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第26話 君を待っているから

 怜が、そして皆が見ている前で日向にキスをした翔。そこだけ時が止まったかのようにシンとしている。

 日向は頬を染め、そのまま動けなくなっていた。


 こんなキスは初めてかもしれない。翔くんは何をやっても素敵に決まってしまう。どうして僕なんかと……


「お……おい翔! お前酔い過ぎだって」と拓海が翔のところに行く。

「拓海、僕は酔わないと言ってるだろう?」

「だけど、こんないきなり……日向くんも驚くだろう?」

「それはどうかな……?」と翔が日向を見る。日向は真っ赤になったまま翔を見つめている。


「だ……大丈夫? 日向……」と亜里沙。

「うん……」と日向が言って怜の方を見る。怜は驚いているようだったが、何も言わずにカクテルを作っている。

 お店だからだとは思うけど……怜さん、何も言ってくれないんだ……僕が……こんなことされても……何も……

でもどうしよう、それよりも僕は……



 翔くんとのキスが嫌じゃなかった。



 どうして……こんな気持ちになっちゃうの? 僕は一体どうしたんだろうか……怜さんのことが好きなのに……怜さんに「最近寂しい」って話したかったのに……こんなんじゃ僕……まるで……翔くんのことが……


「ひなくん、このあと僕の家に来るかい?」

 翔が日向に言う。日向が怜を見つめる。


 やっぱり何も言わない……いいんだ。怜さんはもう……僕のことは……

 僕のことを考えて「ひなは誰を選んでも構わない」と言ってくれた怜さん……寂しいと思ってしまったはずなのに……僕自身の今の気持ちは……


 日向は翔の方を見て頷いた。

「ごめんなさい怜さん。今だけは……翔くんと一緒にいさせてください」と怜に言う日向。そしてそう言われても、

「ひな……」としか言えない怜であった。


「フフ……ひなくん嬉しいよ。じゃあ行こうか」と翔が言って日向を連れて出て行った。

「ちょ、ちょっと怜さん! 日向くん連れて行かれちゃったじゃないの! どうして止めないのよ!」と景子。

「人の気持ちは変わりゆくものさ、ひながそう言うなら……仕方ない」と怜。

「怜さん、日向は寂しがってたんです。そうやって日向の考えを尊重するのは怜さんの優しさかもしれないけど……」と亜里沙。

「そうか……俺だって寂しいさ。だけどこれは……どうしようもないんだ」


 ひなも息子の翔も……幸せになれるのなら……俺にできることなど何もないのだから。



※※※



 翔の家に連れてこられた日向。

「すごい……けっこう広いね」

 一人暮らしにしてはそこそこの広さがある。


「母の元夫が資産家でね、財産分与で結構入ってきて」

「えっ翔くんは……両親が離婚したの?」

「まぁね、1回目に結婚した人とは僕が生まれてから割とすぐに別れたみたい。その後に再婚した人が……僕を育ててくれたかな。結局また離婚してるんだけど」


 日向は翔が自分と似ている、と感じた。日向も父親を小さい頃に亡くし、母親が再婚した。辛いことの方が多かったけれど、怜が自分を助けてくれた。


「僕もそうなんだ、母が再婚して妹も生まれた。だけど……あの家に居場所がなくて辛かった。翔くんは……辛いこととかなかったの?」

「ひなくん、君もそうだったのか……だからこんなに放っておけないのかな。君を見ていると、つい守りたくなってしまう」

「翔くん……」


「僕はそこまで苦労しなかったから。多少父親とぶつかることがあっても……どうにかやって来れた。だけどひなくんの気持ちも分かるな。家族ってさ……時々身勝手だよね」

「うん……それを助けてくれたのが……怜さんだったんだ」

「へぇ……そういうことか。その怜さんのことはどう思ってるの?」

 翔がさりげなく日向と怜のことを聞き出そうとしていた。


「どうって……」

「さっきその怜さんに謝ってたよね? 本当に良かったのかい? 僕の家に来てしまって」

「怜さんとは付き合ってるけど……最近は僕が幸せなら誰を選んでも構わないって言ってくれて。もう僕のことはいいのかな……」

「そうだね、君の幸せを願ってくれたんだよ。ということは、ひなくんが好きなようにすればいいんだ」


 翔の顔が近づいてくるが日向は動けなかった。

「さっきも嫌じゃなかっただろう?」と言いながら、翔は日向を抱き唇を重ねる。

「ん……」


 あったかい……どうしよう……このまま翔くんと一緒にいても……いいのかな……?

