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第4話 兄妹

 コンコン

 ノックの音がする。この控えめな感じは‥……

「いいよ」と僕は言う。

 ガチャ

 妹の菜穂が恐る恐る入ってくる。


「お兄ちゃん、今いい?」

「どうしたの」

「算数教えてほしいの」

「うーん……ここはね……」


 今日は母さんも義理の父(再婚相手)も出かけてしまった。こういう時は決まって菜穂は僕の部屋に来る。

 何故なら菜穂が僕と仲良くすると自分の両親の機嫌が悪くなるから。

 母さんと再婚相手との間に生まれた菜穂は小さい頃からたくさんの愛情を注がれて、というより注がれ過ぎていた。


 3人が本当の家族、僕はおまけのようなもの。怜さんと会う前の僕は……もう6年以上前の話になるが、再婚相手の機嫌を損ねて酷い目にあっていた。思い出したくない過去である。そしてそんな僕の姿も菜穂は見ている。小さいながらもインパクトの強いことは覚えているようだ。


 だから菜穂も両親の顔色を伺うようになってしまった。まぁ、基本的に愛されているのでそこまで深刻なものではないが、僕に会いに来る時はとても慎重になっている。


「今日はお兄ちゃんと一緒に過ごせるから嬉しいな」

 小学校高学年とはいえ、まだまだ素直だな。

「ねぇお兄ちゃんは社長になるの? パパが言ってた」

「さぁ」

「あたしもなりたいのに。社長」

「いいんじゃないか?」

「本当? かっこいいよね! 社長って!」


 社長イコール偉い、カッコいいと思っているのか、夢があっていいな。僕はあんな人の会社の社長になんかなりたくはないけど。

 そもそもどうして僕なんだろう。これまで社長は男性だからという理由だけで……変な感じだよな。



「いいなぁお兄ちゃんは」

 唐突に菜穂が言う。

「どうして?」

「だってパパから社長になれるって言われたんだよ? あたしには『女の子らしくしていたら、きっと素敵な人と縁がある』って言うの。ママだってそう。『女の幸せはお金持ちのパートナーに愛されること』って……ジェンダー平等じゃないよね?」


 ジェンダー平等……そうか今の小学生はSDGsを知っているからな。

「菜穂、よく勉強してるんだね。僕は菜穂がなりたいものになればいいと思っているよ。僕だって本当は社長になりたくないから……」

「そうなの? お兄ちゃん……じゃあ、あたしに譲ってよ」

「もちろん譲りたいよ、だけどこれはね、父さんや母さんが決めることでもあるんだよ。あとは会社の偉い人とか……」


「そっかぁ、あたしまだ子どもだからなー」

「ふふ……今から菜穂は好きなことができるんだよ? 僕も君が羨ましいや」

「ふーん……じゃあお兄ちゃん、次、理科教えて!」

「え? ああ、わかったよ」

 菜穂は有名なエスカレーター式の学校に通っているから、将来が約束されたようなものだよな。それでもたまに僕を頼ってくれると嬉しい。この家で1人ぼっちではないって思えるから。


 菜穂が生まれてから疎外感はあった。だが彼女が成長してこっそり部屋に来てくれる時、学校生活の面白い話を聞かせてくれる時間は僕にとっては唯一、家にいて癒される時間である。


 そして思うんだ。菜穂には自分のやりたいことを実現させて幸せになってほしいと。それが例えあの人の会社の社長であっても……君の力で乗り越えてほしいと願っている。兄として。


「ねぇ、お兄ちゃんこのキャラクター描いて!」

「はいはい」

 僕は相変わらず言われるがまま、妹の相手をしていた。次話せるのはいつなのだろうか……そう思いながら。


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