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第33話 親友、それとも……

「いらっしゃいませ」


 亜里沙が1人でカウンターに向かった。

「おや、今日は1人か?」と怜。

「たまにはお一人様っていうのもいいかと思って」

 いつも景子か彼氏と来る亜里沙であるが、今日は何となく1人で来てみた。亜里沙の彼氏は同じサークルの先輩である。


「いらっしゃいませ」

 そしてもう1人、拓海がカウンターに向かった。

「あら、拓海くん?」

「お、亜里沙ちゃん」

「今日は1人なの?」

「たまにはお一人様っていうのもいいかと思って」

 怜がフフッと笑う。お一人様が2人来たのか。


 翔や景子がいないと静かである。

「一人でぼーっとする時間もいいな」と拓海。

「そうね」

「……あの、怜さん……ちょっと聞いてもいいですか?」と拓海が様子を伺うように言う。

「どうぞ」と怜。

「怜さんは……その……男同士の恋愛に迷いはなかったのですか?」

 まぁまぁデリケートな質問をしてくるなと思う怜であるが、拓海が真剣なので何か言うしかない。


「迷いが全くなかったと言えば嘘になる」

「そうなんだ……」

「俺はこういう人間だと前に気づいていたからな、恋愛に関してはほぼ諦めていたんだが……いつ何が起こるか分からないからな」

「へぇ……」

「どちらかというとひなのことが心配だったかな。俺なんかでいいのかって」

「ほぅ……」

「拓海くんは、翔のことが気になるのか?」


 さっきまで「へぇ……」ぐらいしか言ってなかった拓海が喋り出す。

「俺は翔とずっと一緒にいて、一番の理解者だとあいつにも言われた。親友だと思っていたけど俺以外の男の人……日向くんにあからさまに好意を見せられると何というか……ちょっと複雑だな。女の子だったら何とも思わなかったのに。まだ同性愛? への理解が追いついていないのかも」

「そうか」


「拓海くん、あたしも前はそうだったわ。だけどちょっと調べてみてね、LGBTQプラスっていうのがあって、中身を読んでいくうちに、こういう人もいるんだなー……ぐらいには思えたかな」と亜里沙が話す。


「え? 今はQとかプラスとかいうのもあるのか?」と驚く拓海。

「まぁ、全部覚えなくとも色々な考えの人がいるぐらいに思っておけばいいかと」と怜。

「そうなんだ……」


 拓海が翔のことを思い出す。

「そう思うと翔は切り替えが早いよな、日向くんと会ってからすぐに彼女と別れていたんだ」

「それはLGBTのBかしらね。男性も女性もっていう感じ」

「亜里沙ちゃん、ちゃんと調べているな……ただ翔はもう女性とは付き合わないみたいで。相変わらずモテるけどその気にならないらしい。前からその気もないのに女性と付き合っていたけど……やっと最近気づいたって」


「そうなのね、自分でもわからないっていう人もいるみたいよ。その人の考えを理解することが大事じゃないかしら」

「確かに……俺はどうしたいんだろう」

 翔が日向に好意を向けるようになってから、拓海はどことなく心が苦しくなっていることに気づいた。これは同性愛に対するモヤモヤなのか、それとも翔に対する自分の気持ちなのか……


「あぁーーわからなくなってきた! 怜さん、同じやつもう一杯ください」

「かしこまりました……随分よく考えているんだな」

「俺は翔のことになると……どうしてこんなに……」

「焦らなくていいさ。そのうち分かるようになる」と怜。


「そうよ、それだけ気にかけてくれる拓海くんがいて翔くんも嬉しいと思うわ」と亜里沙。

「ありがとう、何だかみんながこの店に来る理由がわかった気がするな」

「怜さんが話を聞いてくれるからね♪」



「いらっしゃいませ」という声とともに日向と翔が現れた。

「まさかひなくんと帰り道で会えるとは思ってなかったよ……僕達、そういう運命なのかな」

「ちょっともう……やめてよ翔くん……」

 怜は「ハハ……」と苦笑いするしかなかった。


「拓海くん、翔くんが離れてくれないから何とかして」と日向が言う。

「え? お、おい翔……日向くんが困ってるぞ」

「おっと拓海、珍しいね。僕より先に来るなんて。君も日向くんを待ってたのかい?」

「何でそうなるんだよ、違うって」


「拓海くんもあたしも『お一人様』で来てみたら偶然会ったのよ」と亜里沙。

「僕こっちに座るから」と亜里沙の方に行こうとする日向だが、

「ひなくん……逃がさないよ?」と翔に追いかけられる。

「うぅ……怜さーん」と日向。

「適当に相手してやれ、後でご褒美あげるから」と怜。

「えっ! 怜さん、翔くんと座れば毎回ご褒美くれるの?」

 まるで尻尾を振っている犬のようだ(そして可愛い)と怜が思う。

「ひなくん……話が変わってきているじゃないか……」と翔が言った。



「父さん、僕からひなくんにカクテルを」と翔が言う。『あちらのお客様から』というのをやりたいらしい。

「翔、すぐ隣に日向くんいるし普通に聞こえているし」と拓海に言われる。

「拓海……こういうのはムードが大切なのさ」

「あれだけ日向くん追いかけておいて今更ムードって……」


「じゃあ、ひなには俺からご褒美のノンアルコールカクテルを」と怜。

「おい父さん……いいところを持っていかないでくれよ」

「やったー怜さんのご褒美だー」と日向が喜ぶ。

 それを見た亜里沙がクスクスと笑っている。

「亜里沙、どうかした?」と日向に聞かれる。

「本当に見てて飽きないわね、お一人様でもいいけどやっぱり誰かいた方が楽しいかも。拓海くんもそうでしょう? 翔くんが来た時の方が楽しそう」


「え……そうか?」

「おっと拓海……そう感じてくれているのかい? フフ……嬉しいなぁ」

 翔がとびきりの笑顔を見せた。拓海はそれを見て何を思ったのか、少し顔が赤くなっていた。


 何だろう……この気持ち。男同士なのに……やっぱり翔が隣にいると落ち着くんだよな。


 そんな拓海の様子を見ていた怜は、

「拓海くん、これからも翔のこと頼んだよ」と言う。

「えっ……な、何をですか?」と拓海。

「何をって……親友だろう? それとも違ったか?」と怜がニヤリとした表情になる。

「あ……よ、よろしくお願いします……」と恥ずかしそうに拓海が言う。



「いらっしゃいませ」

 一人の女性が店に入る。カウンターが満席のためカウンターから離れたテーブル席にこっそり座った。

 年齢不詳で妖艶な雰囲気。ウェイターもどこか緊張している。

 そしてホットワインを口に含んでゆっくりと味わい、カウンターの方を眺めている。


「……怜くん……見つけた」



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