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第31話 もっと知りたい

 怜のいるマンションに帰ってきた日向。

「おかえり、ひな……」と怜に迎えられる。

「ただいま、怜さん……」


 シーン


 ソファに座った日向。怜は台所にいる。2人の間にまた前のような沈黙が続く。


 また翔くんの家に泊まっちゃったけど……というかその前に、怜さんの息子さんだから、怜さんにしてみれば息子の家に友人が世話になった感じなのかな……


 まだ本調子でもない中、怜や翔のことも考え過ぎて頭の中がぐるぐるする。混乱しているように見えたのか、怜が、

「大丈夫か? ひな」と言いながら生姜湯を持って来てくれた。


「ありがとう……怜さん。あったかい……」

 怜が日向のおでこに手を当てる。逆に熱が上がりそうだ。

「下がったとはいえまだ微熱があるようだな、今日は休んだ方が良さそうだ。寒いしな」

「うん……」


 結局その日は日向はベッドで横になっていた。昼には怜がお粥を持って来てくれた。

「怜さん……僕……食欲はあるんだけど……」

「それなら良かった」

「まだしんどくて……1人じゃ食べられないかも」

「え?」


 スプーンで食べさせて欲しそうな顔をしている日向。

「フフ……仕方ないな。はい、どうぞ」

「美味しい……」



 それから数日経ち、日向は回復した。

 怜に甘えるだけ甘えてしまったが……まだあのことが聞けていない。怜と翔が親子だったことだ。

 今日は休日なので話ができるかもしれないけど……何から聞けば良いのだろうか?

 自分自身もまだ心の中が整理できていない。

 それでも気になっていたことを怜に聞いてみた。


「怜さん……あの……この前のこと……聞いてもいい?」

「この前って……翔のことか?」

「……」

「ひな、隠すつもりはなかったのだが……ずっと言えなくてすまなかったな」

「ううん、翔くんからも少し聞いたから……怜さんには家族がいたんだね」

「まぁな……ほんの少しだけだ」

「僕のこと好きになったのは……息子の翔くんのことを考えてたから?」

「え……」

「僕を……息子みたいに思ってたの……?」


 ひなを息子みたいに思ってた……? ひなの辛そうな表情。翔は日向と同い年だ。だから不安でいっぱいだったんだな……しかし俺は、そんなことを考えたことなんてない。


「ひな、それは違う。お前が何かから逃れるようにうちに来たのを見て、本能的に心が動いたんだ。あとはお前の笑った顔を見ると……すごく安らぐんだよ。そして……無性にお前が欲しくなることだってある」

「本当……?」

「本当さ、今だってもう……」


 そう言って怜は日向のおでこにキスをした。

「れ……怜さん……」

「お前が風邪の間ずっと待っていたからな……もうこれ以上待てない」

 怜がさらに日向に近づく。日向は心臓が飛び出そうである。


 いつだって怜さんは、こうやって僕をドキドキさせてしまうのだ。


「僕は怜さんのこと……好きでいていいの?」

「じゃないと困る。俺もひなのことを保護者的な意味ではなくて……本気で好きなのだから」

「あっ……怜さん……」


 一気に日向を抱き抱える怜。そのまま日向の唇を塞いでしまった。日向の涙が頬を伝っている。


 家庭のあった人とこうなることが許されないことだと、僕は勝手に思っていたようだ。翔くんが言った通り、怜さんは僕のことを息子のように思っていたわけじゃない。だってこんなにも愛してくれている……



 そして……

 ソファで怜の肩に頭を乗せている日向。

「怜さんのこと……もっと知りたい……翔くんが生まれて割とすぐに奥さんと別れたって聞いたけど……」

「そうだな……ひなになら、話せそうだ」


 俺は小さい頃に両親を事故で亡くし親戚の家で育てられた。周囲に「可哀想」と言われながら。だから……高校ぐらいだっただろうか、親戚の家を出て一人暮らしを始めた。結局一人の方が気楽だった。物心ついた時から一人だったのだから。


