「お兄ちゃんにはおじさんがいるんだ、いいなぁ」
菜穂が部屋で独り言を言っていた。
たまたま兄と出かけた時に会った、兄がかなり頼りにしていたという怜さんという人。
父親は会社の創業者一族。親戚のおじさんやおばさんもパーティみたいな所で会ったことはあるけれど、何か緊張する。その点、あのおじさんは見た目はちょっと怖いけど、優しくて兄が本当に信頼している人なんだなと思っていた。
そういえば今日はハロウィンのイベントがある。ホテルの一室で近所の子ども達、その母親とパーティをするらしい。
「行くの面倒……ああいうの低学年までだよ」
コンコン
母親の留美が入って来た。
「菜穂、今年はこのお衣装で行きましょう」
「え……ドレスなんて動きにくいからやだ」
「何言ってるのよ、なかなかここまでのドレスを着る機会なんてないんだから」
結局、留美に無理矢理連れて行かされ、ホテルに着いた先では母親同士が話に花を咲かせているだけ。写真をたくさん撮られ、同級生もおらずとにかく居づらい。
「お兄ちゃん何してるのかな……」
今月はハロウィンということで怜のバーにもお洒落なガーランドがついていたりと、少し飾り付けがされていた。「ハロウィンシーズンの限定カクテルあり」と聞いていた日向、亜里沙、景子は3人でバーに向かった。
「いらっしゃいませ、どうぞカウンターへ」
いつも通り案内され、店内の飾り付けを見て日向が
「わぁすごい、楽しそう!」と言っている。
ハロウィンは知ってはいるものの、日向はそれらしきイベントをしたことがなかったため飾り付けを見るだけでワクワクしていた。
「ひな、嬉しそうだな」と怜。
「こういうの初めてだから、楽しくて」
「ねぇ怜さん、ハロウィン限定カクテルって何?」と景子。
「こんな感じだな」と怜が写真付きのメニューを出す。
「すごい、ブラッドって血液? 本格的ね。黒で大人っぽいのもあるし」と亜里沙。
「ブラッドはクランベリーがベース。黒いのはブドウがベースだな」と怜。
「この白いお化けは何? 可愛い」と日向。白っぽい飲み物の上にふわふわのお化けが乗っている
「カルピスさ、ひなだったらこれがいいんじゃないか?」
「うん! これにする!」
ウェイターが言う。
「このカルピス、今年からなんですよ。これまではブラッドとブラック中心だったのですが、怜さんが考案されたのです」
「そうなんだ……」
もしかして、僕のために……? そんなことを考えながら日向は怜を見る。怜は日向を見て頷き、準備に入った。
カクテルを飲みながら景子が話す。
「美味しいわね、この目玉のクッキーも可愛いし。怜さんはこういうの作るんだ」
「少しデコレーションしただけさ、丸ければ大体目玉になる」
「私も最近ハロウィンって感じのことしていないから、いいわよねこういうの」
「ほんと、知らない間に終わっちゃうわよね……あたしはとりあえずお菓子買って終わるぐらいよ」と亜里沙も言う。
「ひな……どうだ? そのお化けのカルピスは」
「美味しい! 怜さんが作った綿菓子のお化け、食べるの勿体ないな、写真撮っとこ」
「フフ……」
お化けのカルピスに夢中になっている日向を見て怜は嬉しそうにしている。
「いいわね、日向くんのためにそれまでなかったメニューを作ってくれる怜さん」と景子が言う。
「そうね、愛されてるって感じ。はぁ羨ましい……ハロウィン終わったらクリスマスよ? イベント続きでこっちは寂しいわよ」と亜里沙。
「クリスマスも特別メニューがあるから、また是非」と怜。
クリスマスも絶対に日向のためのノンアルコールの可愛いメニューを揃えているに違いない、と亜里沙と景子は思うのだった。
亜里沙と景子が帰った後、いつも通り2階に行く2人。
「ひな、今日は菜穂ちゃんはどうしてるんだ?」
「ああ、確か母と出かけてたかな」
「こんなメールが来たのだが」
怜のスマホに「トリックオアトリート」とメッセージが来ていた。
「だから菜穂ちゃんにこれ、渡してくれるか?」
怜がお菓子の入った小さな袋を取り出す。
「ありがとう、菜穂きっと喜ぶよ」
嬉しそうな日向を見れば怜も嬉しくなる。今年は日向にお化けの特製カルピス、菜穂はお菓子を用意した怜。ハロウィンで誰かに何かしようだなんてこれまで思ったことがなかった。
「怜さんのおかげでハロウィンって楽しいものだってわかったよ」
「俺もだ」
怜がそっと日向の髪を撫でる。
「ひな、トリックオアトリート」
「ん? トリックオアトリート? あ……僕、怜さんに何も持ってきてないや」
日向がちらりと怜の方を見る。
「そうか……それなら、イタズラして構わないというわけか」
「ええ? 怜さん!」
パクっと食べられそうなキスをされ、日向が真っ赤になる。
「ちょ、ちょっと……怜さん……」
「ん?」
「トリックオアトリートって子どもが言うものじゃなかったっけ?」
「あ、確かにそうか。じゃあイタズラはなしということで」
「いや、やっぱり……」
「やっぱり?」
「イタズラしてください。怜さん……」
翌日、日向がこっそり菜穂の部屋へ行き、怜のお菓子を届けた。
「あのおじさんが? わぁーありがとう!」
「良かったね、菜穂」
「お兄ちゃん……何か疲れてる?」
「え? いや……大丈夫だよ」
「ふーん。あ、おじさんにメールしなきゃ!」
昨晩、怜にそこそこの「イタズラ」をされて菜穂にも分かるぐらい疲れているように見えるとは……思い出しただけで鼓動が速くなり、顔が真っ赤になってしまうのが自分でも分かるぐらいだ。
「次、いつ行こうかな……」
そう言いながら日向は自分の部屋に戻った。