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第32話 大切な人

 あれから翔や拓海も怜のバーの常連となった。

「やぁひなくん、今日も可愛いね」と翔。

「アハハ……」としか言えない日向である。

「翔、お前……懲りないな」と拓海にも言われる。

「僕はひなくんと父さんの幸せを願っているさ。だが……まだチャンスはあるだろう? ひなくん」

「どこから湧くんだ、そのポジティブ」と拓海。


 2階で作業をしていた景子と亜里沙が降りてきてカウンターに来た。

「怜さんありがとうございます、私のイラストもギャラリーに飾っていただけるなんて」と景子。

「景子さん、イラスト描くの? すごいや」と日向。

「まぁ……ちょっとしたものだけどね」

「アニメの推しのイラストだっけ?」

「ちょっと亜里沙! 秘密って言ったじゃない」

「秘密にしていても見に行ったらわかるじゃないの」

「へぇ……後で見にいこうかな」と翔。

「翔くん! ありがとう♡」と明らかに声が変わる景子である。



 日向は怜と翔を交互に見ていた。目元は違うけど鼻から下あたりはよく見ると似ているような気がする……2人とも背が高いし。

「ふーん……」と日向が言う。

「何見てるの?」と亜里沙に聞かれる。

「怜さんと翔くん……よーく見たら似ているのかなぁって」

「そうね、言われてみれば……」

「2人とも格好いいオーラは纏ってるわね」と景子。

「あと口元が似てる。それに……唇の感触も」

 日向がそう言った途端、全員が吹き出しそうになった。怜と翔は顔を見合わせている。


「ひな……恥ずかしいからそのぐらいにしとけ」と怜に言われる。

「ひなくん、僕にはわからないからもう一度……確かめてほしいな……」と翔が近づく。

「え、結構です」

「あっさり振られてるし……ハハ」と拓海。



 客が帰っていく。最後に怜と日向が残った。2人で2階にある景子のイラストを見に行った。

「景子さん、上手だね。このキャラクター格好いい……怜さんみたい」と日向。

「ああ、何かのアニメのキャラに俺が似ているからって描いてくれたんだ」

「そうなんだ……」


 ギャラリーの側のソファに座る日向と怜。

 思えばこの2階から2人の関係は始まったんだなと感じる。

「僕……すぐ眠くなってたよね」

「そうだな、先に寝てるとちょっとガッカリしたかも」

「フフ……怜さん……」


 日向が怜と腕を組んでぴったりと密着している。

「僕はここに来るのが楽しみだったな。あの頃、唯一怜さんと2人っきりになれる場所だったから」

「そうだな、俺もここでひなと過ごした時間は忘れられないな」

「怜さん……」

「ん?」

「眠い……」

「おい、2階は寝る場所じゃないんだから。帰るぞ、ひな」



 そして自宅マンションにて。

 日向がお風呂上がりの前髪を下ろした怜を見つめている。

「前髪下ろしたらちょっとだけ翔くんに似てるかも」

「そうか?」

「あ、あとさぁ……」

 日向が頬を紅く染めながら言う。


「怜さんの唇の感触の方が好きだから」

「え? ひな……」

 怜が明らかに照れを見せている。日向のこういうところが……可愛いくてたまらない。

「俺と翔の口元が似てるんじゃなかったのか?」

「ええと……もう一度確かめたいから……ね? 怜さん……」

 すぐに怜が唇を押し付けながら日向を抱く。


「んっ……れ……怜さん……」

 日向がびくんと動く。

「あ……悪い。つい……驚かせてしまったな」

「ううん違う……今のすごく良かった……もう一回……して」

 その日は怜から貪るようなキスをされ、日向は思った。やっぱり怜の唇は特別だと。



※※※



 週末、日向の妹の菜穂なほが遊びに来てくれた。

「いらっしゃい菜穂ちゃん、リクエストの特製ハンバーグだ」

「わーい! ありがとうおじさん!」

 ハンバーグが好きな菜穂は喜んで食べ始める。

「怜さんのハンバーグ、美味しいね」と日向も言う。


「菜穂ちゃん、学校は楽しいか?」

「もうおじさんたら、あたしはそんなに子供じゃないんだから、まぁ楽しいけど」

「フフ……そうか」


 菜穂のスマホから音が鳴った。さっとスマホを取り出してチャットを開く。

「ひな……時代だな……小学生がスマホ持ってるだけで一人前に見えるな」とこっそり怜が日向に言う。

「ハハ……そうだね。僕もだいぶ後だったから」

「菜穂ちゃん、チャットもするんだな。お友達か?」と怜。


「ううん、彼氏」

「……!」

 日向も怜も声が出ていない。

「菜穂……彼氏いるの?」と日向が聞く。

「うん、写真見せてあげようか?」

 自撮りをしたような小学生男女の写真であった。

「菜穂ちゃん……なかなかやるな。優しそうな子じゃないか」と怜。

「まぁね。誕生日プレゼント、200円のキーホルダーで喜ぶから」


 日向と怜は微笑ましく感じる。

「ひな、最近の女の子はませているのか?」

「うーん……ませているんだろうね。人それぞれな気はするけど……」

「あ! お兄ちゃん、おじさん……このことパパとママには言わないでよ!」

「ああ、言わないから安心して」と日向。


「一緒に出かけたりするのか?」と怜。

「大体ダブルデートかな、4人の方が楽しいし、親にもバレないから」


 ダブルデート……小学生からみんな彼氏彼女がいるのか……しかもバレないようにか。


 明らかに驚いた顔の怜を見て、日向が笑っている。

「怜さん、そんなにびっくりするなんて……ハハハ」

「おいひな、笑いすぎだ」


 そして菜穂が尋ねる。

「お兄ちゃんは彼女いないの?」

「ええっ……」

「ひな、お前も驚きすぎだ」と怜。

「だ、だって……」


 菜穂に怜とのことを話すのはまだ早い。

「えーっとねぇ……彼女はいないよ」と日向が答える。

 怜さんは彼女じゃなくて……彼氏で合ってるよね? と思いながら怜の方を見る。


「そうなんだぁ……お兄ちゃん格好いいし、優しいから人気ありそうなのに」

「そうかなぁ……」


 前は亜里沙に、今は翔に好かれているからなと怜が思った。そして俺が一番ひなのことは……


「おじさん、どうかした? あ、お兄ちゃんの彼女のこと知ってるの?」

 鋭い菜穂である。

「いや……菜穂。彼女はいないって」と日向。

「なーんだ……おじさんなら知ってそうだったのに」

 目の前にいる俺なんだよ……菜穂ちゃん……と考えながら、怜は笑って誤魔化していた。



 菜穂が帰って行った。

「小学生、しっかりしてるな……」と怜。

「怜さん、いつか僕達のことを菜穂にも話せる時が来るかな?」

「そうだな、もう少ししてからの方がいいとは思うが」

「怜さんはさぁ、どう答えているの? 『彼女いますか』って言われたら」

「最近聞かれないな……まぁひなと同じように言うかな、嘘ではないから」


「そうだよね……だけどそう言ったら怜さんに近づいてくる女の人が出てきちゃうかも」

「ひなだってそうだぞ?」


……お互い同じことを考えて少し不安になっていた。しかし、

「ひな、もしそうなったら正直に言うさ。彼氏……いやそれ以上の大切な人がいるってな」

「怜さん……じゃあ僕もそう言う!」

日向が笑顔になった。


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