その日、僕はその女の子に初めて出会って聞いたんだ。
「あのさ、君誰?」
するとその女の子は尻尾を振ったんだ。尻尾を……
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僕の名前は坂井浩介、19歳。言いたくは無いが大学浪人。家庭の事情で今、祖母の家で二人暮らしをしている。
75歳になる祖母は少し認知症が進んでいるけれど、日常生活に支障は無い。一通りの家事をこなしてくれる。
その日は気持ちのいい朝。水を張った田んぼの横に延びる道路を一人でのんびりと散歩中だった。
少し前まで毎日、朝と夕方に飼い犬を散歩に連れて行っていたので、今でもその日課が続いている。
一週間前に悲劇があったんだ。愛犬の名前はロクセット。3歳のオスの柴犬。毛の色は茶色。その日、ロクセットは家から脱走してしまった。
そして車にはねられて死んじゃったんだ、可哀そうに。脱走癖があるのに目を離したのは僕の責任だ。可愛かったロクセット。
いつも尻尾を振り振り僕の前を歩く。道端の匂いを嗅かいで回る。あの尻尾のふさふさの毛が何とも言えず…… あの尻尾の……
少し先の茂みに隠れて肌色のものがちらちら見える。 ――肌色?
そして見慣れた尻尾がその肌色にくっついている。 ――柴犬の尻尾?
「ん? 何だあれ? 柴犬……じゃないよな?」
そろりと近づいてみる。
「ちょ、ちょっと待てよ」
その肌色の物体は丸みを帯びていて尻尾以外には毛が生えていない。さらに茂みの奥の方に頭を突っ込んでいるようで犬にしては大きいし、あの肌色は……
「まさか―― 人の体!?」
その得体のしれない物体がバックして茂みから出てきた。尻尾付き肌色の物体はまさかの正真正銘の人間だった。裸で四つん這い。めまいがした。夢か、幻か。
「女の子!? しかも一糸まとわぬ姿! さらにふさふさ尻尾付き!」
その尻尾付き女の子はキョトンとこちらを見て様子を伺っている。
胸もばっちり見えちゃっているんだけど……
僕は注視してはいけないと思い、顔をそむけながら言った。
「あのさ、君誰?」
女の子は首をかしげる。
僕がなおも言う。
「ねえ?」
女の子は尻尾を振る。ご機嫌きげんらしい。
「尻尾振ってるね……」
その恰好は恥ずかしくないんだろうか? 見たところたぶん年下。16、いや17歳くらいか? 僕の目から見てめちゃ可愛いのだが、今はそれどころではない。
なぜ裸なんだ? なぜ君の体には尻尾が付いている? とりあえず、このままの姿で晒してはいけないと思い、僕は自分の服を貸してあげることにした。
「えーと、その裸はまずいよ。まずこれを着ようよ」
僕はそう言って、上に着ていたカジュアルシャツを脱いだ。女の子を立たせたら、普通に立つことが出来た。
シャツを女の子に着せてあげる。彼女からは何とも言えない野生の香りがした。
僕のシャツで一応、一番まずいところまでは隠れる。かなり際どいが。できればボトムも貸したいところだけれど、僕の方が下着姿で変態になってしまう。
彼女は裸よりはましになったが、まだかなり変態的な恰好だ。仕方が無い。
――これが僕と千里ちさと(チー)との出会いだった。