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幽霊巫女と夕暮れの町
幽霊巫女と夕暮れの町
れく
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年04月19日
公開日
6,639字
連載中
先に連載していました「幽霊巫女の噂」とその読み切り版を下地に再編したお話です。今後はまだ分かりませんが、書き続けやすい方を生き残らせる形にしたいと思っています。 ホラーというよりはファンタジー色強めになると思います。

神隠し 第1話

 遠くでヒグラシが鳴いている。さあ、と頬を撫でていく風に吹かれて、暗い森がざわざわと音を立てた。涼佑はいつの間にか、石畳の道の真ん中に立っていた。時折、木々の間から夕焼けが覗いて、痛みに似た光が彼の目を刺す。

 そこで涼佑ははて、と考えた。今まで自分は何をしていたんだっけと首を捻るも、まるで見当がつかない。見上げれば、そこには微かにピンクと黄色から朱色へと染まった空がある。もうすぐ日が暮れようとしているんだなと分かった。

 ふと、視界の端で何か光ったような気がした涼佑は、緩やかにそちらへ目を向ける。ぽ、と暗い森の奥の方で蝋燭の火のような、微かで弱々しい光が灯った。弱くも、温かそうなその光に照らされて、火の傍に誰かが立っていると分かった。その背後には建物のようなものの影も見えた。

 誰だろう。そう思って無意識に近づこうとしたその瞬間、吹く風の勢いは強くなり、あまりの強さに息が出来なくなった涼佑は顔を守ろうと両腕で庇う。その腕の間から見えたのは、やはり小さな蝋燭の火だけだった。





 鳴き始めた蝉の声とじんわりと湿り気を帯びた暑さ、肌に貼り付く汗ばんだシャツの感触で、新條涼佑は堪らず目を覚ました。傍らに充電器を刺してそのままにして置いたスマホを見ると、朝の六時を表示している。まだ今日は始まったばかりだというのにもうこんなに暑いのかと、絶望に似た憂鬱に頭を悩ませられる。

 そういえば、と彼は昨日寝る前に見た天気予報で言われていたことを思い出した。今日は一段と暑くなるのだと言っていたな、と。


「えー……さいあく」


 平素と違って力無く呟き、投げ出した手足のせいで危うくベッドから落ちそうになる。ベッドの上で寝転がっていても暑さが増すだけなので、仕方なく涼佑は枕元に置いてある筈のリモコンを取ろうとした。


「あれ?」


 いつもそこに置いてある筈のリモコンを手に取ったつもりだった涼佑だが、スカッと空を切る感覚に思わず、うつ伏せにしていた顔をもぞもぞ上げて手元を見た。そこには何も無かった。ベッド下にでも落ちたのかと思った彼は、うつ伏せの格好のままベッド下を覗き込む。


「え? ああ……なんであんなところに?」


 リモコンはすぐに見つかった。

 どういう訳か、落ちた時の衝撃か何かでベッド下の奥の方に入り込んでしまったらしい。一度、ベッドから起き上がってからの方が取りやすいのだろうが、面倒だと感じた涼佑はそのまま横着してしまおうと、上半身をベッドから垂らすようにしてベッド下へ手を滑り込ませた。しかし、やはり上手く事は運ばず、やがてそのままするんと床へ顔をしたたかに打ちつけてしまった。


「いって……!?」


 ベッドから落ちてしまったので、仕方なく渋々と起き上がってベッドから降り、床に顔を付ける格好でリモコンへ手を伸ばす。そうやって漸く取ったリモコンを頭上のエアコンへ向けてボタンを押すと、やっと電源を入れることができた。

 部屋の中は余程暑かったのか、凄い勢いで働き始めるエアコンの風を受ける。その冷風によって涼佑は頬を伝う汗が急速に冷えていく感覚を覚えながらも、ふと、あることを思い出した。


「そういえば、今日だっけ。お祭り」


 つい、と机が置いてある方の壁を見やる。そのすぐ隣にある教科書やノートが無造作に突っ込まれ、元は本棚だった物の上にカレンダーが掛かっている。今日の日付を見ると、丁度赤ペンで丸が描かれており、すぐ下には『夏祭り』と書いてある。

 夏祭りとは、この八野坂町で唯一の神社・八野坂神社で行われる年に一度の祭りのことだ。地方の田舎町にしてはそこそこ大きい規模の祭りで、山の上にある神社の広い境内に屋台が並ぶ様はもう見慣れた光景だ。