「恥ずかしそうにして可愛いな……おいで。ひなくん」



 翌朝。

「おはよう、ひなくん」

「うーん……怜さん……あと5分……」


 へぇ……父さんと過ごすひなくんはこんな感じなのか。「怜さん」ではなく「翔くん」と言ってほしいものだ。もう少し時間がかかるだろうか。


 今日は土曜日。大学もないためひなくんを家に連れて来るのは金曜日と決めていた。まさか、本当に来てくれるなんて……父さんもひなくんが大切なら、しっかり引き留めておくべきだろう。なのに何も言わないのだから……

 それだから母さんとも、うまくいかなかったのかな……


「あ……おはよう……翔くん」

 甘えたような顔で翔を見つめる日向。


 この状況はもう……ひなくんは僕を選んだということで良いのか? 

「ひなくん……眠れた?」

「うん……」

「さっき『怜さん』って言ってたでしょう? 嫉妬しちゃうな、僕は翔だよ……」

「あ……つい……」

「いいんだ、それでもひなくんは可愛い」


「えっ翔くん……んっ……」


 翔が日向にキスをする。何度も、何度も……

「やだ……恥ずかしい……」日向の目が潤んでくる。頬も紅く染まっていく。

「昨日の続き……したいな」

「ええっ……」

「ひなくん……ここに来たということは……僕を受け入れるということじゃないのかい?」

「それは……」


 翔くんのキスが激しくなってくる。

 どうしよう……やっぱり……翔くんからこんなことされても……嫌な感じがしないよ……


「うぅ……」その大きな目から涙が溢れてくる。

「ひなくん……?」

「僕は……どうして……どうしてこんなことしてるの……自分の気持ちが……わかんないよ……怜さんが……怜さんが好きなのに……僕は……怜さんが好きなのに……どうして翔くんのことも……気になっちゃうの……? やだよ……こんな自分……やだ……!」

「ひなくん……」

 ひなくんを泣かせてしまった。てっきり彼は自分のものになったと思っていた。


 だけど……ひなくんは迷っているんだ。


 翔が日向を抱きながら話す。

「ごめん、ひなくん……いきなりだったね。僕は君の気持ちを考えないまま、自分の想いを押し付けていたようだ」

「翔くん……僕だって……怜さんがいるのに……勝手について来ちゃった自分が悪いんだ。でも最初に会った時から翔くんのことは素敵だなって思ったんだ……僕は怜さんに嫌われても仕方がないことをしてしまった……」


「焦らなくていいさ。君は確かにうちに来たけれど、その時は僕のところに行きたいと思ったんだろう? 今の自分の気持ちを大切にしてほしいな。例えそれが誰かを傷つけることとなったとしても……ひなくんには僕がついている……ずっと君を待っているから」

「翔くん……どうしてそんなに……僕のことを……」


「初めてだったんだ……自分から誰かを好きになったのが……君を一目見て可愛いと思った。そこからは君以外の人なんて考えられなくなった。あえて言うなら……ひなくんの素直で放っておけないところが……好きなんだよ」


 素直で放っておけない人が好き。それは前に怜が日向に言った言葉と同じものであった。

「怜さんにも同じこと言われた……翔くんと怜さん……何だか似てる……」


 父さんも同じことを言っただと? 親子揃って好みのタイプが同じということか? だからこそ……ひなくんは迷っているのかもしれない。ひなくんが僕を気にするのは、もしかしたら……父さんに似ているからなのか?


 そうではなくて……父さんと似ているからじゃなくて……僕自身を見てほしい……ひなくんのこと……僕は諦めたくない……

「ひなくん……その怜さんのことがやっぱり好きなのかい?」


 日向は俯く。

「……怜さん、うぅ……怜さんに……会いたくなって来ちゃった……」

 また涙が溢れてくる日向である。


「わかったよ、ひなくん。だけど僕の気持ちは変わらない。さっき言った通りだ。ずっと……君を待っている」

 翔は日向のおでこに優しくキスをした。

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