「僕は彼を……振り向かせてみせるよ。父さんには負けないから」
そう言った翔の言葉が怜の頭の中で繰り返される。よりによって日向のことを好きになってしまうとは……日向は翔のことをどう思っているのだろうか。
「怜さん……おかえりなさい」
「起きていたのか、ひな」
「うん……」
少し不安そうに見える日向。
「おいで、ひな」
「怜さん……」
日向が怜の胸に飛び込んだ。
「ごめんなさい、僕……翔くんにあんなこと言われて、どうしたら良いのかわからなくて……」
「ひなが謝ることじゃないよ」
「でも、翔くんに見られると……ドキドキしちゃうんだ。僕おかしいよ……」
「ひな……」
あの見た目と雰囲気、そして優しい声をした翔だ。そこまで言われると日向ももしかしたら……そんなことを考えながら怜が言う。
「ひなは……どうしたい? 翔くんが気になるか?」
「え……僕は……」
「俺みたいなおじさんよりも、翔くんの方がいいのか?」
「怜さん……そんなこと言わないで……僕は……怜さんがいないと……」
「俺は、ひなが幸せになるなら……誰を選んでも構わないよ。俺のことは気にしなくていいんだから」
怜なりの優しさのつもりだった。日向も自分の息子も、2人とも笑顔でいてくれるのならそれでも良いかもしれない。
「怜さんは、それでいいんだ……」
日向が寂しそうに言う。自分のことを考えてくれるのはわかるものの、どこか見放されたような気がしてしまう。
「おやすみなさい」と日向が先に寝室へ行く。
※※※
翌日、大学にて
「おはよう、日向」
「日向……どうかした?」
「亜里沙……」
「日向は分かりやすいんだから、そんな顔していたら心配になるわよ」
「うん……」
「あら、本当に元気ないじゃないの……」
きっと怜と何かあったに違いない、そう思う亜里沙であった。
日向が話し出す。
「ねぇ亜里沙は……先輩とうまくいってる?」
先輩とは亜里沙が少し前に付き合い出した同じサークルの先輩であり、日向も知っている。
「うん、少しずつって感じかな」
「じゃあさ、もし別の人が亜里沙の前に現れて、『可愛いね』っていつも言ってくれたら、どう思う?」
亜里沙は冬休みに翔が日向に「可愛いね」と言っていたことを思い出した。それで悩んでいるのだろうか。
「もしかして、冬休みに来てくれた人のこと?」
「うん……翔くんっていうんだ。同じ2年で、あれからも怜さんのバーで会って……僕に対して何というか……距離が近いんだ」
日向はモテるな、と亜里沙が思いながら言う。
「それを見て怜さんは何か言ってくるの?」
「最初は嫉妬してたみたいなんだけど、昨日は……誰を選んでも構わないって言われて。僕が幸せなら」
「ふぅん。一見優しく見えるけどね」
「そう、僕のことを考えてくれたんだとは思うんだけど」
「うんうん、日向のことを考えてくれそう」
日向が今にも泣き出しそうな顔になっている。
「大丈夫? 日向」
「亜里沙……わかったよ。僕……寂しいんだ」
怜さんは自分はおじさんだからって前から言っていた。それでも僕は気にしていなかったけど……翔くんが現れてから、怜さんは何か思うところがあったのだろう。そして僕のことを考えてくれたからこそ、ああ言ってくれた。
だけど……僕の気持ちは……寂しい。怜さんは僕のこと……もうどうでもいいんじゃないかって思ってしまう。
亜里沙が言う。
「寂しいのね、日向……怜さんに正直に話しなよ。ちゃんと気持ちを相手に伝えないと、すれ違ったままで終わってしまうことだってあるんだから。日向の正直な想いを怜さんにぶつけなさいよ」
「亜里沙……そうだね、僕ちゃんと話してみる……」
「頑張って。そういえば……確かその翔くんて人、あの時彼女と一緒じゃなかった?」
「それが……あれからもうあの彼女は来ないんだ」
「そうなのね……じゃあ次バーに行く時、あたしと
「うん! 来てくれると安心だよ」
※※※