 娯楽の少ない八野坂町では、涼佑達のような学生も楽しめる数少ない行事で、何だかんだで今まで欠かしたことは無いイベントだ。今年も行くだろうと思っていた涼佑だったが、つい先日、幼馴染の直樹と話したことを思い出し、ふふと笑いをこぼした。




「マジ一生のお願いだって!」


 先日、八月も半ばに差し掛かろうとしている頃、夏休み中に直樹の家へ呼び出された涼佑は、てっきり宿題を写させて欲しいという話だと思っていたが、そうではなかった。

 というのも、直樹の話によれば、事はそんなくだらないことではないのだそうだ。学生の彼らにとって宿題以上に真剣な話なんてあったかと思いつつも、つられて涼佑も真剣な面持ちで聞いていると、要するに直樹は恋愛相談に乗って欲しくて涼佑を呼び出したようだった。

 あまりに拍子抜けする答えに涼佑は「そんなことかよ」と呆れ、そんな彼に直樹は「そんなこととは何だぁっ!?」と怒った。


「夏休みに恋愛の一つもしないなんて、俺はそんな枯れた青春、謳歌したくないっ!」

「枯れた青春って、何かムジュンしてないか?」


「いいんだよっ、そんなことは!」と傍らにあった冷えた麦茶を一気飲みして、直樹は尚も熱く語る。彼の部屋はエアコンが効いている筈なのに、涼佑は何だか室内温度が三度くらい上がった気がした。熱量を込めて力説している直樹とは打って変わって、涼佑はやはり至極冷静だった。


「……で? 恋愛相談って、具体的にどういうことなんだよ」


 涼佑が本題の具体的な部分を聞こうという姿勢になるも、当の直樹は途端にもじもじとしてなかなか言い出さない。しきりに「あの……」とか「えっとぉ……」とか呟いて、大変言いにくそうにしている。

 そうして暫くした後、遂に痺れを切らした涼佑が尚も先を促すと、直樹は部屋に自分と涼佑しかいないことを改めて確認すると、もっと顔を近づけるように手招きする。元々二人しかいない部屋の中で何をやってるんだと言いたげな涼佑に構わず、直樹は一層激しく手招きした。仕方なく、涼佑がそれに応じると、直樹はまるで内緒話をする女子のように声をひそめる。


「あのさ、おれさ」

「うん」

「…………んふっ」

「なんだよっ」

「いや、いや、待って……一回ちょっと待って」

「だから、なんだよ。言えよ、うっとおしい」

「うっとおしい!? うっとおしいって言った!? 今! そういうの、良くないよ! 涼ちゃん! サイテー!」

「お前が早く言わないからだろっ!?」


 そうやって、ぎゃいぎゃいとじゃれ合っているうちに、またどこか恥ずかしそうに黙り込んでしまった直樹は「誰にも言うなよ」とまた声を潜めて、涼佑にだけ聞こえるように言った。その頬はほんのり上気していて、恥を忍んで言っているのだと分かる。


「おれさ、今度の夏祭りにさ。……青谷、誘おうと思ってる」


『青谷』という名字に聞き覚えがあった涼佑は、自分の記憶を掘り起こし、ある人物の顔が思い浮かんだ。涼佑達の隣のクラスにいる、少し変わった女の子・青谷真奈美のことだ。オカルトに精通しているらしく、彼女の周囲はそういった根も葉もない噂が絶えない。いつも長い黒髪を下ろし、綺麗に切り揃えられた前髪を青や紫の蝶々ピンで留めているミステリアスな雰囲気のある子だ。ああいう髪型を姫カットというのだろう。

 まさか直樹がああいう子を好きになるとはと思った涼佑だが、それと同時に彼女の姿を思い浮かべる。色白の肌に線の細い華奢ですらりとした手足、いつも無表情の彼女は髪に付けているピンと合わせて、確かに儚い美人という印象も強い。笑ったところなんて見たことも無いが、もし彼女に微笑みかけられたら、大抵の男子生徒はくらっと来てしまうのかもしれない。元来、面食いな直樹が彼女に惚れるのも少し分かる気がした。

 しかし、静かで落ち着いた真奈美とこの騒がしい直樹が上手く行くかと言われると、涼佑には特にそういったイメージが湧かない。それでも、自分に頭を下げて「頼むよぉ……!」と情けない声を上げる幼馴染みに、涼佑は仕方ないなと溜息を吐き、協力すると約束した。




 あの時は本当に直樹に感謝されたなと、我ながら無理難題を押し付けられたものだと思った涼佑だが、一度協力すると約束したのだ。やれることはやってやろうと思ったところで、夏祭りまでの時間をどう過ごそうかという方向へ意識を向けた。机上に置いてある宿題からは目を逸らしながら。

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