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第6話 守りたい意思「LiLiコンパクト」

 電話をしてから、十五分ほど。そろそろマネージャーの早乙女が来る頃だろうと、歌折が待ち合わせ場所近くに行くと、少しざわめいていた。

 あまり快くないざわめきだ。人が揉めている、とまではいかないまでも、大きな声で強く何かを主張している姿があった。

「だから俺は見たんだって! 水色の車が女の子とぶつかるとこ!!」

「でも、車も女の子もいないじゃないですか……」

 事故でもあったのか、という騒ぎだが、事故の影は微塵もない。自動車は何事もないかのように車道を行き交っており、歩道も壊れたり、車が乗り上げたような痕跡もない。

 ただ、歌折には気がかりなことが一つ。

(水色の車?)

 それはマネージャーの早乙女の愛車と同じ色だ。

「あの、水色の車に、人は乗っていましたか?」

「ん、ああ、運転席に女の人が。キャリアウーマンみたいなしっかりしてそうな人だった。嬢ちゃんは俺の言うこと信じてくれるのか!?」

 詰め寄る男性に頷きたかったが、顔色をなくした歌折の思考は、それどころではない。運転手の特徴は、完全に早乙女と一致する。

 それに、ちょっとやそっとの超常現象に驚けない自分がいた。空の甲冑がひとりでに動くのを見たばかりなのだ。交通事故の当事者が車含めて消えても、何ら不思議ではない。

 けれど、もし「グリムローズ」だとしたら。「グリムローズ」が歌折を狙い、その周囲の人物を把握していたのだとしたら。

「詰め寄らないで、少し離れてください。すみません、大丈夫ですか? 顔色がとても悪いですが」

「あっ……いえ」

 よぎった不安が顔に出ていたらしい。歌折は大丈夫と伝えるために笑おうとしたが、声をかけてくれた青年には曖昧な笑みしか返せなかった。

 青年は続ける。

「事故の目撃者がこの男性一人だけで、証言の自動車も女の子も見当たらないので、警察を呼ぶのもなあって感じなんです」

「俺を嘘つきだって言いたいのか!?」

「違います」

 噛みつく男性。言外にそういう非難を感じてしまうのも、無理はないだろう。きっと男性が一番困惑しているのだ。目撃したはずの事故が起こっていないことに。

 それくらい鬼気迫っているから、青年も嘘とは思っていないのだろう。宥めるのに苦労している様子だが。

 歌折は男性を見上げた。

「怖い話だとは思います。でも、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか? 車とその運転手はわかりましたから、ぶつかった女の子の特徴とか」

 まっすぐ。人の心に届く見つめ方を、歌折は知っていた。彼女は万人に愛されるアイドルだから。

 その真摯さが通じたのか、男性は深刻そうな表情で話し出す。

「小学生か、中学生くらいだな。派手な髪の毛だったんだ。赤紫っつうか、ピンクっつうか。ツインテールの子で、ほら、ゴスロリ、だっけか? ふりふりがいっぱいついた服を着てたんだ」

 男性の証言に頷きつつ、少し焦る。グリムローズのメンバーかどうか、これだけではわからない。歌折は先程戦った『終ワラズノ騎士』しか名前を知らないし、終ワラズノ騎士さえ、素顔は知らない。声は男のものだったので、男性とは思うが。

 甲冑騎士にゴスロリツイテは並べるとなかなか字面が強いが。それでも、確かめなければ。

 歌折が早乙女の無事を確認すべく、スマホを取り出すと、それを待っていたかのようにバイブレーションが鳴る。

 発信者は早乙女だ。希望が湧いて、通話ボタンをスワイプする。

「もしもし、和葉さん?」

「ざーんねん! ホイップちゃん、でぇーっす!」

 誰と問う前に返ってきた名前。「ホイップ」という名前の知人は存在しない。

「アナタがエターナルガールね♪アタシ、待ってるわよ。そのためにアナタの大切なヒトを手に入れたんだから♪」

「……!」

「あ、でも、入口を開けといてあげるほど、ホイップちゃんは親切じゃないの。見つけてネ★」

 プツッ。

 言いたいことだけ言って「ホイップ」という少女は電話を切ってしまった。

「嬢ちゃん、誰からの電話だったんだ?」

「……知らない人からです。お話、ありがとうございました」

「まだ顔色が悪いですよ。少し休みませんか?」

 歌折を気遣う周囲の人たち。歌折は心が温かくなった。けれど——だからこそ、巻き込むわけにはいかない。

「大丈夫です。行かなくちゃ」

 気が急いているのはわかっている。「見つけてネ★」と言われたが、どうやって探せばいいのか、宛てはない。

 それでも、早乙女は長年自分に連れ添ってくれた大切な人だ。絶対に助ける!