 専門学校に通った後は飲食店に勤務した。そこで出会ったのが奈津江なつえだった。5歳年上の彼女は俺が抱えていた孤独を理解してくれた……ように見えた。


 あの日、飲食店の勤務が終わってから奈津江が外で待っててくれた。

「怜くん……こっち……来て」

 そのまま奈津江の家に連れて行かれ、俺はそこで……何も分からないまま、ただ奈津江に言われるがままだった。


「怜くん、あなたは一人じゃないわ……」

 妖艶な雰囲気の彼女に流されてそのまま一晩過ごした。


 その後、奈津江の妊娠が分かり俺達は結婚した。翔が生まれて俺は幸福感でいっぱいだった。しかし……

 時間が不規則な飲食店勤務である。奈津江と徐々にすれ違いが生じる。そして奈津江は気づいたようだ。俺が彼女を……女性として愛することができないことに。

 あの一度きりだった。それ以降、というかもともと俺から彼女を誘うことはなかったのだ。


 翔がいてくれたらそれでいいと思っていたが、あの奈津江だ。すぐに他に男を作って翔と出て行ってしまった。離婚届を置いて。


 こうして俺はまた一人になった。


 飲食店である程度経験を積んだら自分の店を出さないかと提案された。俺は……一人でも来れて気楽に過ごせるバーを作りたいと考えた。俺自身は孤独には慣れているが中にはそうじゃない人もいるだろう。そういった客の話し相手になることで、客も、そして自分も……少しの間だけでも気持ちが軽くなれば……そう思いながらここまで来た。


 女性客から何も言われなかったわけではない。誘われたこともあるが……俺は女性を女性として見ることができなかった。奈津江のせいではない。俺はもともとこういう人間だったのかもしれない。


 もう誰も好きになることなんてないと思っていたら……あの大雨の日にひな、お前を見つけた。こんな辛そうな子を放っておけない……そう思った。


 そして、6年後にひなと再会してから、ひなの笑った顔を見ると、それまでの孤独な気持ちが徐々におさまっていくのを感じた。そのぐらいお前の笑顔は俺の心を満たしてくれたんだ。お前は俺に救われたと言っていたが、俺だってお前にたくさん助けてもらったんだよ……

 素直で、放っておけなくて……俺を癒してくれるたった一人の大切な人なんだ、ひなは。


 だから……この俺の気持ちを信じてくれるか? ひな……



※※※



 怜から一通りの話を聞いた日向。


 やっぱり僕の涙腺はおかしなことになっている。こういうのは何度目だろう、涙が止まらない。

「ひな……悪い。お前を泣かせるつもりはなかったのだが……」

「怜さんも……大変だったんだね……」


 日向が怜に抱きついている。今度は僕が怜さんのことを……守るんだと思いながら。

「ひなに心配かけたくなかったのだが……」

「ううん、僕は大丈夫だよ……怜さんのことは何でも知りたいって思ってたから、話してくれて嬉しい。僕みたいなのが怜さんの役に立てた……っていうのか分からないけど、怜さんに必要とされているのがわかって……すごくホッとした」


「言っただろう? お前が側にいないと困るって」

「僕だって怜さんがいないと困る」

「……」

「……」

「ひな……好きだ」

「怜さん……好き」

「もう一度、ひなを抱きたい」

「もう一度、怜さんと一緒になりたい」


 そこから先は何がどうなったのかは覚えていないが……


 気づいたら夕方になっており、怜がバーに遅刻しそうになって焦っていた。

「怜さん珍しいね。こんなに時間余裕ないなんて」と日向が笑う。

「……お前のせいだからな? お前が可愛い過ぎるから時間を忘れてしまったではないか」

「後で僕が迎えに行こうか?」

「疲れているだろう、そんな身体で無理して来なくて大丈夫だ……それよりもここでひなが待っててくれると考える方が……仕事も捗る」


 日向はそう言われてまた顔が熱くなってきた。

「ゆっくり休んでるんだ」

「うん。いってらっしゃい、怜さん」

 ベッドにいる日向にキスをして怜がバーへ向かった。


 これは、行ってらっしゃいのキス?

 新婚さんみたい……

 2人はそう思って、恥ずかしさのあまり顔を覆ってしまった。


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