正直に寂しいと話すよう、亜里沙に言われたものの、なかなか日向と怜の2人でゆっくり話す時間も取れなかった。そして日向は先に寝ていることが多くなった。やっぱりうまく言えるかわからない、と不安の方が大きく感じる。
怜が帰ると今日も日向は先に寝ていた。
「ひなは……寝ているか」
やっぱりここまで年が離れていると付き合っていくのは難しいのだろうか。翔とも連絡を取っているようだし、2人は今どうしているのだろうか。
寝室に入り、すやすやと眠っている日向の髪を撫でながら怜が呟く。
「いつまでここにいてくれるんだろうな……ひな」
ずっとひなと一緒にいたいと思っていた。だが、息子の翔との方が……先のことまで考えると良いのかもしれない。一緒に年を重ねていけるパートナーとして。
「何故だか、寂しいな……」
怜も日向と同じような寂しい気持ちを感じていた。
そして大学で日向が言う。
「亜里沙、明日翔くんがバーに行くって」
「了解♪ 景子にも連絡するわ」
「一緒に行ってくれる……?」
「もちろんよ、あたしと景子がボディーガードになってあげるわ」
「……僕そんなに弱そう?」
「あ、ごめんなさい……」
「フフ……いいよ! 景子さんがいるなら何か安心だ」
あの鋭い景子なら、翔とうまく話して日向を守ってくれそうだ。
そして翌日、
「あのイケメンの翔くんを拝めるのねー♡」と景子のテンションが高い。
「景子、今日の目的は日向を翔くんから守ることなんだけど」と亜里沙。
「わかってるわよ! 私が翔くんの隣をキープしておけば問題ないでしょう?」
「まぁそうなるわね」
「あんなイケメン、レアよレア」
「またそんな言い方して……あ、日向はその……怜さんと話できたの?」
亜里沙が心配してくれている。
「まだ……できていなくて」
「そっか。いざとなるとなかなか難しいわよね」
「日向くん、翔くんは私が何とかしておくから、その間に怜さんと少しでも話せるなら……話しておいたら?」と景子。
「うん……ありがとう」
「いらっしゃいませ」
日向達がバーに到着すると、すでに翔と拓海がカウンターにいた。
「やぁひなくん、あれ? 今日はガールフレンドも一緒かい?」と翔。
「日向と同じ大学の亜里沙です、こっちは景子。あたしの高校時代からの友人よ」
「そうなんだね、僕は翔。こちらは親友の拓海さ」
「景子、そっち座って」と亜里沙が小声で言う。景子が翔の隣に座った。
「翔くん、私達もここのバー結構気に入ってて前から来てるんだけど、最近来るようになったの?」と景子。
「ああそうなんだ、冬休みに来た時にウェイターのひなくんが可愛いくてさ。それから彼も常連だとわかってからは、よく来るよ」
いきなり日向へのアピールか、と景子は驚いた。
「へぇ……日向くんが可愛いのは分かるけど、私達だって負けてないわよ?」
「ハハ……女の子は皆可愛いものさ。だけど男の子であそこまで可愛い子は……初めてだ」
「あら、そう……翔くんなら彼女も途切れないでしょう?」
「まぁ、そうだったけど今はひなくんしか見えていない。彼女とは年末に別れたからね」
あの景子が若干引いている……と亜里沙が思う。この翔という人は日向に本気である。堂々としているものだ。そして亜里沙が怜の方を見ると、やはり微妙そうな顔つきである。
日向が怜に話す。
「怜さん……僕のことを考えてくれているのは分かるけど、僕は……」
「ひな……」
「おっとひなくん……僕とも話して欲しいな」翔が立ち上がって日向に近づく。
「翔くん……僕は……」
「ん? 君と僕の仲だろう?」
「翔くん! ちょっと! 私とも話してよ」と景子が必死になっている。
「何やってんだよ……翔」と拓海が呟く。
「あの……翔くんは日向に本気なの?」と亜里沙が拓海に尋ねる。
「俺から見てもあんな翔は初めてなんだよ」
「ええ……じゃあ本当に……」
「ひなくん……さっきの話聞こえてた? もう一度言うよ? 今はひなくん、君しか見えていない……」
翔がそう言って日向の唇にキスをした。皆が見ている前で。