変身呪文と共にLiLiパクトから溢れる光。その光が消えると、そこにはミスティピンクの髪をしたエターナルガールが立っていた。
透明度の高い紫の瞳が凛とホイップを見据える。ホイップのマゼンタが嗤った。
「エターナルガールLiLi、ホンモノね……まあ、ホイップちゃんには劣るけど! ウィップ・ホールド!!」
ホイップが高らかに唱えると、ホイップの手にする鞭がしゅるしゅるとLiLiの方に伸びる。予想より射程が長いが、LiLiは横に跳んで回避。
「そんな初心者の動きでホイップちゃんから逃げられると思う?」
「ぅわっ」
地面を打った鞭が更に伸びてLiLiの足首に絡みつく。態勢を崩させ、LiLiを地面に転げさせると、鞭は満足したかのように持ち主の方へ戻っていく。
よくしなるからわかりづらいが、伸縮自在の鞭のようだ。見た目の長さはアテにならない。先に対峙した終ワラズノ騎士ほどあからさまなものではないが、これがホイップの能力ということか。
LiLiは立ち上がり、LiLiパクトを手にする。
何か攻撃を。
「ほらほら、アナタそれでもアイドル? 立たないと踊れないわよ。それとも、踊らせてほしいの? お人形さんみたいに!」
「LiLiパクト、モード
LiLiがLiLiパクトをタッチすると、それに呼応し、LiLiパクトからは透明な衝撃が放たれる。ダメージが入るほどの衝撃ではない。ホイップは虚仮威しかと落胆しかけるが、気づく。
茨の鞭は燃え始めていた。
「
なにが、と口にしようとして、LiLiは息を飲んだ。
ホイップの持つ茨の鞭だけじゃなく、早乙女と車を締め上げている茨も燃え始めていた。このままでは車のガソリンに引火し、爆発、そこまでいかなくとも早乙女が無事では済まない。
「だめ!! LiLiパクト、
再びLiLiパクトから変異の光が放たれると、茨を舐めるのは炎ではなく氷となった。咄嗟で必死の対応だったが、火は止み、ホイップの茨も動きが鈍る。
「へぇ、やるじゃない。CHANGEの他にCOLDも使えるの? 多属性なんて欲張りさん」
言いながら、ホイップは凍った鞭を地面に打ち付ける。ぱしゃん! と大きな音を立てて、纏われていた氷が弾け飛ぶ。
そこからホイップはLiLiに踏み出した。駆ける彼女の手の中で、鞭がしゅるりと形を変える。しなりのなくなった茨は代わり、鋭い切っ先を得、刺突タイプの剣となる。
その凶刃はLiLiの胸元を真っ直ぐに狙った。
戦闘行為に慣れていないLiLiは反応が間に合わない。それを助けるように、LiLiの手の中でLiLiパクトが光った。目眩ましの発光ではない。
オーロラのような光が薄く広がり、バリアのようにLiLiを守る。
「そんなぺらっぺらの光で、守りきれると思うの?」
キャハ、とホイップの嘲笑が響けば、パリ、と光は砕け、LiLiパクトの中央部分に茨の細剣が刺さる。LiLiは目を見開くが、LiLiパクトはそのタイミングで目眩ましの発光。さすがにホイップが呻いた。そこでLiLiを回避させるように、誰かが後方から引き寄せる。
だれ、と思ってLiLiが振り向くと、夜空と夕空の色を孕んだ長い髪がひらりと靡いている。
「LiLi、大丈夫にゃ!?」
「LaLa……!!」
どうして、と口にすると、LaLaは少し困ったように笑った。
「LiLiはLaLaのお客さんにゃ。もういいって言われたけど、まだLiLiがおねがいしようとしたこと、聞いてないにゃ。せめて、願いを聞かせてほしい」
「その永劫適格者、願い事なんてあるのぉ?」
LaLaの言葉を拾い、ホイップがクスクスと笑う。欲張りさん、と再び象る唇。
LaLaは目元を険しくした。
「願いは誰にだってあるにゃ! お前にだってあるにゃよね? それなのに願いがあることを悪いことみたいに言うんじゃないにゃ!!」
「アッハハハ! 別に悪いだなんて言ってないわよぉ。ただ、ムセイと比較したら、永劫適格者のクセに、ずいぶんと欲望に満ち溢れているんだなぁって思って」
「ムセイ?」
「ハスクのことよ。終ワラズノ騎士。会わなかった?」
