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第6話 おかしなこと……してもいい?

「この後2階に……来るか?」


 何故このようなことを言ってしまったのかとも感じるが、それでも一緒にいてやりたいと俺は思った。


 コクリ……ひなが頷いた。

 俺は彼を2階の自分の部屋に連れて行き、

「ゆっくりしてて良いからな」と言って店に戻っていった。



 怜さんの部屋。3回目。

 僕はまずソファに座った。家のソファよりも古そうなのに、どうしてこんなにホッとできるのだろう。

 最近大学でも課題が多かったし、サークルにも参加した。疲れたら休めばいいのに、あの家では十分休めないような気がするのだ。


 母と義理の父、2人は本当の僕のことなんて、知らないのだろうな……素直に言うことさえ聞いていれば大丈夫。あの両親と菜穂の3人がうまくいっていたら、それでいいのだから。何も言われず何事もなく過ごせるのが一番だった。


 でも今は……怜さんの店に行って怜さんに会うこと、怜さんと話すことが自分の生活の一部になっている。怜さんがいなかったら僕は……今頃ちゃんと生きていたのかわからない。そのぐらい怜さんの存在が僕の中で大きくなっている。


 まだお店終わらないのかな。

 そうか、片付けもあるだろうしきっとお客さんも遅くまで来るし……


 アルバイトしたら毎日怜さんに会えるのかな。一緒にいることが叶うのかな。あ、一緒ににいてもアルバイトはきちんとしないといけないよね。僕にできるかな?


 そんなことを考えていたらソファに横になっていた。

 怜さんの匂いがする……心地良い。


 怜さん、早く来て……



 ※※※



「ふぅーひな、お待たせ」

 2階の部屋に入ったら、ひながソファですやすやと眠っていた。

「おいノンアルコールでも眠くなっちまうのかよ……フフ……」

 俺は彼にブランケットをかけて側に座る。


……そんなつもりはなかったはずなのに、もう寝てしまうなんて寂しいぞ、ひな。というか、俺は何がしたかったのだろうか。まさか自分の部屋に連れ込んでしまうとは。

 ここで眠るひなは安心し切っているように見える。バーで緊張しながら話す姿とは対照的で、こんなに優しい顔で気持ち良さそうに眠るとは。


 彼の髪を撫でながら言った。

「俺も一緒にいたいさ、ひな……」

 すると聞こえているのかひなの口角が上がった。嬉しいそうな顔して……

 このまま本当に……ずっといてくれたらいいのにな。


 小さい頃に俺の両親は他界し、親戚の家で育てられたものの、早めに家を出たからな。そこからは色々とあったけれど、結局俺は独り身のおじさんだ。客と広く浅い付き合いを続けているだけの、バーテンダーのおじさんといったところだ。


 そんな俺でも、ひなの力になれるのなら、ひなが喜んでくれるなら……何だってできるのかもしれない。



 ※※※



 翌朝。ひなが目を覚ました。

「あ、また寝てしまった……」

「おはよう、ひな」

「れ、怜さん……僕……ホッとしたらつい……」

「ゆっくり眠れたのなら良かったよ、こんなソファだがな」

「このソファだから、何だか心地良くて……」

 そう言ってひなは俺の顔を見て、柔らかな笑顔を見せた。


「このソファもそうだし、この部屋だから、怜さんの部屋だから……嬉しくて。不思議だな、自分の部屋より安心するなんて」

「フフ……ひな、お前どんな部屋にいるんだよ。自分の部屋よりよく眠れるなんてな」

「僕、おかしいかな……?」

 ひなの潤んだ瞳がこちらを見つめている。


「おかしいのは俺の方かもな」

「どうして?」

「ひな……」

「……」

「抱き締めていいか……?」



 ひなの目に涙が溢れてくる。

「あ、すまない。俺もおかしくなっているな……ハハ」

 そう言ってみたが、すごい勢いでひなから俺に抱きついてきた。必死にしがみついて震えている。

「怜さんがおかしいなら、僕だっておかしいよ。同じこと考えていたんだから……怜さんに言われるよりもずっと前から……僕は……僕は……」


「ひな……」

「ずっとこうしたかったんだから……怜さんのことが忘れられなくて……うぅっ」

 優しくひなの背中を撫でて俺はゆっくりと話す。

「俺だって気づいたらお前のことばかり考えてたからな。不思議なことってあるんだな」


 不思議なことの連続だった。

 どうしてこんなにもひなのことが気になるのか。

 保護者的な立場とは違う、本能的に彼に惹きつけられる。そして……いつしか彼が欲しいと思う自分がいた。


「ひな……もう一つ聞いていいか?」

「……」

「ひなの顔が見たいからさ……」

 涙目のひなの愛らしい顔がこちらを向く。

「こうしてもいいか?」

 ひなが答える間もなく、俺は唇を重ねた。

 しばらくの間、ひなは拒むことなくそれを受け入れていた。ほんのり頬を染めて。


 2人に……これまでにはない温かな気持ちが芽生える。


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