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第17話 そういうところが好き

「今度創立記念パーティがある、そこに日向を連れて行く」

 耕造が留美に言った。

「えっ……もう連れて行くの?」

「来年大学3年次となれば就職活動が始まる。ちょうど今回パーティがあるから次期社長……はまだであるが、一部の人に紹介ぐらいはいいだろう。いずれうちに入社することになるのだから」


「そう……あの子に出来るかしら」

「私だって……出来るなら我が一族ではない日向なんかに継がせたくない。だが仕方のないことだ。社長が男性ということは暗黙の了解で決まっている。これまで築き上げてきたものがある以上、ああいうのは簡単には覆せない。もし伝統か革新かと言われたら……伝統に縛られる方がリスクは少ないものさ。そもそも株主や取引先のことも考えると、うちの会社の顔となるのは相当の体力と精神力がある男性でないと……難しいのだ。それに私は退任後も社長の父親という立場が欲しい」


「そうやって日向を操ろうとしているのね、正直……私もあの子のこと好きじゃないのよ。母親だから絶対に我が子を好きにならないといけないなんて考え方、私には出来なかった。あの子が生まれてから、あの子のせいで……夫は亡くなってしまった。あの子がいきなり高熱なんて出すから、あの人が慌てて帰ろうとしてあんな事故に巻き込まれるなんて……それからは毎日生きるのに精一杯だった。私だって自由が欲しかったのに…… あ……! ごめんなさい。この話はしない約束だったわね」


「……私の会社を隆史たかしには絶対に渡すものか」

 隆史とは、耕造の年の離れた弟であり役員の一人。あいつにだけは社長の座を譲らない……甥(隆史の息子)もいるので次期社長は隆史の方がいいのでは、という声もあがっている。

「隆史に見せつけてやる、うちの息子を」

「そうなると菜穂も連れて行った方がいいかしらね」

「そうだな、高学年であれば大丈夫だろう」



 夕方、耕造は日向に話をする。

「えっ……創立記念パーティ?」日向が驚いている。

「来年から就活だ。私の会社に入るにあたってお前にはこのタイミングで来てもらわなければな」

「……」

「私に恥をかかせるではないぞ」

 その冷たい目と威圧感に今にも押し潰されそうだ。

「……はい」



 気が重い。とうとうあの人の会社に関わることになるなんて。

 日向はどうすることもできない自分が情けなく感じた。でもどうあがいても、ここから抜け出すことはできない。助けて……と叫びたくなる。

 きっと来年、周りが就活を頑張らないといけない中で、自分はもう先の未来が確約されている。しかも一流と言われている企業。

 それが辛いだなんて誰にも言えない。


 誰にも? いや、怜さんなら……怜さんになら……

 例えこれから行く道が決まっていたとしても、怜さんに話だけでも聞いてもらえるのなら……

 そう思いながら日向は怜のバーに走って行った。



 ザーーーーーーーーーー

「相変わらずすごい雨だな」と怜が準備をしながら呟く。台風が近づいていることもあり、大雨が続いている。念のため浸水していないか確認しようと外に出た。雨音が傘から響いてくる。

