ドライアドの眷属たちが、四方から集まる。
狼、熊、猿、鹿にカラスか。
いいだろう。
生者を、生き物を相手にするほうが、俺もやりがいがある。
燃え上がる炎と、重なるように、俺の視界は燃え上がる赤に染まる。
鹿が突進してくる。カラスは上空に飛翔した。
それに続き三頭の狼が包囲するように広がりながら迫る。
熊はゆったりとした動作で詰め寄ってくる。
鹿の突進を避けると、鹿に乗っていたのか、猿が長い両手を広げ飛来する。
俺に抱きつき、動きを止めるつもりか。
同時に足に蔦が巻きつく。
左腕を肋骨ごと猿に抱きかかえられたところで、狼が足をかじる。
そして、熊の剛腕が振り下ろされた。
だいたい予想通りだ。
俺は体を崩し、伏せる。
熊の爪は猿ごと俺の左腕を粉砕した。
味方ごとでも躊躇なしか。人間よりも手ごわいな。
しかし、左手で握っていた木の棒も猿も外れた。
俺は崩壊したような姿のまま、後ろ足で立つ熊の懐、股の間に頭蓋骨を滑り込ませる。
オスだな。
俺はその睾丸を噛みちぎった。
絶叫の咆哮をあげる。
大気が震える大声だが、俺には耳の痛みも恐怖も無い。
痛みに悶え、暴れる熊の背後に這ってまわる。
足が、片足の膝から下を狼が咥えている。
俺は気に留めず、暴れる熊を背後からしがみつく。
飛来して、啄むカラスも無視だ。
熊の首筋を噛むが、硬い毛と弾力のある肉に阻まれる。
片手、片足では暴れる熊の背に留まれずに、首を噛んだ口以外は、熊の体から離れた。
熊は両手で俺の頭蓋骨を掴み、引き離した。
毛と肉をごっそりと噛みちぎり、吹き出す血を頭蓋骨に浴びる。
熊から命が失われていくことを確信し、気分が高揚してきた。
一番の強敵は倒した。
周囲を見渡す。
砕かれた左腕を四つん這いで拾う。
残った片足を噛み付いて、振り回す狼に、左腕の上腕骨を刺す。
なかなか刺さらなかったが、何度も何度も打ちつけて差し込んだ時には、狼は動かなかった。
鹿の突進で転がる。
骨は手放してしまったが、角を掴んだぞ。
下からぶら下がり、体の一部は地に着き、引きずられる。
お前が力尽きるまで、このままでもいいぞ。
首を振り、前足をかいて、俺を外そうともがく。
前足で蹴られ、体が動くと、下顎を噛みつく位置に移動できた。当然噛みつく。
暴れているが、俺には疲労などない。
どちらが先に倒れるかは、時間の問題だった。
鹿の小さな口から、か細い悲鳴が漏れる。
その声に、俺は怒り、鹿の下顎を噛み砕いた。
鹿は倒れもがく。
俺は鹿の下顎から首筋まで、咀嚼と嚥下を繰り返す。
ぐちゃぐちゃバキバキと噛んで、飲み込む。
肋骨の内側に、噛み砕かれた肉と骨が溜まる。
鹿はおとなしくなっていく。
カラスはずっとつつくだけで大したダメージはない。
残り一匹となった狼は、俺から距離を取る。
首を上にあげ、遠吠えを始めた。
「いいぞ!ドライアドの眷属だけでなく、この森の生物を全てを呼べ!全て、全て滅ぼしてやる!」
「いけません!」
狼はドライアドの声に応えて遠吠えをやめた。
カラスも俺への攻撃をやめ、去っていく。
俺は自身の骨を集め、繋げる。
熊や狼の血を塗ると、骨は時間を巻き戻すように復元していく。
しかし
俺はドライアドに対し、怒りを強める。
支配者を気取るその態度、まるで…
「来い。そして戦え。そんな奴に隷属するくらいならば、戦って死んだ方がいいだろう!」
俺の言葉を理解したのか、狼は犬のように
「わん!」
と、返事をしたのがわかった。
「そいつの命令で戦って死ぬのか?お前の意思で戦うのか?思い出せ、野生を」
「やめなさい。無駄です…何故!?」
朝日が照らし出し、朝靄に包まれた森の上空に一斉に鳥が飛び立った。
「支配から逃れろ!負けるな!野生を思い出せ!」
俺は、空気を震わせる咆哮のごときに叫んだ。
視界の小さな赤、小動物や虫までもが一斉に遠ざかって行く。
上空を旋回していたカラスは飛び去る。
そして狼は俺に走る。
俺は構えて、渾身の拳をその口に叩き込んだ。
首から背中に腕が貫通した狼の骸を投げ捨てる。
十分に血を浴びた俺の全身の骨は完治している。
「雨を止めろ。全力で俺に攻撃しろ」
「待ちなさい」
「待とう。お前が出てくるまで、森を燃やしてな」
こいつは滅ぼす。
俺を支配しても、先程の動物のように使われるなど、許せない。
かつて、カールも俺を支配しようとしたが、カールは吸血鬼だ。アンデッドの本質を理解していた。生者を大局的に討つ計画は素晴らしかった。
だが、こいつはどうだ?
