小高い丘の上にある墓地。
その麓にある街。
そこにある軍事拠点。
指令室のドアが規則的にノックされた。
「司令官、デリテメト墓地に送った小隊が、敗北しました」
「…そうか。で、小隊は何人だったのだ?」
「はっ、総勢二十二名でしたが、全滅したとの報告です」
「な、なんだと…もうよい、下がれ」
「はっ」
靴を鳴らし、敬礼して立ち去る将校の背中を見送る。
ドアが閉まった事を確認し、溜息をはく。そして暗く低い声で呟く。
「はあ、前線にも兵を送らねばならぬのに、なんで墓地のアンデッドごときに」
机の上の空になったティーカップに、机の引き出しから出した酒を、僅かに震える手で注ぎ煽る。
南方司令部の司令官室、そこで司令官のハンスは呻く。
「本部にも知らせたほうが良いのか。しかし、たかがスケルトンに増援など」
空になったカップの底を見ていると、ドアがノックされる。
「入れ」と声をかけると、ドアが開き先ほどとは違う将校がやってきた。
「司令官、報告であります。山岳民の制圧に向かった部隊が敗戦しました」
ハンスは立ち上がり、机にカップを叩きつけた。
「な、何?あの隊は千人以上だぞ?山岳民など、ゲリラで粘るだけだろう?」
「そ、それが、斥候の報告では本陣を襲撃され全滅していたとの見立てで」
ハンスは、椅子に座り、頭を抱えたくなる衝動を押さえる。胃が痛む。
「わ、わかった。本部に増援を…しかし、前線の増援もあるし…参謀を呼んでくれ」
「はっ」
将校が後ろを向いて部屋を出る前に、頭を抱えてしまう。
「何故だ。先日までは順調に進めていたのに、ここにきて予想外の敗戦が続くのは何故だ」
ドアがノックされ参謀が入室する。
ハンスは現状を参謀に伝え、打開策を考えさせた。
参謀も現状を理解しており、回答は早かった。
「アンデッド討伐などは、冒険者に任せてしまってはどうでしょうか?」
その考えは、ハンスも浮かんだ。しかし、住民からの苦情が軍の治安部に寄せられた以上、軍が解決しなければ沽券に関わる。
ハンスは腕を組み、視線を参謀の顔から机に落とす。
「それは、ワシも考えたが、冒険者風情に我々が頭を下げるのは、いかがなものか」
「でしたら、精鋭をぶつけましょう。近い墓地の討伐を済ませてから前線に送るのです。山の民は後回しでも、おそらくは彼らから我々を攻撃することはないでしょうし」
精鋭と言われても、ハンスにはピンとこなかった。現状の司令部にはほとんど兵士はいない。
「もうすぐ本部からリックとニコという一騎当千の二人が来ます。本来、前線に向かい指揮を行う士官クラスですが、過去に数度、精鋭部隊として戦った実績もあります。他の兵はそのまま前線に向かわせ、この二人だけでしたら…」
懸命に説明をする参謀の言葉を手で遮る。
リックとニコの名はハンスも聞いたことがあった。
特にリックは王の前で行う御前試合でも優勝した剣士ではなかったか。
軍部内でも有名な剣の使い手だ。
「よし、お前の案を採用する。彼らが来たら墓地に案内しろ。準備もしっかりな」
そうしてリックとニコは墓地へ向かう事になった。
「リック中尉、本当にスケルトン二体の討伐に我々が向かうのですか?」
ニコは憮然とした表情で馬車の中でリックに聞いた。
実力も実績もあるという自信もあったし、自分一人でもその程度できる。
自分以上の実力も知名度もあり、「勇者候補」とまで言われたリックが共に行くと言う命令に納得はしていなかった。
「まあ、そう言うな、ニコ少尉。我々は軍人である以上、軍の命令に従うのが仕事だ」
ああ、やっぱりこの人の返答はこうだろうな、と言う予想は当たっていた。
そんな所も尊敬できるのだが。
街はずれの高台の墓地で馬車を降りる。
二人とも、帯剣はしているが、使用するのはスケルトンに有効と言われるメイスと金属で強化された木の盾を持たされた。そして金属胸当てと鉄の兜という重装備。
参謀から「肉体のないスケルトンには斬撃や刺突は有効ではありません。打撃が効果的です。盾も持ち、攻撃の隙を突くのが一般的な対策です」
そう言われて持ってきたが、リックには及ばないが、ニコも剣が得意で自信があった。
「メイスも槍も弓も、なんでも使えますが、やっぱり剣の方がいいですよね。大体スケルトンごときにこんな重装備…」
そんな話をしながら墓地の外柵についた。
墓地。
静寂の中、俺とエッジは何をするでもなく、冷たい風に骨身をさらし佇む。
そんな中、赤い大きく強い影が迫る。
赤い影は二つ、一つの方がより赤が濃い。
強者だ
すぐにわかり、俺は墓地の入口を見つめる。
兵士たちと同じ紋章の入った金属の胸当て、肩当て、兜。
腰には剣を持つようだが、二人とも手に持つのは金属のメイス。
明らかにスケルトン対策をしている。
おもしろい
俺とエッジは並び立ち、彼らが墓地に進入することを待った。