 こんな日に誰も来ないだろうに……そう思いながら、ふと前を見るとびしょびしょに濡れた日向がふらつきながらこちらに向かってくるのが見えた。


「ひな……?」

 怜は日向の方に向かって行き、傘を差し出して身体を支える。

「怜さん……」



 ああ、6年前もこうして怜さんは傘をさしてくれたんだっけ……


 大雨の中、家を飛び出して怯えた表情の日向。


 その姿は追い込まれた少年のよう、まるであの6年前と同じようだ、ひな……



 店に入ってタオルでワシャワシャと髪を拭いてもらった日向。ここまで辿り着けて安心しているようだ。怜のタオルで拭いてもらうのが、6年前と同じように日向を心から癒す。

「怜さん……怜さん……!」

 日向が怜に抱きついて離れない。

「何かあったのか」

「うぅ……」

「おいで」

 怜がそう言って日向を2階に連れて行った。



「洪水警報……休業にするか」

 怜が従業員に連絡し、店を閉めた。

 2階で待つ日向。服を乾かしてもらっている間に怜のトレーナーを借りた。ぶかぶかで大きいサイズ、手も隠れている。

「怜さんの匂いがする……落ち着く……」

 初めて来た時からそうだったが……どうして怜の部屋はこんなに安心できるのだろうか。


 怜が2階に来た。

「警報も出たから店は休みだ。ひな」

「そうなの?」

「こんな雨の中よく来たな、6年前も……そうだったな」

「うん……あの時から僕の気持ちは変わらないから、怜さん……!」

 日向がぴょんと飛びついて怜にキスをする。


「お、おい、ひな。今日はやけに積極的だな。何か辛いことがあったんじゃないのか?」

「お願い……先に……こうさせて……もう僕……耐えられないよ……」

 日向が怜の唇から離れない。そのままソファで2人はじゃれ合うようにお互いを愛した。わけもわからないぐらい日向は必死であったが、怜は何も言わずに受け入れてくれた。



 そして、

「ひな、そんな大企業に……?」

 日向から創立記念パーティの話を聞いた怜はかなり驚いていた。母親の再婚相手がそこまでの人間だったとは。

「ひなはどうしたいんだ?」

「僕は……まだちゃんと決められていないけど、あの会社だけは……嫌だ。あそこに入ってしまえばもう逃げられない……でもあの人に嫌なんて言えない、怖い……」

「そうか……」


「ごめんなさい。怜さんに話しても状況は変わらないのに……」

「いや、俺には何でも話してくれていいんだから」

「……ありがとう」

「まだ分からないだろう? 形として、社長の息子としてそのパーティに行くだけだ。その後のことは……お前が納得できるような選択をするしかないかと」

「僕の納得できる選択……」

「これまで頑張ってきたじゃないか、その知識があれば……どこかに必ずあると思う。ひなに合う場所が」


 僕に合う場所って……どこなんだろう。


「これまであの人が怖くて、僕はあの人の言うことを素直に聞いてきてしまった……もっと反発すれば良かったのかも」

「お前なりにそうやって身を守ってきたんだ。菜穂ちゃんのことも考えていたんだろう?」

「うん……波風立てたくなくて。菜穂だって僕と自分の父親が喧嘩していたら不安になると思って……あの人と喧嘩する勇気は僕にはなかったけど」


「ひな……俺はひなのそういうところ、素直なところが好きなんだよ」

「えっ……怜さん……」

「だから自分を責めるんじゃないぞ、素直で優しくて、俺はひなといるといつも癒されるんだ。お前は俺にはない……良いところをたくさん持っているんだよ」


「れ……怜さん……僕……うぅ……」

「そうやって泣かれると……余計に手放したくなくなるな」

 怜が日向をグッと抱き寄せた。

「俺がついてるから。何があろうとお前には俺がいるんだ、だから……お前はお前らしく……そのままでいいんだよ」


「怜さん……僕だって……怜さんのそういうところが好きなんだよ……」

「フフ……どういうところだ?」

「……全部」

「全部か、そんなの初めて言われたな」

「怜さんがいるだけでいいんだ……」

 日向はそう言って目を潤ませて怜を見つめる。そんな顔をされると今日は帰したくない。


 怜が言う。

「今日は……いや、今日だけじゃなくて……ずっと帰したくないって思ってしまったじゃないか」

「僕も帰りたくないよ」

「まぁ……この大雨のおかげで時間はたっぷりあるな」

「じゃあしばらくは、こうしてられるね」

 日向が怜に抱きついている。雨の音も聞こえないぐらいゆっくりと2人の時間が流れていた。

 ずっとこのまま台風が止まっていればいいのに、とさえ思ってしまう。日向と怜は一晩中離れることなく、2人だけの心地よい時を過ごしていた。

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