…
真っ暗闇の中、真っ白なはずの白骨は全身血濡れて真っ赤に染まっている。
「これだけの生贄を注ぎ込んだんだ。これはうまくいくはずだ」
「ああ、今回は自信がある。ありがとう」
「はは、久しぶりに君の笑顔を見たような気がする。我が友よ」
なんだろう、この景色は。
この話している者たちは何者だろう。
これは、誰の記憶なんだろう。
…
ドンドン…
バキッ
ドサ
うるさい…
周りを、ドタドタと大きな足音が通り過ぎているようだ。
それと、「ワーワーギャーギャー」と大声で叫んでいる者も多くいるようだ。
あの時の、あの男を思い出す
赤い体から青い色が滲みだし、炎のように天に伸びて揺らめくあの姿。
そうだ
俺は、あの男に全身を砕かれ、頭蓋を粉砕されて…
あの姿を見て、どうしても殺したい衝動で襲い掛かって…
俺は黒いモヤを手に纏おうと思ったのに、黒い胸のモヤは動いてくれなかった。
なのに…ここは…
バラバラに飛び散っていた意識が集まり、「目が明いた」ような感覚がある。
多くの赤い影が見える。
俺の視界は、目を開けた瞬間から赤い。
消さなければ、この赤い世界を。
積み上げられた死体の中は、冬の朝の布団のように心地よい離れ難さがある。
…だが、その安らぎは一瞬だ。俺は這い出る。優先すべきことがある。
赤い者たちは、集まり、他の赤い影ともみ合いになっている。
ひしめき合い、剣や槍を突き出している。
刺し貫かれた赤い者は、徐々に赤から薄くなり、白に変わっていく者もいた。
「違う、それは俺の役目。俺の獲物だ」
怒りに燃え、全身を震わせながらも、ゆっくりと集団に迫る。
ここは「戦場」だろう。
生者と生者が争っている。
前に見たものよりも小規模か?
全部で千人…二千人…生者を殺す…
移動する俺に気付いた兵士が、叫びながら迫ってくる。
俺は「あの男の動きはこうだったか」と剣を振り上げる兵士目掛けて、鋭く踏み込む。
肩を兵士の胸に強く当てる。
よろめき、数歩さがる兵士。
鎧兜で包まれているが、目の部分は大きく空いている。
拳を緩く握り、歩幅を合わせ踏み込みと同時に目を目掛け拳を打つ。
当たる。
仰向けに倒れる。
まだ生きている、殺したいという衝動に負け、俺は襲い掛かる。
白いな…倒してしまった。
こうではない…
しかし、まだまだ生者は多くいる。
待っていろよ、ロジェ…
そうしている間にも、俺に気付いた兵士は次々に襲い来る。
剣を手のひらや手の甲でいなす。
鋭い槍も伸びて迫る。反応が遅れたが、槍はあばら骨の間を通過した。
拳で殴り、躱し、手のひらで殴り、足で蹴り、いなし、肘を打つ。
もみ合いになっても、怒りに震える体を押さえた。
首を噛み、目を突く。
届かないなら――次だ。
鎧の隙間、やわらかな肉、そして股間、急所。
一つずつ一人ずつ確実に壊す。
何度目かの兵士が倒れた時に、死体から黒いモヤが俺の中に入ってきた。
しかし、今は目の前の生者を倒すのだ。倒して、倒して、殺して、全ての赤を消すのだ。
冷静になろうとしても、生者の赤い姿は俺を苛立たせた。
怒りに任せ、がむしゃらに襲い掛かり、思うままにしたい。
無意識に浮かび上がる怒りや憎悪は、俺に拳を強く握らせる。
強く歯を食いしばらせ、体を震わせる。
だが、憎いロジェを思い出し、あの力が抜けたような姿を想像する。
そして、鎧兜の目の前の奴らには拳や蹴りよりも「突き」がよく効いている。
骨の指を揃えた突きは、金属鎧の関節部分にも効いた。
なによりも、生きた肉体に食い込む指先の感覚は、心地よかった。
少しの「間」が出来た。
近くに展開していた兵を倒し、その周りの兵士たちは気付いてないようだ。
楽しそうに、殺し合いをしている。
歩きだそうとする足に違和感を覚える。
膝の皿にヒビが入り、大腿骨もささくれ立つようにヒビが入っている。
黒いモヤが伸びる。足、そして欠けた指先、割れた拳――モヤは、すべてを癒していく。
「殺せば…モヤが…癒える。いいじゃないか!」
体が整っていく感覚が、妙に心地よい。
だが、俺の歓喜も充足感もすぐに抑圧される。
平坦な感情に戻った俺は、殺し合いに参加すべく走り出す。
「お前たち全員殺す。赤いお前たちを…」
赤い激情だけは消えない。
湿った生暖かい風が吹き抜ける。
屍に囲まれて、一帯に満ちている血の匂いが心地よい。
両手を天に伸ばし、黒い月にかざす
炎のように揺らめく、黒いモヤに包まれた指先。
「黒い月よ。俺はやった。生者をこの手で…」
しかし、俺はもう祈らなかった
何故、祈っていたのだ
そもそも「祈り」とはなんだ
黒い月が力を与えるのは「当たり前」ではないのか
僅かな高揚も達成感も霧散した俺は、その場を立ち去る。
次の戦いを求めてか
何か目標があったのか
生者を探しているのか
俺にはわからない
ただ、俺は「アンデッド」なのだ
「スケルトン」なのだ
生者にアンデッドが忌み嫌われていることは理解している
だが
だが、お前たちよりも
アンデッドである俺が、俺の方が
生者を憎んでいる
より強く、より深く
それだけは、はっきりと自覚できた
黒い月の光の下で、今日もまたコウモリが飛んでいた。
あのコウモリには不思議と生命を感じない。
しかし、そんな考えもすぐに消えた。