「この後2階に……来るか?」
何故このようなことを言ってしまったのかとも感じるが、それでも一緒にいてやりたいと俺は思った。
コクリ……ひなが頷いた。
俺は彼を2階の自分の部屋に連れて行き、
「ゆっくりしてて良いからな」と言って店に戻っていった。
怜さんの部屋。3回目。
僕はまずソファに座った。家のソファよりも古そうなのに、どうしてこんなにホッとできるのだろう。
最近大学でも課題が多かったし、サークルにも参加した。疲れたら休めばいいのに、あの家では十分休めないような気がするのだ。
母と義理の父、2人は本当の僕のことなんて、知らないのだろうな……素直に言うことさえ聞いていれば大丈夫。あの両親と菜穂の3人がうまくいっていたら、それでいいのだから。何も言われず何事もなく過ごせるのが一番だった。
でも今は……怜さんの店に行って怜さんに会うこと、怜さんと話すことが自分の生活の一部になっている。怜さんがいなかったら僕は……今頃ちゃんと生きていたのかわからない。そのぐらい怜さんの存在が僕の中で大きくなっている。
まだお店終わらないのかな。
そうか、片付けもあるだろうしきっとお客さんも遅くまで来るし……
アルバイトしたら毎日怜さんに会えるのかな。一緒にいることが叶うのかな。あ、一緒ににいてもアルバイトはきちんとしないといけないよね。僕にできるかな?
そんなことを考えていたらソファに横になっていた。
怜さんの匂いがする……心地良い。
怜さん、早く来て……
※※※
「ふぅーひな、お待たせ」
2階の部屋に入ったら、ひながソファですやすやと眠っていた。
「おいノンアルコールでも眠くなっちまうのかよ……フフ……」
俺は彼にブランケットをかけて側に座る。
……そんなつもりはなかったはずなのに、もう寝てしまうなんて寂しいぞ、ひな。というか、俺は何がしたかったのだろうか。まさか自分の部屋に連れ込んでしまうとは。
ここで眠るひなは安心し切っているように見える。バーで緊張しながら話す姿とは対照的で、こんなに優しい顔で気持ち良さそうに眠るとは。
彼の髪を撫でながら言った。
「俺も一緒にいたいさ、ひな……」
すると聞こえているのかひなの口角が上がった。嬉しいそうな顔して……
このまま本当に……ずっといてくれたらいいのにな。
小さい頃に俺の両親は他界し、親戚の家で育てられたものの、早めに家を出たからな。そこからは色々とあったけれど、結局俺は独り身のおじさんだ。客と広く浅い付き合いを続けているだけの、バーテンダーのおじさんといったところだ。
そんな俺でも、ひなの力になれるのなら、ひなが喜んでくれるなら……何だってできるのかもしれない。
※※※
翌朝。ひなが目を覚ました。
「あ、また寝てしまった……」
「おはよう、ひな」
「れ、怜さん……僕……ホッとしたらつい……」
「ゆっくり眠れたのなら良かったよ、こんなソファだがな」
「このソファだから、何だか心地良くて……」
そう言ってひなは俺の顔を見て、柔らかな笑顔を見せた。
「このソファもそうだし、この部屋だから、怜さんの部屋だから……嬉しくて。不思議だな、自分の部屋より安心するなんて」
「フフ……ひな、お前どんな部屋にいるんだよ。自分の部屋よりよく眠れるなんてな」
「僕、おかしいかな……?」
ひなの潤んだ瞳がこちらを見つめている。
「おかしいのは俺の方かもな」
「どうして?」
「ひな……」
「……」
「抱き締めていいか……?」
ひなの目に涙が溢れてくる。
「あ、すまない。俺もおかしくなっているな……ハハ」
そう言ってみたが、すごい勢いでひなから俺に抱きついてきた。必死にしがみついて震えている。
「怜さんがおかしいなら、僕だっておかしいよ。同じこと考えていたんだから……怜さんに言われるよりもずっと前から……僕は……僕は……」
「ひな……」
「ずっとこうしたかったんだから……怜さんのことが忘れられなくて……うぅっ」
優しくひなの背中を撫でて俺はゆっくりと話す。
「俺だって気づいたらお前のことばかり考えてたからな。不思議なことってあるんだな」
不思議なことの連続だった。
どうしてこんなにもひなのことが気になるのか。
保護者的な立場とは違う、本能的に彼に惹きつけられる。そして……いつしか彼が欲しいと思う自分がいた。
「ひな……もう一つ聞いていいか?」
「……」
「ひなの顔が見たいからさ……」
涙目のひなの愛らしい顔がこちらを向く。
「こうしてもいいか?」
ひなが答える間もなく、俺は唇を重ねた。
しばらくの間、ひなは拒むことなくそれを受け入れていた。ほんのり頬を染めて。
2人に……これまでにはない温かな気持ちが芽生える。