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第30話 親と子と恋人と

 ハァ……ハァ……


 日向にとっては驚愕の真実。怜が過去に誰かと恋愛していたことぐらいは理解していたが、まさか自分と同い年の息子がいるなんて。


 つまり、怜さんは女性とも関係を持ったということで……別に普通のことではないか。今、怜さんが好きなのは僕なのだから。

 でも……怜さんには家族がいた。僕には……その事実をすぐに受け入れられるほどの余裕があるわけじゃないんだよ……しかもあの翔くんが怜さんの息子だったなんて……


「ひなくん!」翔が追いかけて来た。

「翔くん……」

「ごめん、ひなくん。僕が悪いんだ……ん?」

 日向が震えている。今日は一段と冷え込む。見上げると雪が散らついていた。

「うぅっ……寒い……」と日向。

「うちに……来る?」


 2回目の翔の家。

 ソファでブランケットを上半身まで被せている日向である。顔だけちょこんと見えている姿が可愛い、と思いながら翔は温かいお茶を持って来てくれた。

「ひなくん、どうぞ。寒かったね」

「ありがとう……」

 日向はお茶を飲んでいたが警戒しているのか、翔のことをちらちらと見ている。


「フフ……そんなに見られると前の続きをしたくなる」と翔。

「ええっ?」

「ハハ……冗談さ、今日は何もしないから安心して」

「……」

「それとも……何かして欲しい?」

「いえ、結構です……」

「相変わらず可愛いなぁ、ひなくんは」


 日向が落ち着いたようだ。

「怜さんとは……いつまで一緒にいたの?」

 前に翔の母親が1度目に結婚をした後に別れた、という話は聞いていた。

「覚えていないんだ。僕の知っている父親は母が再婚した人だからね」

「そうだったんだ……」

「多分僕が生まれて割とすぐに離婚はしていたと思う。詳しくは知らないけどね」


「じゃあ、これまで怜さんとは会ってたの?」

「いや、どこにいるのか分からなかったよ。だけど最近母の知り合いから聞いてね、あのバーに父さんがいると。それで……やっぱり本当の父親が知りたくなって12月に行ったんだ」

「じゃあ、あの時までは怜さんに会ってなかったんだ……」

「そう。だから父さんも僕のことなんてすっかり忘れていると思ったけど、僕が声をかけたら名前は覚えててくれたよ。父さんも……20年音沙汰のなかった息子がいきなり現れて、驚いたんじゃないかな」


 日向が翔に尋ねる。

「じゃあどうして……今まで隠してたの?」

「僕は君を一目見てこれまでにない感情が湧いた。初めてだったんだ、今までの彼女とは違って自分から人を好きになった。どうしていいのか分からなかったから、とにかく君と距離を縮めたかった。だけど君を見れば見るほど……分かってしまったんだ。ひなくんが父さんに幸せそうに話すところ。そして父さんが君を見る目が優しくて……普通の距離感じゃないんだなって」


「そんなに……わかりやすいんだ、僕」

「フフ……僕への話し方と全然違うからね。あとは父さんに『先に帰ってる』なんて言うから……同棲してるのかな、とか」

「翔くんは、怜さんのこと気になってたんだね。お父さん……だもんね」

「まさか父さんも君が好きだったなんて……親子なのかな」

「……いいな、お父さんと親しく呼べる人がいて」


「ひなくん……?」

「僕の父親は早くに亡くなったから……いいな。怜さんみたいな父親がいるなんて」

「どうかな、僕は……父さんとは呼んでいるが、過ごした時間が圧倒的に長いのは、もう1人の父だ。血の繋がりはなくともあの人が父親だと思っている」


 血の繋がりがなくても父親だと思えるなんて、日向は義父から受けた仕打ちを思い出してしまう。


「そんなことも……あるんだ。いいなぁ……僕も……父親って思える人、欲しかったな」

「ひなくん……君は苦労したんだね」

「でも怜さんがいたから。怜さんのおかげなんだ。怜さんはもしかして……僕のこと息子みたいに思ってたのかな」


「それは違うと思うよ、何となくだけど」

「本当?」


「僕は最初は血の繋がりのある父さんに出会えて嬉しかった。でもそれよりも……ひなくんとの関係が信じられなかったかな。よりによって僕が好きになったひなくんの相手だなんて。だから、父さんと勝負してやるって思った。僕にとってあの父さんは親というより、恋のライバルのようなものさ。僕達の関係をひなくんに言わずに、どちらがひなくんに合うのかが知りたかった。だけど、ひなくんは……僕が怜さんに似ていると言ってたよね。僕の家に来たのも……父さんと似ているから?」


「それは違う。初めて会った翔くんはキラキラしていて、うわぁかっこいいなって思ってたんだよ。翔くんの声も優しくて癒された。けど、あまりにも僕に迫って来るから……ちょっとびっくりしちゃった。だから怜さんの息子であっても、翔くんは……翔くんだから」

「ひなくん……そう言われるとますます君が欲しくなってしまうじゃないか」


 翔が日向を強く抱き寄せた。

「やっぱり……君を離したくない……」

「翔くん……」

「ハハ……駄目だな。なかなか諦められないな」

 日向がぼんやりしている。

「ひなくんもこんなに顔を赤くして……あれ? ちょっと……熱あるんじゃ……」


 日向はソファで倒れてしまった。



※※※



「分かった……ひなのこと頼むよ」

 怜が翔から連絡を受けた。

 日向が店から出て行って、翔が追いかける姿を見ていた亜里沙と景子はカウンター席に来ていた。


「ひなが熱を出したらしい、翔の家に泊まるようだ。ここのところ寒かったからな」

「そうなのね、心配だわ……」と亜里沙。

「怜さんはもういいんですか? 翔くんのところに日向くんがいても」と景子。

「今のあいつなら……信頼できるからな」


 拓海も言う。

「ああ見えて翔は優しいところもあるんだぞ」

「素敵ね……顔良し性格良しって……悪い所見当たらないじゃない。さらに怜さんの息子ってどれだけすごいのよ」と景子。

「景子は怜さん推しだから」と亜里沙が拓海に説明する。

「わかる……翔も怜さんもいいよな。俺、いつも言ってるけど……羨ましいや」

「拓海くんもいい所あるわよ、翔くんの暴走を止めてくれそうだもの」と景子。

「景子……さっきまであれだけ褒めておいて暴走って言い方は……」と亜里沙。


「ハハハ……あいつが自分の気持ちに気づいたんだ、どうなるかわからないけど俺は……翔とはずっと付き合っていきたいな」

「男の友情、熱いわね!」と景子。



 翌朝、翔の買って来た薬を飲んで熱が下がった日向。

「翔くん、ありがとう。もう大丈夫だよ」

「そうかい? もっとゆっくりしていってもいいんだよ? 何なら……ずっといてくれても」

「え、いや帰ります」

「キッパリ断っても可愛いね」

「もう……」


「父さんによろしく」

「うん、じゃあね、ありがとう」


 ひなくんが帰った。例え本当のことを言っても、きっとひなくんは父さんを選ぶんだろうなとは思っていたが……こうして帰っていくのを見ると……


「寂しくなるな……ひなくん」

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