「キミのハートにトキメキ☆魅せてあげる♪
だって私は、キミのキミだけの
ア・イ・ド・ル♡」
ピンク、ブルー、グリーン。彩り豊かなライトがステージを縦横無尽に駆け巡る。中央で踊るアイドルは、二十代前半ほど、アイドルとしては少し年嵩に見える。だが、そのフレッシュ感は十代前半に劣らない。ウインクに黄色い声を上げるのは、大きい男のお友達だけではない。女子高生、小学生、お母さん、出店の女将から気の良さそうなご老人まで。老若男女全てを虜にしている。
最前線を走り続けて十年近いトップアイドル。トップに君臨し続け、生ける伝説、不滅のアイドルの名を恣にしている彼女は名を「
ライブが開催されるたび、伝説は塗り替えられる。喪われゆくはずの若さ、それによる衰えなど微塵もない。むしろ、年を経るごとに、アイドルらしい煌めきを増している。
誰にも平等に注がれる、そう錯覚できるレベルの目線の配り方、ファンサの振る舞い方。口角を吊り上げ、笑顔爽やかに、ウインク。星が生まれているような、キューティー、プリティー、ファンタスティック。すっと伸びた人差し指が狙うのは、いつだってファン全員の
狙い違わぬ究極のアイドルスナイパー、カオリンのズッキュンファンサはいつだってファンを撃ち抜く。
「バッキュン!!」
キラッとウインクが添えられ、
一斉に、血飛沫が舞った。
撃ち抜かれたのは心臓ではなく、脳天。ファンはカオリンに夢見心地な眼差しを注ぎながら、幸せの絶頂で息を引き取る。
カオリンは、目を見開いた。観客がいるのに、歓声がない。だから、状況を把握しようと、そのきゅるきゅると大きな目を見開いて、ファンたちを見つめていたのだ。
誰一人として、輝きを灯さない。骸に口があるはずもなく、その目に煌めきなどあるはずもなく、ステージで、会場で輝き続けていたのは、カオリン一人だけ。
今日も、伝説は更新された。
またとない悪夢の伝説だ。
☆ミ ☆ミ ☆ミ
「うわーん、カオリンロス、しんどいよぉ」
「死んでねーだろ、カオリン」
泣き喚く女子高生にボーイッシュな同級生がツッコむ。
脳天に軽めのチョップを受けつつ、尚も女子高生は続ける。
「でもでも~! あれから三ヶ月、音沙汰なしだよ? これは実質の活動休止だってぇ!」
「まあ、ライブで観客のほとんどが目の前で死んだんだ。精神やられても責めらんねーだろ」
「それはそうなんだけどぉ、悲しいよぉ」
「おー、よしよし」
おんおんと泣く同級生を、ボーイッシュ少女はあまり心の籠っていない声で宥めた。
ボーイッシュ少女のように、大体のファンは察し、三ヶ月でどうにかカオリンの活動休止を飲み下した。無理もない。目の前で、しかもファンサに合わせて、ファンが射殺されたのだ。その衝撃は計り知れない。
けれど、ファンは信じている。いつか、カオリンが戻ってくることを。だってあの輝きは、簡単に忘れられるものではない。簡単に消えるものでもないのだ。
「まあまあ、戻ってくるのを待とうぜ。ほら、ほとぼり冷めるまで雲隠れってやつだ」
「うん……」
そんな女子高生とすれ違った女性が、女子高生の影が遠くなったところで頭を抱えた。
「ごめんなさい! ごめんなさいね! 普通そう、そうだよね! 簡単に立ち直って、歌いたい踊りたいってならないよね、ごめんね!」
小声早口で捲し立てる女性。濃い色のサングラスの奥に隠した目が、煌めきをこぼしている。
「さすがに、さすがに私も立ち直り早すぎるとは思ったんだ。だから『カオリン』じゃなくてバーチャルアイドルとしての活動を始めたんだけど、マネージャーさんからは発表を控えるように言われたんだよね」
そう、この女性こそ、スーパーアイドル・カオリンこと「由比歌折」である。
歌折は遠い目をしながら、この三ヶ月を振り返る。
あのライブから三日間は、怖くて布団にくるまって震えていたのだ。でも歌いたくなったのだ。歌わない自分なんて、息をしていないのと同じでは? と歌折は近くのカラオケボックスに籠って、たっぷり七時間ほど歌った。