終ワラズノ騎士は先程対峙した。まだ記憶に新しいがムセイとも呼ばれるらしい。
それよりも、LiLiは気になるワードがあった。
「永劫適格者って?」
「そんなことも知らないの!? っていうか、知らないままエターナルガールをやらされてるの!?」
ホイップの言葉の節々がいちいち引っかかる。彼女の根底に、色濃い嘲りがあるからだろうが、そういう性格というだけではない理由がある気がする。
カワイソだから教えてア・ゲ・ル♪ということなので、素直に説明を聞くことにした。
「悪をも誉とするおとぎの華『グリムローズ』は『永遠』を追い求めているのはご存知かしら。グリムローズの最終目的は『誰もに永遠を供給すること』。そのために『永遠』について研究をしているの。その中で目的達成の手掛かりとなる『永遠を手にしている存在』を『永劫適格者』と呼んでいるのヨ♪」
永遠を手にしている、の部分で、LiLiとLaLaは顔を見合わせ、疑問符を浮かべた。
この世に永遠なんて存在しない。それは理に近い常識として、世界に浸透していることだ。永遠の命なんてないし、永遠に変わらないものなんてない。「永遠」という言葉は叶わないもの、手に入れられないものの象徴である。
グリムローズがどういう価値基準で「永遠」を判定しているのかはわからないが、「永遠を手にしている存在」というのは違和感があった。そもそもそれこそが存在しないのでは?
「あら、アタシを目の前に『存在しない』なんてナンセンスなことを考えていらっしゃる? ふふ、オッカシイ! エターナルガール、アナタだって、『存在しない』はずの永劫適格者なのヨ?」
「私が?」
さっきからそう言ってるじゃない、と肩を竦めるホイップ。仰々しいその所作と共に、ホイップの後背で早乙女が乗ったままの自動車が持ち上がる。
凍ったことで動きが鈍っていた茨が、少しずつ成長速度を取り戻していた。車体下部を貫通し、太い根のように地面に張って、車をぐんぐん押し上げていく。
中にいる早乙女に絡む茨も、量が増えている。早乙女を締めつけたりする他、その皮膚の内側に入り込む蔦まであった。LiLiの顔色が蒼白になる。
「早乙女さん!」
「自分で説明を求めておいて、途中で離れようなんて、ケッコウなご身分じゃない」
「早乙女さんを放して!」
「イヤよ。そもそも、アナタに関わってしまったから、あのヒトも巻き込まれてるのヨ?」
ホイップの言にLaLaが走る。まっすぐ飛んだ右ストレートはひょいとかわされ、茨の鞭がLaLaの全身を打ち付ける。
「LaLa!」
「大丈夫にゃ! そっちが拐ったクセに、LiLiが悪いみたいなこと言うにゃ!?」
「サオトメサン? とやらは本当に運がよかっただけヨ? 今まで狙われなかったのも、
あの事件。多分に含みを持って放たれたその言葉に、LiLiもLaLaも一つの心当たりがある。
数多の伝説を更新され続けてきたスーパーアイドル・カオリンの、更新された伝説。悪夢のライブ。
凍りついた二人の表情に、ホイップはうっそりと笑む。妖艶で、とても愉しげな笑み。
弓なりの唇は、とある事実を紡ぐ。
「永劫適格者・由比歌折。不変、不滅、永遠にさえ思えるほどに輝き続けるアイドル。その太陽の光を浴びたファンたちはとっても豊潤な養分を持っていたの。アタシも茨ちゃんたちも、たーっぷりいただいたわ♪」
「な……」
養分? たっぷりいただいた?
LiLiの——歌折の中で、ライブの後に起こったことが組み立てられる。あのライブではたくさんの人が死んだ。あの残酷な暗殺劇の真相は未だにわかっていない。
その目的が、養分? そんなことのために、あんなにたくさんの人が、私の、
……許せない……。
LiLiパクトを握りしめる手に力が籠る。LiLiパクトがカタカタと音を立てていた。
「あら★ 怒った? 怒ったの?」
「ええ、とても……とても、怒っています……」
震える歌折の声。その怒りを煽るように、ホイップは尚も嗤う。
「アナタのせいなのに♪」
ホイップのマゼンタに愉悦の色がめらり。
対するLiLiは、静かに、
「LiLiパクト、モード
唱えた。