死霊術ではない力で俺を縛り、強制的に隷属させようとしたのだぞ。
俺には使命がある。
邪魔する者は全て潰す。
何度。この身を砕かれようと…必ず。
「もう許しを請うことは、できないのですね」
「当たり前だ。俺か、貴様が滅びるまでだ。隷属など、許せる訳ないだろう」
黙っているドライアドを気にせず、雨の降りしきる中で炎を森へ放つ。
上空は晴天で朝日が見えるのに、雨が降っている。
上位の魔法使いや道士などは、大規模な天候を操る。
ならば、こいつの魔法は大した事はないのかもしれんな。
木陰で炎を育み、対決を待つ。
奴の力ならば、木の枝を動かして、俺を雨ざらしに出来そうだが、かなり延焼した。手が回らんのだろう。
ドライアドが具現化した。
目の前に突如、現れた。
いつか来ると読んでいた俺は、脱力から鋭く踏み込み、掌打を体の中央に叩き込む。
ドライアドは避けも防ぎもせずに、その身に受けた。
僅かに揺れるも、木の根のように土に潜り込んだ下半身が衝撃を逃している。雨に濡れた地面にヒビが走る。
俺は構わず、左右の手のひらをドライアドの体に叩きつける。
「そのままで構いません。気の済むまで殴ってください」
こいつ…
避ける必要も無いのか。
そして、この体は本体では無いのだろう。
お前の指図など受けぬ。
返事をせずに、俺は焚き火の燃えさしを押し付ける。
何が俺をここまで怒りに掻き立てるのか。
ドライアドの体を殴り気付いた。
「お前は、この森の『神』を気取った。
『神』は許さん。
世界中の森は焼く。
お前も消えない存在だろう?
永劫の争いを、戦いを存分に楽しもうではないか」
殴り続けながら、俺の平坦な言葉に、ドライアドは平伏した。
地にひれ伏し、俺の足首を掴む。
「どうか、どうかお許しを
他の森にまで被害は出せません」
俺は蹴り上げ、仰向けのドライアドを踏みつける。何度も、何度も。
神は許さん。
体だけでなく、地の底から全身を怒りが貫く。
生者に対し、善人面する神め
お前たちの好きにはさせん
ドライアドの体は砕け散った。
俺はそれを焚火に投げ込む。
燃え広がってない場所を探し、火種を持ち込み森を燃やす。
「わかりました!あなたに隷属します!」
大きな声が森に響く。
だが
「お前が俺を支配しようとした時点で、落としどころなどない。どちらかが滅びるまでの戦いだ。アンデッドを、スケルトンを、この俺を与しやすいと見たお前の過ちだ」
俺は意志を伝える。
大体、隷属のさせかたなど知らん。
増悪に燃える俺は、森を焼き尽くすと決めていた。
突然、目の前に幾何学模様が浮かび、光を放つ。
「何」
「ケイ。悪い条件ではありません。彼女を隷属させなさい」
開口一番で、俺の肩を掴み、そう言うスケルトン。
「ドロシーか。俺は隷属の仕方など知らん」
「そうでしょうね。どうします?隷属させるのなら手を貸しますが。マスターは隷属がおすすめだと言っていましたが、あなたの意志も確認しなさいと申してました」
まてよ。こいつは、こいつらは一部始終を見聞きしていたのか。
上腕骨に巻かれた革ひもを見る。
「監視していると言ったではないですか。マスターも『予想外だ』と喜んでいましたよ」
俺の中の怒りは燃え盛っている。
しかし、ルーがそう言うのならば、大きなメリットがあるのだろう。
「ドロシー、教えてくれ。あいつを隷属化させたら、何を得る?」
ドロシーは片手で口を押えて首をかしげる。
「ふふ、いくつかありますよ。例えば、ケイの戦力強化。他には彼女の持つ情報や知識。後は色々な相手に交渉させたりとか。交渉の場面はないかもしれませんが」
「何故、そんなに嬉しそうなのだ?」
楽しそうなドロシーにそう聞くと、彼女はさらに笑う。
「ふふ、だってドライアドの知識ですよ?マスターもそれは楽しみだと言っていましたし」
俺はしばし逡巡する。
「わかった。しかし、ルーに伝えろ。いや、聞いているな、一つ貸しだぞ」