もう、どれだけここにいるのかわからない。
リッチのルーの元。
取引の間に付き従い、書斎に立たされ、ドロシーと共に三人で雑務をこなす。
取引の間で、生者との対面は怒りに打ち震える。
たまにルーは生者をこの手で倒す事を許可する。
しかし、こうしてルーの後方に控え、雑用を行う事に対して、不快な気持ちも、怒りもわかなかった。
だが、疑念や疑問は常に胸の内にある。
ヴァンパイアのカールと共に生者を打つ光景を渇望することもある。
そこへ、奴は来た
いや、既にいたと言うべきか
書斎の間で、奴とルーは話しをしていた。
黒いマントに身を包んでいるが、その内側は水色の詰襟軍服。
左胸のポケットには、聖王国の紋章。
手と顔しか見えないが、痩せている。真っ白な肌に白い長髪。対照的な真っ黒な目。
部屋に入る俺を、二人は見つめていた。
「だいぶ仕上がってきているな」
奴は俺を見てそういった。
赤い。生者だ。しかし、その輪郭から金色の光が漏れ出ている。
「解こう。開け」
ルーの言葉で、俺は自由になる。
しかし、襲い掛かりたい衝動が湧かない。怒りがこみ上げない。
「お前は。知っているぞ。ギド。マスターギド」
何故か、俺はそう言った。何故マスターなど…こいつが俺を…断片的な記憶しかないが、そうなのだろう。怒りも親しみも敵対心も忠誠心も微塵もないが。
「やはり、生前の自我が強いな。そして、この”世界”とも十分に馴染んでいるな。どうだ、ルー」
ルーに向き、笑顔を向けるギド。そしてルーもギドに黄色い歯を見せて笑う。
「お主のような者がいるとはな。見事だ、ギド」
「いや、アンタの教科書があったからだ。あれは素晴らしい物だ。後は友の手助けだ。一度、彼を呼んでも?」
「そうじゃな。扉を開き、掴んだ話は」
「教えてくれ。俺はなんだ?」
俺を無視して会話を続ける二人に、俺は割って入る。
「あー…端的に言うのなら、お前は『スケルトン』だ。質問を返すが、お前、名前は?」
ギドはこちらを見つめる。俺が聞きたい答えではないと、わかっての回答だろう。そして、俺の名前は…
「俺はケイ…だろう。そして、日本から来た。この世界にはいなかった」
「くっくっく」
「はっはっは」
二人が間を置いて笑い出す。
「記憶の改ざんなどできないのであろう」
「そもそも生前の記憶が残るアンデッドの方が稀だ。うまくいかないもんだな」
「お主、ギド。不確定を楽しんでおるな」
「失敗を分析し、改善することこそが楽しいと本に書いてあったぞ、ルー」
また、二人はよくわからない話しをしている。
「答えてくれ。俺はなんだ?お前が作ったのか、ギド」
ギドは俺に近づき、両肩に手を置いた。
「そうだ、ケイスケ。お前は俺の『作品』だ。これ以上、『今』は理解できないであろう。また崩れたら助けにいってやる。だから次に会う時に…」
俺の意識が、いや、存在自体がギドの目に吸い込まれていく。
…
…
椅子に腰を掛け、祈る姿勢のルーが目の前にいる。
俺の隣にはエッジが立っている。
「お前は来ないのか?生者が怖いのか?」
エッジの問いかけに、黄色い歯を見せるルー。
「ああ、怖いとも。お前も怖い、怖い」
「ふざけるなよ、臆病者め。兄弟、お前からも言ってくれ」
そうだ。カールの依頼で協力を頼むのだった。
「ルー、力は貸せないということか」
俺を黄色い目で見る。
「必要ないな。そうだ。お前に理由は。すでに」
俺はエッジの方を向く。
「戻ろう、もうここに居ても仕方がない」
「待て、待て、待て。飛べ」
幾何学模様が光り、浮かんでいた。
「ずっと穴倉で自慰に耽っていろ、くそじじいが」
エッジの悪態の途中で、視界が白く染まる。
「かっかっか。ワシはな…ばばあじゃ」
遠くでそんな声が聞こえた。
「な、なに?」
目の前には、驚愕するカールが居た。
カールの屋敷の廊下のようだ。
背後に控えているセミョンも目を見開いている。
「も、戻ったようですね。カール様」
「あ、ああ。気配は感知できなかったが、とにかく部屋に行くぞ」
俺とエッジは一度、顔を見合わせてカールに続いた。
「しかし、お前達。やけに早かったな。結果はもうわかった」
カールは椅子に座りながらそういった。
「ああ、奴は自宅から出ないそうだ」
「じじいかばばあかわからんが、人間の剣士にも怯えるような臆病者だったぜ」
エッジは相当気に入らなかったようだ。戦えなかったからだろう。
「そうか。転送陣から近かったのか?」
「いや、丸一日は草原と湿地を歩いたが」
「ばかな」
「いったい何を驚いているんだ?」
俺はカールの反応が理解できなかったが、セミョンの言葉で理解した。
「あなた方を転送したのは昨日ですよ。私が屋敷に持ったのは今朝です」
よくわからないが、ルーの空間の時間がおかしいのか、ルーの力が何か働いたのだろう。
「時間を扱える者が弱いはずはない。しかし、次だ。だが、今日はもう時間がない。しかし、時空魔法か」
カールは落ち着きを取り戻したのか、二ヤついた顔に戻っていた。