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第29話 2階、そして真実

 怜のバーの2階の改装が終わった。バーの開店前に、早速日向は怜と一緒に見に行った。


「すごい……ここにもお客さんが入ってくれるんだ」

ギャラリーの絵を見ながら日向が言う。

「これ、全部怜さんの知り合いの方が描いたの?」

「そうだ」

 青空の広がる景色の絵もあれば、幾何学模様の絵もある。同一人物が描いたとは思えないぐらいの種類があった。


「僕……ここ気に入っちゃった。やっぱり2階って何だか落ち着くね」

「それは良かった」

「あ……でも2階に行ったら怜さん見れないや」

「そうだな……寂しいか?」

「うん」

「おい、また甘えん坊になってるじゃないか、フフ……」

「じゃあ時々2階に行きながら……時々下に降りて……」

「……ただの怪しい人じゃないか」

「ハハ……ほんとだ。あぁどうしよう……」


 怜が日向の耳元で囁く。

「寂しくなったら……その分、家で甘えさせてやるから」

日向の耳が紅く染まって行く。

「……じゃあ毎日寂しいです」

「おい……」

「じゃなくて……今、寂しいです」

「ひな……」


 そんな2人はオープン前の2階でこっそり口付けを交わした。あの頃2人で過ごした思い出が蘇る。ここに来るといつも怜の優しさでホッとしていたこと。そして日向の笑顔が怜を癒してくれたこと。大好きな気持ちで胸がいっぱいになって、お互いを愛したこと。



「いらっしゃいませ」

 2階にも客が入り、ギャラリーのセンスも良くてお洒落だとなかなか好評である。

「さすが怜さんね、想像以上の出来だわ」と景子。

「景子、まるでオーナーみたいな言い方ね」と亜里沙が言う。

「いち早く2階の存在に気づいたのはこの私よ? ここで日向くんと怜さんが……」

「また変な妄想してるんでしょう?」

「妄想は自由よ」

「景子ったら……」

 2人は2階席でホットカクテルを味わいながら話に花を咲かせていた。



 亜里沙と景子がバーの2階で話していると日向がやって来た。

「日向、お疲れ様。2階、いい感じね」と亜里沙。

「うん! あのギャラリーも好きなんだ。色々な絵があってね、季節ごとに変えるんだって」と嬉しそうな日向である。

「こだわってるわね……こんなにお洒落で素敵で、なおかつ怜さんがいるバーなんてないわよ?」と景子。

「ちょっと景子、怜さんがいるバーってここだけだから」と亜里沙。

「ハハハ……」と日向が笑顔になる。


「あれ? そういえば日向くん。今日は1階のカウンターに行かなくていいの?」と景子が尋ねる。

「うん、今日は2人が2階にいるって聞いて」

「家に帰ったら会えるもんね」と亜里沙。

「そう、寂しい分いっぱい甘えて……あっ……」


 また正直に喋ってしまって顔が赤くなる日向である。

「随分惚気るんだから、日向くん。そういう内容はね、もっと話してくれていいのよ?」と景子。

「あたしはもう十分よ……何だかこっちまで照れてきたじゃないの」と亜里沙。


「ここだったら……話しても怜さんに聞かれないから話せそうだけど……やっぱり秘密」と日向。

「あら、秘密って言われると余計気になるわ」

「景子、これ以上何を聞くのよ……」



 3人が話してしばらくした後に翔と拓海が店にやって来た。怜のいるカウンターへ案内される。

「翔……もう来ないと思っていたよ」と怜。

「父さん……僕……ひなくんに気持ちを伝えたよ。ずっと待ってるって」

「そうか」

「でも待ち切れなくなってしまった。あんなこと言っておきながら、自分でも気持ちのコントロールができない」


「俺も翔がこんなに本気になっているのは初めて見たので……何て励ませばいいのか」と拓海。

「そうなのか……」と怜。


 翔が話す。

「ひなくんは、きっと僕が父さんに似ているから気にかけてくれたのかもしれない。だけど……父さんじゃなくて……僕を見て欲しかった。今なら少し分かるよ。これまで付き合ってきた彼女達の気持ちが。自分の想いが届かないのって……こんなに辛いことなんだな」

 怜はそんな息子の姿を見て胸が痛んだが、それでも息子には……どうにか前に進んでほしいと思った。


「翔……俺はこのバーを経営するようになってから、全ての出会いに意味があると感じるようになった。些細なことかもしれないがな。お前はひなに出会って相手の気持ちを大切にしようと思ったわけだ。ひなのことを好きでいても構わないが……今のお前なら、もっと他に出来ることだってあるはずだ。学生時代は一度きりなんだ。悔いのないようにして欲しい。お前のやりたいことが出来るように……そう俺は願っている」


「父さん……僕……やっぱり父さんには……かなわないのかな……」

「年も経験も重ねているんだ、当然だろう。お前にはお前の良いところがある。拓海くん、君もそう思うだろう?」

「はい、俺は翔の良いところ……たくさん知ってるから」

「拓海……」


「俺は父親として……お前の相談に乗ることはいつでも出来るんだから」

「父さん……」



 ドサッ



 誰かが荷物を落とした音がした。

 怜の見た先には……1階に降りてきた日向がいた。


「ひな……まさか今の話を……?」

 翔が振り返る。日向が驚きを隠せないといった表情だ。


「怜さんは……翔くんの……お父さんなの……?」

「ひなくん! これは……」

 翔が説明しようとしたが、日向は走って店を出て行ってしまった。

「待って! ひなくん!」


 翔が日向を追いかける。

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