君との邂逅を喜び祝しましょう」

「……カァーちゃん、あの、さっき蟹座様が……」

「……何かあったのですか?」

「詳しくは陽炎様から聞いてね、私、蟹座様が心配だわ。何だか青ざめていきなり消えてしまったんだもの」

「うん、鳳凰座姉さん、プラネタリウムの中で追いかけちゃって。きっと寂しがってるから☆」


 にたりと人の悪い笑みを浮かべて陽炎は、蟹座が鳳凰座が苦手なのを知っているので、仕返しとばかりにそう命じた。

 そう言われると鳳凰は素直に蟹座を心配しているのだなぁと主人に感心して、微笑んでそれでは、と消えていった。


 鳳凰座が消えると、ふぅとため息をついて、鴉座に視線も向けず陽炎は腹を押さえた。

 あざになっても今痛み虫に治療されて、消えて居るであろう箇所を。


「お前はタイミングがいいなぁ」


 己を見る目がいつもより温かく幾らかの安堵感を宿している。

 それに気づいた鴉座は、眼を少し見開き、真面目に問うた。


「? 我が愛しの君、どうされたのです、本当に。また蟹座が何か?」

「んー、明日からフルーティが狙ってくるらしいっす。蟹座がそういって八つ当たってた。勝手に人の体に許可無く乗り移ったのにね」


 げらげらと笑いながら言う陽炎にあわせて、鴉座は微笑んだがそこで事態を飲み込んだ。


(――恐らくは、この方の命が本当に危うそうになったのだろう。そうでなくば、あいつは傷つくこの方を見て楽しむだけだ。それか、この方が貶されたか――、両方だな)


「鴉座?」

「いえ、何でも」


 暫く黙り込んで微笑んでいた鴉座は陽炎へ首を振って、今度は陽炎へ跪くがすぐに陽炎に文句を言われて跪くのをやめさせられる。

 つれないなぁといつもの口癖と共に、赤蜘蛛のことを報告する鴉座。


「どうやらね、劉桜殿と一緒に居たあの曜日に毎回訪れてるようなんですよ」

「何処の誰に雇われてるんだっけ?」

「貴族です」


 嗚呼、此処でも貴族が出るのか、厄介だなぁと陽炎はくすくすと笑った。

 現状を楽しめる余裕のある主人には、此方がため息が出てしまう。鴉座は息をついて、陽炎を少し睨み付けるように見やる。


「貴方はもう少し命の大事さを自覚しなさい。それとも痛み虫を百も集めて、麻痺してしまいましたか?」


 鴉座の言葉は保護者らしくて保護者が居ない陽炎には暖かい情を感じられて、ふと柔らかく微笑む。その笑みに相手は少し面食らって照れて、自分を叱るように呼んでいるが別に馬鹿にした訳じゃないことを述べる。


「さぁ? これでも命は結構大事に扱ってるんだけどね。どうもそう見えにくいみたいね、俺。多分蟹座がいつもドメスティックバイオレンスしてくるからじゃない? 或る程度の暴力にゃ慣れちまったよ。痛いことは痛いけど」

「おや、では我が愛しの君はあの、狂気の愛を受け入れるおつもりで?」


 陽炎はマゾなのだろうか、だとしたら自分のスタイルも改めなければと鴉座は考えつつもそれは必要のないことだとすぐにくる返答で判る。


「それとこれとは話は別。つかね、俺は、お前ら変態三人の愛は受け入れん。いや、四人か。友情ならば、大歓迎」

「それは誰と誰?」


 その返答に自分は好きな人をひたすら愛でたいタイプなのでスタイルを変えなくて良いと分かり、安堵しながら聞いてみる。見当はつくが。


「お前と、水瓶座と、蟹座と、大犬座」

「私を筆頭にするとは、何たる屈辱でしょうか。これも愛の試練ならば、私は耐えて見せましょう」


 そうやって揶揄すると陽炎は馬鹿と笑い、再び武器屋に訪れて今度こそ武器の手入れを頼む。

 武器はその間、代わりのメイスの一種モーニングスターを借りたが、メイスなんて使ったことがないので、どうやって使おうかと武器を手に持ちながら、鴉座と歩いていた。


「で、貴族は誰? 赤蜘蛛の方は」

「御祓(みそぎ)という名を代々受け継がれる方で、この国の王族遠縁の血を受けているとか。結構な位ですね」

「ふーん。俺らには無縁の話だね」

「……無縁じゃないでしょう。貴方はだって……」

「無縁なの」


 鴉座の言葉を制して先に言っておく陽炎。まるで、それは自己防衛のために先に前もって言っておくように感じられて。

 陽炎の表情を伺うと、陽炎はメイスの方に夢中で鴉座には目もくれてなかった。


(――プラネタリウムはね、陽炎様)


「……貴方がそう仰せになるならば」


 鴉座は小さく、陽炎には聞こえない声で呟く。



(プラネタリウムは、陽炎様、主人となった方の過去を皆作られた星座は知るんですよ、例え貴方の記憶にないことでも――。だから、貴方が遠い昔、こんな小さな国より強大な国の妾腹故に川に流された孤児だってことも、私達は知って居るんですよ。そして貴方がそれを知らないままでいようとしているのも――)


「何、鴉座?」

「いえ、ただ我が愛しの君が此方へ振り向いてくれないかなと思っていたのですが、振り向いてくださいましたね?」


 鴉座がにこりと微笑む。茶化すと相手は己を否定する。そして否定することによって安心する。そのために、茶化す。


「……お前の中には愛しの君が、何人いるんだか。他の星座にも、愛しの君~って口説いてるし、人間にも口説いてるじゃん」


 げらげらと陽炎は笑い、思惑通り安心しながらメイスを上機嫌に手の中で弄びながら、歩みをふと止める。

 それから、街の中に居る昨夜再会した旧友に手を振って犬のように駆け寄っていく。

 その姿を後ろから微笑ましく見守りながら、鴉座は呟いて消える。


「それは貴方が本命ではないと貴方が思って安心出来る為にですよ。貴方があまりにも、否定するから――私だって傷つくのは嫌ですもの」

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