いつもの大学の授業。
「日向ー!!」
彼女は
「ねぇ、もうすぐ試験ね。あたし、どうしてもこの授業無理だわ。教科書持ち込んでいいんだっけ?」
「ああ、このクラスは持ち込みOKだったと思うよ」
「やった♪ そうだ日向! 今日この後予定ある? あたしの入っているサークル、見にこない?」
やたらとサークルに誘ってくるんだけど、前も断ったよね? 亜里沙は何考えてんだか。
「あ……ごめんね。日向はそういうの興味なかったかぁ」
「うん……」
※※※
あたし、亜里沙は入学式ですぐ近くにいた日向を一目見て気になってしまったのよね。綺麗な横顔に澄んだ瞳……まるで王子様のような美しさ。なのに、喋ったら大人しくてそれもまた可愛いというか、あたしの話を黙って聞いてくれるし優しいし、彼氏にするなら断然この人でしょ!
とは思うんだけど……
いつも彼はどこか別のところを見つめているような気がするの。あたしの入っていけないような世界に行ってしまうんじゃないかって……一応今は友達? のような関係だけど、これ以上距離を縮めてはいけないようなオーラを彼は放っているのよね。
だからこそ余計に知りたくなるの。彼のこと。多分だけど、この大学ではあたしが一番日向に近いはず……そうよ一番近くにいるから……まだチャンスはあるわよね。
授業が終わってから、片付けをしていると日向に話しかけられた。
「亜里沙。やっぱり一度だけそのサークル、見に行ってもいい?」
「日向……も、もちろんよ! きっと日向も気に入ってくれると思うわ!」
日向があたしの入っているサークルに来てくれることになった。茶道サークル。そこまで堅苦しくなくてゆっくりくつろげる場所。お茶会があれば行きたい人は行けばいいし、そのあたりも自由。だいたいみんなで集まって適当に喋って、その後は飲み会、みたいな流れかな。
あたしは日向が茶道をすると絶対かっこいいって思っちゃったのよね♪ うふふー♪
「よぉ亜里沙! ん? 初めて来た子かい?」
「先輩! あたしの同級生で日向っていうの。ちょっと見学に」
「よろしくね」
「よろしく……お願いします……」
日向ったら緊張してて可愛いわね。
何だかんだ話しているうちに夕方になり、じゃあこの後ご飯行く? という流れになった。うちのサークルのメンバーは皆楽しい人達だから、日向も少しずつ慣れてきたみたいね。
そして今日は7〜8人程度で夕食に行った。よく行く居酒屋で皆は飲み物を注文しようとしていた。
「日向? 何飲む?」
「亜里沙、一番弱めのお酒って何?」
「弱めのお酒ねぇ……飲みやすいのはカシスオレンジかしらね」
「じゃあ……それで」
日向ったらお酒に弱いのかしら? そんなに無理しなくてもいいのに。まぁこの雰囲気でウーロン茶とも言いづらいか。
「かんぱーい!!」
「ふぅービール最高!」
あたしみたいな1人暮らしをしている学生にとってはこういうサークルでする他愛のない話って、ただただ楽しいのよね。
サークルでの飲み会が盛り上がっていたが、実家暮らしの者達が帰って行く。
「日向? 日向もそろそろ帰らない? あたしも帰るからさ」
あたしが日向に話しかけたが、日向はぼーっとしている。カシスオレンジが半分も飲めていない。
「うそっ 日向? 本当にお酒が飲めなかったなんて。先輩! 日向を送っていかなきゃ……」
可愛いくて頬がピンク色でぼんやりしてて……女性なら襲われているところだわ。いや……男性でも……って何考えてんのよあたし……亜里沙も真っ赤になってしまった。そして駅まで日向を支えながら歩いて行く。
「ごめん……亜里沙……僕……お酒飲みたかったんだ……」と日向が言う。
「そうなの? だけど体質っていうのがあるんだから、無理しちゃ駄目よ。そんなにフラフラしていたら心配だわ。近くまで送るから」
「ありがとう……」
電車に乗って日向の家の最寄り駅に着く。
ふーんここが日向の住む場所ね。近くまで行けばご実家に挨拶できたりして……あたしがそう考えていると道端で日向の足が止まった。
「どうしたの? 日向?」
「僕……ここからは1人で帰れるから……」
「な……何言ってるのよ! 危ないわよ? こんな時間だし……」
「君だってこんなに遅くなったら危険だ」
「え……」
あたしのことを心配してくれてるの……?
あたしのことを……女性として……?
これまで見せたことのない日向の男らしさにドキドキしてしまうじゃないの。
「いやっ でも日向の方が……」
自分よりもずっと可愛いらしいから心配なんですけど……
そこに1人の男性が現れた。
「おい、ひな……?」
「怜さん……」
「お前、お酒飲んだのか? はぁー……無理するなって言ったのにな」
「僕……頑張って練習したくて……」
「そんなことしなくていいんだぞ、ひな」
あたしはその男性をじっと見ていた。この人が……日向のお父さんかしら?
「ああ、ひなを送ってくれてありがとな。君もこの時間だと危ないから、俺が駅まで送っていくよ。ちょっと待っててくれ」
その男性は自分のバー「ルパン」の2階に日向を連れて行った後、あたしを駅まで送ってくれた。
「あの……日向の家族の方ですか?」
「家族……ねぇ。まぁそんなところだ」
「今日はサークルのみんなと夕食に行ったんですけど、日向はカシスオレンジを半分も飲めなくて……」
「だろうな」
「あたし……日向のこともっと知りたくなっちゃった」
「そうか」
明らかにひなに想いを寄せているな……若いっていいよなと怜が思う。
「またひなと仲良くしてやってくれ、あいつにも話し相手が必要だからな」
「は、はい!」
怜がバーに戻って来た。日向は2階のベッドでぐっすり眠っている。
「お前はきっと……ここのバーでカクテルを飲みたかったんだろうな」
怜が日向の頬に手を当てる。
「可愛い寝顔しやがって……フフ」
翌朝。
「あ……! あれ? 僕……?」
昨日のことをほとんど覚えておらず、僕はキョロキョロと辺りを見渡す。
怜さんの……部屋。再び。僕は自分で帰れなかったのか……また怜さんに迷惑を……
「よぉ、ひな。起きたか」
「怜さん……ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ、俺とひなの仲じゃないか」
「怜さんと僕の……仲?」
軽く言ったつもりなのに、ひなは瞳を潤ませてじっと見てくる。可愛いな……昨日、亜里沙とかいう奴とも仲良くしてほしいと思っていたばかりなのに、俺はひなを独り占めしたくなる。
「いつでも来たらいいさ。俺はひなであれば大歓迎だからな」
「本当……?」
「本当さ」
「嬉しい……!」
ひなが愛らしい笑顔になった。俺は思わずひなをぎゅっと抱き寄せる。
「あ……悪い……つい……ひなが嬉しそうにしているのを見て……」
「ううん……僕も怜さんだったら嬉しい」