リサイクルショップ「リバーサイド」という少し錆び付いたぼろっちい看板。そこから、歌折は中を覗き込む。
すごく控えめに「お邪魔しまーす」と声をかける。返事はない。
店員さん、いないのかな、と首を傾げる。店は開いているが……。
「Jump! 煌めき出すセカイに乾杯☆彡」
「っ!?」
歌折は思わず物陰に隠れた。何故なら聞こえてきた音楽のイントロやフレーズに覚えがありすぎる。歌折が三年ほど前に出したヒットソングの一つ「キラパティ」だったのだ。
まさか自分のファンがいるとは、と思いかけた歌折だったが、よく考えるとアイドルのカオリンは今をときめくスーパーアイドル。石を投げればカオリンファンに当たるだろうというレベルでファンは存在する。
思わず隠れてしまった歌折だが、雑多に置かれた商品に足を強かにぶつけてしまう。「痛っ」と声も出て、もれなく店員に見つかった。
「お客さんにゃ?」
「……にゃ?」
少し高めの声。少女というより子どもに近い感じの声色に振り向くと、スマホを持ちながらこちらを覗き込んでいる少女がいた。歌折は思わずうわ、と思う。
少女の見た目は所謂「地雷系」というやつで、顔色が色白の一言では済ませられないほどに白い。濃い目のアイメイク、ハーフサイドアップ。レースリボンの髪飾りとオレンジのラフなツナギ。一見ミスマッチなそのファッションが絶妙なバランス感覚で昇華されている。造り物めいた雰囲気が漂う彼女は浮世離れして見えた。
しかも語尾が「にゃ」。癖が強すぎでは。
ぱちりと黒々としたその目が、サングラスの向こうの歌折と出会う。濃い色のレンズなので、はっきり目を合わせられたわけではないだろう。だが、目が合ったと確信したように、少女は商品をひょいと越えて、歌折の目の前にやってくる。歌折の手を取り、目をきらきらとさせた。
「すっごいかわいい子にゃ! あの子に似てるにゃ。えっと、シオリが好きな、アイドルの……カオリン!」
「えっ!?」
正体を見抜かれたわけではないが、歌折の肩は跳ねる。似ているも何も、歌折こそがその「カオリン」であるため。
サングラスだけじゃ変装足りなかった? と不安になる。髪型はライブのときと同じサイドテールだが、ヘアゴムで結うだけにしている。服装は裾にフリルがあるチュニックワンピースにだほだほのメンズコートを羽織り、ラフさの中にチラ見えガーリーみたいなスタイルだ。
シルバーピンクの髪もそのままであるため、気づかれてもおかしくはないだろう。店員らしき少女は幸い、カオリンだと気づいていないようだが。
「それで、お客さんは何かお探しにゃ? このお店は色んなもの置いてるにゃ。ないのは食べ物くらい。でもお茶くらいなら出るにゃ。飲むにゃ?」
「いや、あの……掲示板で『アンデッドガール、貸します』って見て、それで」
「ララのお客さん!? 嬉しいにゃ!!」
わーい、わーいとはしゃぐ少女。今口走った「ララ」というのが彼女の名前だろうか。
「え、ええっと、そもそも、『アンデッドガール』って、何……?」
「そのままの意味にゃ。『死なない少女』。まあ、死なないっていうか、『もう死んでるから死にようがない』っていうのが正しいかにゃ。ララのことにゃ!」
とん、と自己紹介というように軽く自分の胸を叩く少女。歌折は「ララ」の言葉を反芻する。
地雷系の病んでいそうなメイクに反して明るく無邪気な声。そこから紡がれた「もう死んでる」という告白。
「死んでる、死んで……死? えっ?」
「そう。死んだ人の体を繋ぎ合わせてできてるの、ララ」
言葉が出ない。ものすごく平然とした様子で何を言っているんだこの子は。
死体を繋ぎ合わせてできたとか、明るい調子で語ることではないが!? と歌折は混乱する。情報量が多い。
「それでそれで? あなたはララにどんなご用事にゃ? ララ何すればいいにゃ?」
戸惑いの色など見えていないかのように、ララは歌折に顔を寄せる。鼻が額がくっつきそうなほどの至近距離。
目がきゅるきゅると大きくて、ミステリアスな雰囲気も踏まえてかわいい女の子のはず。それなのに、歌折は怖かった。距離の詰め方が急すぎるのもそうだが、その手がほんのり冷たいことに気づいてぞっとする。
死んでいる。
確かに「死なない」のなら「殺される」心配もないのだろう。最後までライブを見てくれるだろう。けれど、自分が求めているのは本当にこれ……?
