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赤い何か ~死者の視界~
赤い何か ~死者の視界~
ぴもらす
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年04月19日
公開日
5.8万字
連載中
 ※残酷 グロテスク 暴力表現が多数あります    苦手な方はお控えください  意識を取り戻した  気がつくと、体は骨になっている  何も思い出せない・・・  ここはどこだ  戦場か  横たわる鎧姿や、剣や槍などが散乱し、血を流し倒れ伏している者が大勢いる  みすぼらしい男たちが死体から何かをはぎ取っている・・・  奴らは生きている  その瞬間、俺の見る景色は怒りに燃えるように真っ赤に染まった  湧き上がる怒り  体を震わせる衝撃  生きている者が許せない・・・  急速に意識が遠のいていく・・・  暗転していく世界の中で、周囲の音は消え、視界が靄に包まれていく  かろうじて見えたのは、湧き上がる衝動に突き動かされ、男たちに襲い掛かる骨の体だった  意識が戻ると、俺は倒れつくす者たちの前で、真っ赤な液体に染まった骨の手のひらを眺めていた  滴り落ちる血が地面に到達した時、俺は僅かに思い出した  日本という国のことを・・・  ・・・  ※再度注意ですが、この物語では「生者を憎むアンデット視点」です。  残酷残忍グロテスク暴力殺人など、頻繁に出てきます。  読後、気分が悪くなったら一旦読むことをやめて深呼吸。  落ち着いて生きている事を実感してください。  私からの注意はここまでです。  読むかどうかはあなた次第。  アンデッドの目から見える世界の片鱗が見えるかもしれません・・・

殺戮の起床

 はっとして目が覚めた。寝坊したと思ったのだが、ここは…

 ・・・何も思い出せない。


 俺は土の上に倒れている。

 目の前にも倒れている者がいる。

 その者と目があう。

 鉄の兜を被ったその者は、半開きの口から血を垂らし、まばたきをせずにじっと俺の顔を見ている。

 が、焦点は合っていないようだ。


 地面に手を付き立ち上がる。

 周囲を見る。同じように倒れている者たちがいる。皆、体のあちこちから血を流して大地を濡らしている。

 剣や槍といったものも、同様に落ちている。

 散乱する武器は陽の光を受け、血の赤と金属の鈍い光を反射していた。

 倒れる人も散らばる武具も、見渡す限りにある。


 戦場…いくさの後か?

 うめき声が風に乗って届いてくる。

 そして話し声も。


 声の方を向く。

 数人の人影が何か話しながら、倒れた人達に「何か」をしているようだ。

 つぎはぎの目立つ、清潔とは言えないボロの衣服を一様にまとっている。

 一人が俺に気付いた。

 周りのボロを来た者たちを集めている。

 事態の飲み込めない俺は立ち尽くす。


 ボロ着の集団が俺を遠巻きに、囲うように並ぶ。

 俺は首を数度振るう。

 意識がはっきりとしないのだ。

 そしてボロ着集団に「なんだ?」と問いかけた。


 しかし…


 声は出ない。あごが震え、歯と骨が擦れる音が、かすかにしたようだ。

 一人のボロ着が「ひっ」という音を出して後ずさる。

 その姿に…俺はめまいのような感覚に襲われた。

 そして地震のように激しい震え。



 ヤツらは生きている



 突如、地の底から湧き上がるその言葉

 一瞬で赤く染まる景色全て

 怒りに燃え盛る赤に染まる

 足の裏から伝わる全身を駆け巡る怒り

 体を震わせる衝撃



 生きているものが許せない!



 自分の感情とは違う激情が、何もかもを内外から真っ赤に塗り替えていく。

「俺」の意識は押し出され、薄れていく。



 周囲が静寂に包まれていく。

 赤く染まる世界の僅かな隙間から、俺は見た。

 衝動に突き動かされ、ボロの男たちに襲い掛かる「骨の体」

 それを最後に、俺の記憶は途切れた。




 不意に意識が戻る。

 椅子でうたた寝し、カクンとなったようだ。


 違う…


 俺は立っている。

 眼下には、倒れている者たちがいる。

 血を流したみすぼらしい、つぎはぎだらけのボロを来た男たちだ。

 視界に骨の足が映る。

 そして手。骨の手。

 赤く染まった骨の手を眼前に広げる。

 瑞々しい液体に濡れた手を、俺は呆然と眺めていた。


 ぽとり


 大地に血が一滴落ちた。


 俺は、突然思い出したような気がした。

 地面に吸われる血を見ながら…

 流れる暖かい血…そうだ、あの時も…

 俺は日本…日本にいたはずだ。

 そんな国名だったはずだ。

 名前…


 まあいいか


 かすかに聞こえるうなり声に導かれるように、体は動いていく。


 声の主を見つけ、殺し、また探し殺す。

 何度繰り返した?