 そんな歌折の決意に応えるように、不意にLiLiパクトがふわりと浮かんだ。そこから光が放たれる。

 その光を追うと、それは人気のない路地裏の真ん中、不自然に何もないところで弾かれていた。

 歌折が手を伸ばすと、透明な何かに触れた。意思を持っているかのように、透明な何かは歌折を呑み込もうとしたが、LiLiパクトが放つ光に霧散していく。

 歌折はLiLiパクトを見つめた。

「守ってくれるの?」

『ちがう』

 声が聞こえた。ララの声に似ているような気がする。

『あなたが、守るんだよ。リリが守るのは、守りたいという願い』

 だからあなたを守る。

 LiLiパクトからの言葉に、歌折はそうだね、と頷いた。

「力を貸して。私、助けたい人がいるの。私を今まで守ってくれた。きっとこれからも私を助けてくれる、大切な人を守りたい」

 歌折の切実さに、LiLiパクトはミスティピンクの光を広げる。

『リリと同じだね』

 その声は笑っているような気がした。


「来たわね、エターナルガール」

 辿り着いた先には、マゼンタのツインテールをしたロリータファッションの女の子がいた。勝ち気そうな顔立ち。大きな目は挑戦的な光を宿して歌折を見据える。

 その後方には、窓ガラスにひび割れの生じたペールブルーの自動車。見覚えのある車種だ。車は茨の蔦のようなもので絡め取られており、運転席に座る女性も、座席に縛りつけられていた。

 遠目ではあるが、顔のあたりに血がついているのがわかる。気づいた歌折からさっと血の気が引いた。

「早乙女さんを離して!!」

「あら、自分の願望だけ押し通そうなんてはしたない女。淑女レディーの風上にも置けないわ。究極のアイドルが聞いて呆れる。初対面同士、会ったらまずはごあいさつでしょう? ごきげんよう」

 女の子が大仰に肩を竦め、わざとらしいくらいに大袈裟な仕草で丁寧な所作のカテーシー。

 歌折は確かに挨拶は大事か、と思い、はじめまして、とお辞儀をする。

「私は由比歌折。私のことを知っているみたいだけど、あなたは?」

「ふふ、よくできました☆アタシはホイップちゃん♪グリムローズの『永遠姫』こといばら姫ホイップよ♪」

 いばら姫。ということは、車や早乙女に絡んでいる茨はホイップのものなのだろう。

 童話モチーフの名前とロリータファッションの影響もあり、「ダークメルヒェン」といった印象。無邪気なようでいて、悪意を灯すロゼの目は焦燥を宿す歌折の表情に、にっこり満足げであった。

「うふふふふふ、とっても慌てて来てくれたみたいね? そのカオが見られただけで、ホイップちゃんとってもうれしいわ♪」

「満足したなら早乙女さんを解放して」

「イヤよ」

 ホイップはころころと笑う。

「アタシはアナタを打ち負かさないといけないの。ホラホラ、グリムローズが悪の組織なのはご存知? 悪の組織なんだから、わるぅいコト、しないとネ☆」

 そう言って、見せつけるように、車と早乙女を締め付ける茨の力を強くした。歌折の握りしめた拳が、痛いほど皮膚に食い込む。

 その様子を見て、ホイップは愉しげだ。

「キャハハ! 助けたかったら、さっさと変身しちゃいなさいよ。ホイップちゃんが相手してア・ゲ・ル♪」

 わかりやすすぎる挑発だ。煽られている。

 わかっている。でも、早乙女を助けなければ!

 その意思に呼応するように、LiLiパクトが目映い輝きを放ち、歌折の手の中に収まる。

「FLOWERWORKS! SHINE!!」

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