電話をしてから、十五分ほど。そろそろマネージャーの早乙女が来る頃だろうと、歌折が待ち合わせ場所近くに行くと、少しざわめいていた。
あまり快くないざわめきだ。人が揉めている、とまではいかないまでも、大きな声で強く何かを主張している姿があった。
「だから俺は見たんだって! 水色の車が女の子とぶつかるとこ!!」
「でも、車も女の子もいないじゃないですか……」
事故でもあったのか、という騒ぎだが、事故の影は微塵もない。自動車は何事もないかのように車道を行き交っており、歩道も壊れたり、車が乗り上げたような痕跡もない。
ただ、歌折には気がかりなことが一つ。
(水色の車?)
それはマネージャーの早乙女の愛車と同じ色だ。
「あの、水色の車に、人は乗っていましたか?」
「ん、ああ、運転席に女の人が。キャリアウーマンみたいなしっかりしてそうな人だった。嬢ちゃんは俺の言うこと信じてくれるのか!?」
詰め寄る男性に頷きたかったが、顔色をなくした歌折の思考は、それどころではない。運転手の特徴は、完全に早乙女と一致する。
それに、ちょっとやそっとの超常現象に驚けない自分がいた。空の甲冑がひとりでに動くのを見たばかりなのだ。交通事故の当事者が車含めて消えても、何ら不思議ではない。
けれど、もし「グリムローズ」だとしたら。「グリムローズ」が歌折を狙い、その周囲の人物を把握していたのだとしたら。
「詰め寄らないで、少し離れてください。すみません、大丈夫ですか? 顔色がとても悪いですが」
「あっ……いえ」
よぎった不安が顔に出ていたらしい。歌折は大丈夫と伝えるために笑おうとしたが、声をかけてくれた青年には曖昧な笑みしか返せなかった。
青年は続ける。
「事故の目撃者がこの男性一人だけで、証言の自動車も女の子も見当たらないので、警察を呼ぶのもなあって感じなんです」
「俺を嘘つきだって言いたいのか!?」
「違います」
噛みつく男性。言外にそういう非難を感じてしまうのも、無理はないだろう。きっと男性が一番困惑しているのだ。目撃したはずの事故が起こっていないことに。
それくらい鬼気迫っているから、青年も嘘とは思っていないのだろう。宥めるのに苦労している様子だが。
歌折は男性を見上げた。
「怖い話だとは思います。でも、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか? 車とその運転手はわかりましたから、ぶつかった女の子の特徴とか」
まっすぐ。人の心に届く見つめ方を、歌折は知っていた。彼女は万人に愛されるアイドルだから。
その真摯さが通じたのか、男性は深刻そうな表情で話し出す。
「小学生か、中学生くらいだな。派手な髪の毛だったんだ。赤紫っつうか、ピンクっつうか。ツインテールの子で、ほら、ゴスロリ、だっけか? ふりふりがいっぱいついた服を着てたんだ」
男性の証言に頷きつつ、少し焦る。グリムローズのメンバーかどうか、これだけではわからない。歌折は先程戦った『終ワラズノ騎士』しか名前を知らないし、終ワラズノ騎士さえ、素顔は知らない。声は男のものだったので、男性とは思うが。
甲冑騎士にゴスロリツイテは並べるとなかなか字面が強いが。それでも、確かめなければ。
歌折が早乙女の無事を確認すべく、スマホを取り出すと、それを待っていたかのようにバイブレーションが鳴る。
発信者は早乙女だ。希望が湧いて、通話ボタンをスワイプする。
「もしもし、和葉さん?」
「ざーんねん! ホイップちゃん、でぇーっす!」
誰と問う前に返ってきた名前。「ホイップ」という名前の知人は存在しない。
「アナタがエターナルガールね♪アタシ、待ってるわよ。そのためにアナタの大切なヒトを手に入れたんだから♪」
「……!」
「あ、でも、入口を開けといてあげるほど、ホイップちゃんは親切じゃないの。見つけてネ★」
プツッ。
言いたいことだけ言って「ホイップ」という少女は電話を切ってしまった。
「嬢ちゃん、誰からの電話だったんだ?」
「……知らない人からです。お話、ありがとうございました」
「まだ顔色が悪いですよ。少し休みませんか?」
歌折を気遣う周囲の人たち。歌折は心が温かくなった。けれど——だからこそ、巻き込むわけにはいかない。
「大丈夫です。行かなくちゃ」
気が急いているのはわかっている。「見つけてネ★」と言われたが、どうやって探せばいいのか、宛てはない。
それでも、早乙女は長年自分に連れ添ってくれた大切な人だ。絶対に助ける!
