ザーーーーーーー
バケツをひっくり返したような大雨の中、人通りの少ない道端で僕はうずくまっていた。もはや雨なのか自分の涙なのかがわからない。頭からも目からも鼻からも水が溢れ出す。
「うぅっ……」
どうしてこんな場所にいるのだっけ……僕の居場所なんてどこにもない……
あの時から母さんが変わってしまった。人はお金を手に入れると簡単に変わってしまうのだろうか。
というのは僕が小さい頃に父さんが亡くなり、それから母さんは夜のお店で仕事をするようになった。そこで出会った有名企業の社長に見初められ、再婚。
再婚相手のその人は僕達に何不自由ない暮らし、いやそれ以上のものを与えてくれた。家政婦も時々来てくれていたため、母さんは自由気ままに過ごすようになり、僕のことは……まるで目にも入っていないようだ。
それだけではない、母は再婚相手の間にできた子どもを産んだ。僕の妹にあたる。そうなってしまえば……もうこの家に僕の居場所なんてない。
何不自由ない恵まれた生活に見えるけど、僕はあの家からは逃れたくて……
帰りたくない
帰りたくない
帰りたくない
帰りたくない
帰りたくない
そう思っていると、ザーーーと言う音がピタッと止まったような気がした。見上げると黒髪で背の高い三十代半ばぐらいの男の人が自分の傘をさしてくれている。切れ長の目元、ちょっと怖そう。
「お前、こんな所で何している?」
「うぅっ……」
「風邪ひくぞ、こっち来な」
そう言って僕を立たせてくれて、あるお店の中に連れて行かれる。ここは……? カウンターがあってお酒が並んでいる。バーなのだろうか。
「お前その制服は……まだ中学生だろう?服乾かしたら家に帰るんだな」
男の人はそう言ってバスタオルを持ってきて僕の頭を雑にワシャワシャと拭いてくれた。雑なんだけど僕は気持ちが落ち着いていくのを感じる。
いい香りがする……タオルもだけど、この人……優しい香りがするな……
「あの……ここは……」
「夕方から開店だ。中学生が来る所ではないぞ。俺の経営するバーだ」
ルパンと書かれたこのバーは黒基調のレトロな雰囲気のある場所だった。
「僕……帰りたくない……」
「は? 何言ってる。親が心配するだろう、それに中学生がこんな所にいたら捕まっちまうぞ」
「じゃあ……大人になったらまた来てもいい?」
「そんなにこの店に来たいか?」
この店に来たいというか……またこの人に会いたいというか……
僕の心臓はドキドキしていた。
「お前、名前は?」
「
「俺は
怜さん、か……
怜さんが言う。
「じゃあ……ちゃんと家に帰って、ちゃんと大人になって、ちゃんとこの店を覚えてたら……来ても良いぞ」
そう言って頭を撫でられて、僕は決意した。家に帰って、きちんと勉強して、立派な大人に……なる……!
※※※
あの大雨の中、怯えるようにうずくまっている少年がいた。道行く人が気づいていないのか、全員何もなかったかのように通り過ぎる。
世の中冷たいな……俺も似たようなものか。俺だって自分のバーで客の話を聞いてはいるものの、優しさで聞いているというよりは、店の売上のために聞いているようなものだからな。
そんな俺でもどうしてだろうか。あの少年をあのままにしておくわけにはいかないと思ってしまった。あそこまで震えているのだ。放っておけるわけがないだろう。
気づいたら自分の傘を差し出していた。少年は顔を上げて俺を見つめる。
色白で瞳が大きくウェーブがかった髪、少年……だよな? 少女では……ないよな?
愛らしい顔をしているのに、触れると今にも崩れてしまいそうな表情をしている。
「お前、こんな所で何している?」
あまりにも可愛いそうに思えて自分のバーに連れて行ってしまった。これって誘拐とかで訴えられないよな?
バスタオルでクシャクシャに頭を拭いてやると少年の目元がまた潤んできた。本当に放っておけない顔をしているな……
「僕……帰りたくない……」
「は? 何言ってる。親が心配するだろう、それに中学生がこんな所にいたら捕まっちまうぞ」
警察に見つかる前に、その辺の悪い奴らに連れ去られそうだ。
「じゃあ……大人になったらまた来てもいい?」
「そんなにこの店に来たいか?」
この店のどこがいいのか……いや、そのクリっとした目で見られると……いつかまた来て欲しいなとも思ってしまう。
「お前、名前は?」
「
「俺は
日向……か。純粋そうだな。
「じゃあ……ちゃんと家に帰って、ちゃんと大人になって、ちゃんとこの店を覚えてたら……来ても良いぞ」
少年は嬉しそうに笑顔を見せて帰って行った。
さて、俺も今から開店準備か。こんな雨の中だ……今日は客が見込めないな。
まぁ、日向って奴も頑張ってるだろうし、俺も中学生には負けてられないな。