 赤い視界に支配されながらも、見えた。

 体が勝手に動くのだ。

 俺の意志ではない…のだが…

 殺すたびに、意識は、思考ははっきりしてきている。

 ただ、呆然と、他人事のように見ているだけだ。



 犬の吠える声

 カラスの鳴き声


 音に反応したのか、視界は赤く染まる。

 色彩を欠いた、赤のみの世界。

 だが、犬もカラスも見えた。赤い世界に浮かび上がる、その輪郭がはっきりと。

 増悪に慄きながらも、骸骨は群がっている奴らに向かう。

 カラスは飛び立つ。犬は向かってきた。


 …生意気な…


 二匹の犬は、それぞれが左右の足に噛みついていた。

 俺は、肩幅よりも開いた足を踏ん張り、右手で作った拳を大きく振り上げた。

 左足に食らいついている犬。その頭を打ちぬく。

 重力を味方につけた拳は、駄犬の頭蓋骨を陥没させた。目を飛び出させ、左足を解放した。


 殺傷の快楽に打ち震えるが、未だに右脛を噛んでいる駄犬を見る。

 脛骨に犬の歯が食い込み、ヒビが入っている。

 痛みはない。僅かな感覚はある。

 俺は中腰になり、犬の頭を両手で包み込む。

 命に触れ、怒りと憎しみで体がワナワナと震える。

 犬の頭を包み込む形のまま、親指を深々と両目に差し込む。

 キャンと泣き、逃げようとする犬の頭を骨の指でしっかりと掴む。

 犬は暴れるが、構わずにズブズブと指を眼窩の奥深くへ潜り込ませる。

 暴れ吠えていた駄犬は、眼球が取れかかっていたが、静かになった。


 犬の頭を両手で挟んだまま、自分の顔に寄せる。

 いつのまにか、視界は自然な色彩を取り戻している。


 …

 これを俺がやったのか?


 眼前の、無様な犬の残骸を、再度見つめる。


 生意気な犬・・・そう思ったのか?

 確かに足を噛まれ、傷を負ったが・・・しかし…


 犬から手を離した。「どずん」と地に落ちる骸。

 大きくて茶色い犬だったんだな…

 静かになってよかった

 …



 何か、大事な事を思い出したような気がした。

 なんであったか?

 人を殺してはいけない?

 そうだ。人間は人をころしてはいけない。

 俺は「人間」だ。


 この戦場を離れよう。

 人がいっぱい倒れている。

 人から離れる。そう、逃げるんだ。



 走った。

 朝も夜も。

「あまり早くないな」

 疲れないな。

 …



 …

 なんで走っているんだ?

 何か目的が…

 逃げていたのだったな。

 もういいだろう。

 ここは山か?


 視界が赤く染まると、音が遠のき、鼓動のような轟音だけが地の底から体に響く。

 赤い視界の中、はっきりと浮かび上がる赤い蠢くシミたち。

 赤い世界では、耐えがたい怒りと憎しみが体を蝕んでいく。

 あいつらを、赤いシミを消さねばと、襲いかかる。


 怒りと衝動に動かされている。

 その「苦しみ」を無くすことが「悪いこと」なのか?


 生い茂る草木

 かき分けて進む

 岩陰に隠れ、弓に矢をかける赤い人影に吸い寄せられていく

 …


 …

 弓を握ったまま、目を開けている倒れた人を見下す。

 血濡れた、肉のない骨の手を見る。

「血と肉があるから悪いのだ」

 …

「違う、俺は人間だ。なんてことを…」

 …

 そういえば、何か…

 どこかに行く…

 最初から考えよう。

 思い出すんだ!


 確か、どこかから逃げて…

 何からだ?

 どこから来た?


 …

 そんなことよりも…

 向こうにも、木々の向こうにも、赤い、大きな赤い影が見える。

 不快な赤いものを消そう。

 この忌々しい真っ赤な世界を終わらせる。

 視界の赤はただの色ではない。怒りが濃縮され、全身を蝕む瘴気だ。



 大きな影は、大きな角を持つ鹿だった。

 俺よりも、大きな体も持つのに、逃げてしまった。

 角を持つ大きな影は、こちらを振り返ることなく茂みを飛び越え、姿を消した。追うが、体が止まる。「届かない」と悟るまでに時間はかからなかった。

 色彩を取り戻した時には、かすかに見える後ろ姿は小さくなっていた。

 しかし、ここはどこだ?

 向こうに煙が見えるな。

 聞いてみるか…


 小屋に近づくと、視界は赤くなる。

 心臓などないのに、鼓動のようなものが響き、それ以外は聞こえない。

 建物の前につく。

 赤い影は三つ。一つは小さいな。

 あけ放たれている入口から入る…


 …

「待つんだ!女と子供だ。やめろ!やめてくれ…」

 赤く滲む視界の奥で、何かが叫んでいる。それが自分自身だと気付かなかった。

 地の底から無尽蔵に湧き上がる怒りがすべてを支配し、体はただ、その力に突き動かされるままに動いていた。

 …



 …

 土間にへたり込む。

 すぐ近くには動かない骸が並ぶ。

 視界の隅で、小さな手が目に入る。その手を、自分の骨の指が握っていることに気づくまで、何秒かかかっただろうか。骨と肉が触れる感触に、ほんのわずかに冷たさを感じるような気がした。

「こんな・・・ひどいことを・・・」

 いや、これは俺ではない。だが、骸骨の手が握りしめる赤い残骸が、この体の仕業だと告げている。

「俺は人間だ、人間…だったはずだ…」

 …

「衝動に身を任せてしまえ」

「違う、俺じゃ…」

 …

 何かに呼ばれるように、俺は立ち上がり、その場を去った。

 風に乗ってささやくような、苦痛に満ちた「黒い声」

 その声は、血濡れたスケルトンに囁く。

「こっちにきて・・・」


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