そんな歌折の決意に応えるように、不意にLiLiパクトがふわりと浮かんだ。そこから光が放たれる。
その光を追うと、それは人気のない路地裏の真ん中、不自然に何もないところで弾かれていた。
歌折が手を伸ばすと、透明な何かに触れた。意思を持っているかのように、透明な何かは歌折を呑み込もうとしたが、LiLiパクトが放つ光に霧散していく。
歌折はLiLiパクトを見つめた。
「守ってくれるの?」
『ちがう』
声が聞こえた。ララの声に似ているような気がする。
『あなたが、守るんだよ。リリが守るのは、守りたいという願い』
だからあなたを守る。
LiLiパクトからの言葉に、歌折はそうだね、と頷いた。
「力を貸して。私、助けたい人がいるの。私を今まで守ってくれた。きっとこれからも私を助けてくれる、大切な人を守りたい」
歌折の切実さに、LiLiパクトはミスティピンクの光を広げる。
『リリと同じだね』
その声は笑っているような気がした。
「来たわね、エターナルガール」
辿り着いた先には、マゼンタのツインテールをしたロリータファッションの女の子がいた。勝ち気そうな顔立ち。大きな目は挑戦的な光を宿して歌折を見据える。
その後方には、窓ガラスにひび割れの生じたペールブルーの自動車。見覚えのある車種だ。車は茨の蔦のようなもので絡め取られており、運転席に座る女性も、座席に縛りつけられていた。
遠目ではあるが、顔のあたりに血がついているのがわかる。気づいた歌折からさっと血の気が引いた。
「早乙女さんを離して!!」
「あら、自分の願望だけ押し通そうなんてはしたない女。
女の子が大仰に肩を竦め、わざとらしいくらいに大袈裟な仕草で丁寧な所作のカテーシー。
歌折は確かに挨拶は大事か、と思い、はじめまして、とお辞儀をする。
「私は由比歌折。私のことを知っているみたいだけど、あなたは?」
「ふふ、よくできました☆アタシはホイップちゃん♪グリムローズの『永遠姫』こといばら姫ホイップよ♪」
いばら姫。ということは、車や早乙女に絡んでいる茨はホイップのものなのだろう。
童話モチーフの名前とロリータファッションの影響もあり、「ダークメルヒェン」といった印象。無邪気なようでいて、悪意を灯すロゼの目は焦燥を宿す歌折の表情に、にっこり満足げであった。
「うふふふふふ、とっても慌てて来てくれたみたいね? そのカオが見られただけで、ホイップちゃんとってもうれしいわ♪」
「満足したなら早乙女さんを解放して」
「イヤよ」
ホイップはころころと笑う。
「アタシはアナタを打ち負かさないといけないの。ホラホラ、グリムローズが悪の組織なのはご存知? 悪の組織なんだから、わるぅいコト、しないとネ☆」
そう言って、見せつけるように、車と早乙女を締め付ける茨の力を強くした。歌折の握りしめた拳が、痛いほど皮膚に食い込む。
その様子を見て、ホイップは愉しげだ。
「キャハハ! 助けたかったら、さっさと変身しちゃいなさいよ。ホイップちゃんが相手してア・ゲ・ル♪」
わかりやすすぎる挑発だ。煽られている。
わかっている。でも、早乙女を助けなければ!
その意思に呼応するように、LiLiパクトが目映い輝きを放ち、歌折の手の中に収まる。
「FLOWERWORKS! SHINE!!」