目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

来客

 もう、どれだけここにいるのかわからない。

 リッチのルーの元。

 取引の間に付き従い、書斎に立たされ、ドロシーと共に三人で雑務をこなす。

 取引の間で、生者との対面は怒りに打ち震える。

 たまにルーは生者をこの手で倒す事を許可する。

 しかし、こうしてルーの後方に控え、雑用を行う事に対して、不快な気持ちも、怒りもわかなかった。


 だが、疑念や疑問は常に胸の内にある。

 ヴァンパイアのカールと共に生者を打つ光景を渇望することもある。



 そこへ、奴は来た

 いや、既にいたと言うべきか



 書斎の間で、奴とルーは話しをしていた。

 黒いマントに身を包んでいるが、その内側は水色の詰襟軍服。

 左胸のポケットには、聖王国の紋章。

 手と顔しか見えないが、痩せている。真っ白な肌に白い長髪。対照的な真っ黒な目。

 部屋に入る俺を、二人は見つめていた。


「だいぶ仕上がってきているな」

 奴は俺を見てそういった。

 赤い。生者だ。しかし、その輪郭から金色の光が漏れ出ている。

「解こう。開け」

 ルーの言葉で、俺は自由になる。


 しかし、襲い掛かりたい衝動が湧かない。怒りがこみ上げない。

「お前は。知っているぞ。ギド。マスターギド」

 何故か、俺はそう言った。何故マスターなど…こいつが俺を…断片的な記憶しかないが、そうなのだろう。怒りも親しみも敵対心も忠誠心も微塵もないが。

「やはり、生前の自我が強いな。そして、この”世界”とも十分に馴染んでいるな。どうだ、ルー」

 ルーに向き、笑顔を向けるギド。そしてルーもギドに黄色い歯を見せて笑う。

「お主のような者がいるとはな。見事だ、ギド」

「いや、アンタの教科書があったからだ。あれは素晴らしい物だ。後は友の手助けだ。一度、彼を呼んでも?」

「そうじゃな。扉を開き、掴んだ話は」


「教えてくれ。俺はなんだ?」


 俺を無視して会話を続ける二人に、俺は割って入る。

「あー…端的に言うのなら、お前は『スケルトン』だ。質問を返すが、お前、名前は?」

 ギドはこちらを見つめる。俺が聞きたい答えではないと、わかっての回答だろう。そして、俺の名前は…

「俺はケイ…だろう。そして、日本から来た。この世界にはいなかった」


「くっくっく」

「はっはっは」


 二人が間を置いて笑い出す。

「記憶の改ざんなどできないのであろう」

「そもそも生前の記憶が残るアンデッドの方が稀だ。うまくいかないもんだな」

「お主、ギド。不確定を楽しんでおるな」

「失敗を分析し、改善することこそが楽しいと本に書いてあったぞ、ルー」

 また、二人はよくわからない話しをしている。

「答えてくれ。俺はなんだ?お前が作ったのか、ギド」

 ギドは俺に近づき、両肩に手を置いた。

「そうだ、ケイスケ。お前は俺の『作品』だ。これ以上、『今』は理解できないであろう。また崩れたら助けにいってやる。だから次に会う時に…」

 俺の意識が、いや、存在自体がギドの目に吸い込まれていく。

 …



 …

 椅子に腰を掛け、祈る姿勢のルーが目の前にいる。

 俺の隣にはエッジが立っている。


「お前は来ないのか?生者が怖いのか?」

 エッジの問いかけに、黄色い歯を見せるルー。

「ああ、怖いとも。お前も怖い、怖い」

「ふざけるなよ、臆病者め。兄弟、お前からも言ってくれ」

 そうだ。カールの依頼で協力を頼むのだった。

「ルー、力は貸せないということか」

 俺を黄色い目で見る。

「必要ないな。そうだ。お前に理由は。すでに」

 俺はエッジの方を向く。

「戻ろう、もうここに居ても仕方がない」

「待て、待て、待て。飛べ」

 幾何学模様が光り、浮かんでいた。

「ずっと穴倉で自慰に耽っていろ、くそじじいが」

 エッジの悪態の途中で、視界が白く染まる。


「かっかっか。ワシはな…ばばあじゃ」

 遠くでそんな声が聞こえた。




「な、なに?」

 目の前には、驚愕するカールが居た。

 カールの屋敷の廊下のようだ。

 背後に控えているセミョンも目を見開いている。

「も、戻ったようですね。カール様」

「あ、ああ。気配は感知できなかったが、とにかく部屋に行くぞ」

 俺とエッジは一度、顔を見合わせてカールに続いた。


「しかし、お前達。やけに早かったな。結果はもうわかった」

 カールは椅子に座りながらそういった。

「ああ、奴は自宅から出ないそうだ」

「じじいかばばあかわからんが、人間の剣士にも怯えるような臆病者だったぜ」

 エッジは相当気に入らなかったようだ。戦えなかったからだろう。

「そうか。転送陣から近かったのか?」

「いや、丸一日は草原と湿地を歩いたが」

「ばかな」

「いったい何を驚いているんだ?」

 俺はカールの反応が理解できなかったが、セミョンの言葉で理解した。

「あなた方を転送したのは昨日ですよ。私が屋敷に持ったのは今朝です」

 よくわからないが、ルーの空間の時間がおかしいのか、ルーの力が何か働いたのだろう。


「時間を扱える者が弱いはずはない。しかし、次だ。だが、今日はもう時間がない。しかし、時空魔法か」

 カールは落ち着きを取り戻したのか、二ヤついた顔に戻っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?