「ご、ごめんなさい!」
歌折はどうにかそれだけ口にすると、ララから離れる。少し物理的に突き放されたララが、何かを取り落とし、気がそちらに向いたのをいいことに、歌折は逃げるように店を出た。
ぐるぐるぐるぐる、頭の中身は回転しているのに、結論が何も出ない。迷いというか、戸惑い。「アンデッドガール」の正体に対する忌避感が確かにある。ララは天真爛漫な雰囲気の子だが、それでも、「死んでいる」という事実が、怖い。
あのライブと言い、私のいる世界はいつの間にかまともじゃなくなっちゃったの?
外の少しひんやりした空気が頬を撫でると、じんわり目に涙が滲む。
私は私のやりたいことをやりたいだけなのに、一番やりたいことがうまくいかない。……とても、悲しい。
少し、頭を冷やそう、と歌折は考えた。身バレしないように、表通りには出ず、店の裏手にとぼとぼと進む。明らかにおかしい看板に釣られた自分にも非はある。とりあえず突き飛ばしたことは謝らないと、と深呼吸を一つ。
落ち着けるためにもう一度、と息を吸い込もうとしたとき、背後から大きな影が射した。
「見つけた」
「え?」
振り向くと、リサイクルショップの屋根から、フルフェイスの西洋鎧を纏った集団がこちらを見下ろしていた。耳朶を打ったのは聞き心地の良い低音。男性と思われるが、甲冑姿の人々のどれから放たれたかはわからない。
ドラマの撮影だろうか。でも、おかしい。
十人以上はいる甲冑の集団に、声をかけられるまで気づかないなんて。普通、こんなにごてごてした金属鎧なら、物音がするはずだ。——気づいた途端、悲鳴のように頭が警鐘を鳴らす。
「目的は捕縛だ。くれぐれも殺すなよ」
命じる声に従い、甲冑が何人か、歌折目掛けて降りてくる。重量のある着地音。危機感のままに歌折は後退るが、何かにぶつかる。
背後にも同じ甲冑の人物。手首を捕まえられ、びくっと体が跳ねる。重たそうな剣が腰に挿されている。殺すなよ、と言っていたが、死なない程度に傷つけられる可能性がよぎった。
怖いのに、声が出ない。飲み込めない現実の連続に、悲鳴が間に合わない。
ぎゅっと目を瞑った、そのとき。
「ララのお客さんにぃ、何してるのにゃあ!!」
そんな雄叫びと共に、現れたララが甲冑の頭に飛び蹴りを決める。甲冑の人物は態勢を崩し、地面に転倒。兜がからんと落ちる。
「え!?」
露になると思われた顔がない。甲冑の中はがらんどうだ。代わり、甲冑とマントに刻まれた女性と薔薇の紋章が妖しく輝く。
「逃げて。店内なら、いくらか安全だにゃ。もうすぐシオリも帰ってくる時間にゃ」
「あ、あなたはどうするの?」
「心配ないにゃ。ララは死なないにゃ!」
アンデッドガール。
その肩書きを思い出す。思うところを言葉にしようとしたが、代わりに後ろと叫んだ。
ララは歌折を庇いながら、背後から切りかかってきた甲冑の剣を避ける。ブラックアメジストの髪がひらひら舞った。腰ほどまであるララの髪が背中の真ん中あたりまでばっさりと切られたのだ。
髪は女の命という言葉が思考をよぎった。心が寒くなる。
「駄目だよ。あなたも一緒に逃げよう。死なないからって、傷ついていいわけない!」
歌折の言葉に、ララが驚いたように目を見開く。瞳孔と虹彩の境目がわからないくらいの真っ黒い目は、歌折の顔を反射し、それから……とても柔らかく、笑った。
木漏れ日みたいな微笑み。死体からできた子だなんて、信じられないほどのあたたかさ。
「大丈夫。ララを頼ってくれようとしたアナタを、ララは守ってみせるにゃ。それに」
ララは丸いコンパクトを取り出す。
「ララにはこれがあるにゃ。少し下がってて」
「う、うん」
話す間にも迫る甲冑たち。
けれど。
「FLOWERWORKS! SHINE!!」
ララが呪文を唱えると、コンパクトから閃光が放たれた。眩しさに歌折は目を閉じる。びゅう、と風の抜ける音がした。
目を開けると、そこにいたのは先程とは異なる装いのララ。甲冑の軍団は光と共に放たれた衝撃波に吹き飛ばされたらしく、その辺に転げている。ツナギ姿だったのが、アニメで見る変身ヒロインのようなひらひらしたきらびやかな衣装に変わっていた。
黒髪に近かった濃紫の髪はアメジストのような透明感を持つ。切られた髪は元の長さ以上にすらりと伸びて、艶やかに。インナーカラーに入った黄昏色が幻想的な煌めきを放っている。
ララだった彼女はウインクを添えて高らかに名乗った。
「あなたの輝きをいつだってここに! アンデッドガールLaLa!!
ララはね、簡単に傷つけられたりしないにゃ。守りたいものを守るのもそう。そして、何よりも、ララのこの体はたくさんの人からもらったものだから——誰一人だって、傷つけさせやしないにゃ!!」