歌ったら、気分がすっきりして、怖いのもなくなった。そうなったらライブをしたい。しかしさすがに、あんなことがあって一週間足らずで復活するアイドルは能天気すぎでは? と考え、マネージャーに相談したところ、顔出しをしない動画配信ならOKとのこと。
三十分くらいで適当なアバターを作り、バーチャルアイドル「ゆいぴゃ」として活動を開始。これが事件から一週間後の出来事である。
アイドルって顔だから、顔出ししなければバレないバレないという歌折の楽観に反して、ゆいぴゃは爆発的な人気ライバーとなり、リスナーからの夥しいスパチャに歌折は先日とは別種の恐怖を覚えた。
「もっといいアバター作りなよ!」との声をいただき、それは確かにと思ったため、軽い気持ちで「新アバター作成配信」なぞとライブ配信をしたら、同接が二千を超え、震える。これが例のライブから一ヶ月後のこと。
あのライブから二ヶ月経つ頃には、自分で曲作りまで始める始末。リスナーとのチャットを介したやりとりもコーレス感覚で完璧にこなす。
ゆいぴゃがカオリン並みに「ヤバさ」を醸し出していたので、敏腕マネージャーが先手を打ち、開設したゆいぴゃのSNSで「過剰拡散を望まない旨」「企業案件、顔出し、個人情報関わる諸々はNG」という予防線を張っている。頭が上がらない。
曲作り配信、歌みた動画、カラオケ配信など様々活動して三ヶ月。歌折はそろそろ衝動がこらえられなくなってきていた。
それは——
「ライブしたい!! ステージに立ってみんなに会いたい!!」
職業病? と問いたくなるようなカオリンとしての心からの願い。けれど、歌折は社会人なので、簡単に叶わないことがわかっていた。社会のしがらみにぶうたれて、駄々をこねるような真似はしない。
……それに、怖いのだ。
目を閉じると、それは鮮やかに蘇る。最高のアイドルを祝福するかのように観客席に広がった洒落にならないレッドカーペット。脳天をぶち抜かれて、ばたばたと倒れていくファンを間奏の合間に呆然と眺めた。
いつかのロックバンドのライブのように、興奮のあまり失神した、というのなら、アイドルとしては誉だ。けれど、そうじゃなかった。
失神なんて生ぬるい。彼ら彼女らは死んでいた。
殺されていた。
カオリンに何一つ罪はない。カオリンはアイドルのファンサの一つとして、ハートを撃ち抜くズッキュンポーズをしただけ。そのタイミングに合わせて人々を狙撃した犯人が、吐き気がするほどに悪趣味なだけである。
それでも、瞼の裏に、脳裏にこびりついた人の死の瞬間は消えてくれない。あんな残虐な光景を忘れたいのに、忘れることを許してはくれないのだ。
また、あんなことが起きたら——蘇る映像にどうしようもなくよぎる思い。目の前で誰かが死ぬライブなんて、そうあってたまるものか、とは思うが、不安は拭えない。あんな光景、見たくない。
しかし、あのときのファンたちだって、死にたくて死んだのではない。「死なないで」と言ったって、あんな暗殺みたいな殺され方をしたら、無事ではいられない。脳天をぶち抜かれて生きているのなんて、映画のヒーローくらいなものだ。
映画のヒーローになんて、誰もなれない。
「そういえば、『アンデッドマン』とかいう映画なかったっけ。まあ、現実に存在しないから、みんな憧れるんだよね」
しみじみ頷きながら歩く歌折。スーパーでパーフェクトなアイドルである彼女自身も、本来なら存在し得ない夢の集合だ。
歌折が悩ましげに落としていた目線を持ち上げると、ふと、とある看板が目についた。
『アンデッドガール、貸します』
「へっ?」
冗談みたいな文言に、すっとんきょうな声が出る。近づいて、目をごしごし。サングラスをずらしても『アンデッドガール、貸します』の文字は見間違いではないようす。
アンデッドというのは「死なない」という意味だが……「アンデッドガール」というだけで現実感がないのに、「貸します」というのが異様さを際立てている。
んな馬鹿な、と思いながら、詳細を確認すると、リサイクルショップらしい。「アンデッドガール」以外にも、レンタル商品はあるようだ。
こんな怪しい文言に釣られるなんて、馬鹿馬鹿しい。
でも。
でも。