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第41話 前に進むこと、そして告白のようなもの

 春休みに入り日向は怜のバーでアルバイトをしている。

「ひなくん、いつもの」と翔が言う。

「いつもの……かしこまりました! 怜さん、いつもの」

「おい、翔……いつものって何なんだ」

「ひなくんなら分かってくれるかと思ったんだが……」


「あのカクテルだろう? オレンジ色の」と拓海が言う。

「……そうだよ拓海。さすがだな」と翔が嬉しそうに拓海を見つめる。

「まぁ……大体お前の頼むものぐらい分かるよ」

「翔、そのカクテルは毎回頼んではいないようだが」と怜に言われる。

「そうだった? まぁ今日はそういう気分なんだよ、父さん」


「拓海くんすごいね」と日向が言う。

「よく見てるんだな」と怜。

「え……まぁ……」拓海は少し恥ずかしそうに俯く。

 翔が注文するカクテルは、その日の気分で選んでそうだけど、何となく分かってしまうんだよな……どうしてだろう。


 拓海がそう考えていると、翔が言う。

「拓海はあの……黄緑色のやつ、よく注文しているね」

「あ……確かに」同じように翔にも把握されていると思うと……ちょっと嬉しく感じる拓海である。


「僕もお客さんのよく注文するカクテルを見ておかないと……」と日向。

「ひな、無理しなくていいぞ。そのうち勘でわかるようになるから」

「勘……? いや、怜さん。僕、そこまでの自信はないです」

「フフ……素直でよろしい」



「いらっしゃいませ」という声とともに亜里沙と景子が現れた。

「日向くん! いつもの」

「景子さんの『いつもの』は……これですか?」

「当たりー♪ やるわね、日向くん」

「ハハ……亜里沙もいつもの?」

「日向、分かってるの?」

「うん、これかな?」

「そうだけど……残念でした♪ 今日は怜さんのオススメを注文するつもりだったのよ」

「ああ……そっかぁ。かしこまりました!」


 自分の店で頑張っている日向を見て、怜の表情は柔らかくなっていく。

「父さん……嬉しそう」と翔。

「ん? そうか?」

「いいな……そういう風に誰かを好きになれるなんて。僕は……まだまださ」

「確かにお前は……これからだな」

「父さん、何かコツがあれば教えてよ」

「コツ……?」

「その……同性愛っていうやつのコツ」

「……」


 怜が考える。コツと言われても……

「……ただ好きになったのがその人だっただけだ。お前だって、ひなを一目見て気に入っただろう」

「だけど、ひなくんには父さんがいる」

「まだ若いんだから、どうにかなる。お前のことだ、気づいたらその人しか見えなくなるだろう。例えば相手のことも考えられるようになって守りたくなるとか……そう感じるようになれば、その時は大事にするんだ。その人を」

「なるほど……」


「翔、まず大学や就活があるだろう? あまり恋にうつつを抜かすんじゃないぞ」

「それ、そのまま父さんに返すよ。ひなくんだって次3年なんだ。父さんのペースに巻き込んだら駄目だからね。そうなってひなくんを困らせたら……許さないよ?」

「フフ……そう来たか。分かったよ」



 カランというドアの音が聞こえて日向がトコトコと歩いていく。

「いらっしゃいませ……あ」

「……久しぶりね……ひなくん」

 奈津江がそこに立っていた。

「春休みのアルバイトかしら……?」

「はい、そうなんです。こちらへどうぞ……」


 奈津江がカウンターに現れると景子がすぐに気づいた。

「奈津江さん! お久しぶりですー! 最近いらっしゃらなかったので寂しかったですー!」すでにお酒が入ってテンションの高い景子である。

「景子ちゃん……そう言ってくれて嬉しいわ……」

「そう! いつお会いできても大丈夫なように被りのアクスタ持ってきたので……」

「まぁ……素敵ね。ありがとう」


 奈津江と景子が推しの話で盛り上がっていたが、ふと奈津江が思い出したかのように話した。

「怜くんのことは……もういいかなと思って……最近ここに来ていなかったのよ」

「そうなんですか?」やはり怜が関係していたかと思う景子である。

「私が気にすることではないわね……あんなに生き生きしているもの」

「……もういいんですか? 怜さんの大切な人はどんな人かしらっておっしゃっていましたけど……」

「ああ……そんなことも言っていたわね……でも気づいたの。それよりもまず私には翔がいる。そしてこれからの自分のことも……考えないとね。私もブランクはあるけれど……仕事に出てみようかと思って」


「奈津江さん……」

「あとは……良かったら前に景子ちゃんが言っていた展覧会、ご一緒してもいいかしら」

「ええ? いいんですか? いつも1人だったからご一緒できるなんて嬉しい!」

「ありがとう。そのためにも……頑張るわ。景子ちゃんのおかげで……楽しみが増えたわ」


 翔が言う。

「良かったな、母さん」

「翔……たまには……うちに帰ってきてもいいのよ」

「まぁ……考えておく」

「……あまり女の子を泣かせちゃだめよ」

「そこは安心して、僕だって変わるんだから」

「そう……」


 カクテルを一杯だけ味わってすぐに、奈津江は席を立った。

「怜くん……あなたに言われた通り、私も前に進むわ。もう前みたいにしょっちゅう来ることもないから……安心して」

「そうか」

「ひなくんもありがとう」

「いえ……ありがとうございました」

 そしてそのまま帰ろうとした奈津江だったが、「あ……」と言って振り返る。


「ひなくん専用のピンクのカクテル……きっと特別なものなのね。それで……お店が終わった後、2人であんなことをしていたのかしら……? うふふ……怜くん……ひなくんに無理させちゃだめよ」


 閉店後にこっそり抱き合いながら、しかも口付けを交わしていたことを2人は思い出してハッとなった。


……まさか見られていたの? 怜さん。

……そのようだな、ひな。


 日向が真っ赤になっているのを見て、景子が言う。

「あら、奈津江さん気づいていたのね」

「だって……怜さんがぁ……」

「おい、それ以上言うなって」と怜に言われる。

「お幸せにね……フフ」

 そう言って奈津江は帰っていった。



「フフ、ひなくん……父さんと何してたんだい?」と翔が尋ねるが、

「大体分かるだろう?」と拓海。

「そっか、店でも家でもイチャイチャしてるのね」と景子。

「店でイチャイチャって……家でも一緒なのに?」と亜里沙。

 言われれば言われるほど恥ずかしくなってきた日向と怜。


「怜さん……ローズカクテル、要注意だから」

「そうだな、じゃあ家でたっぷりと……」

「ちょ、ちょっと今バイト中だから……」

 怜さん……そんなこと言われるとドキドキしてちゃんと接客できないんだから……もう……


 日向はサーっとテーブル席の方に行って客の対応をしていた。翔が言う。

「もう母さんも……父さんとひなくんのことを分かっていたんだ。僕もひなくんとは良い友人でいるよ。まだ受け入れるのには時間がかかりそうだけど」

 やっと日向のことを諦めてくれたかと怜が思う。そして、もう1人……拓海も同じことを思っていた。


「俺達これからゼミや就活もあるし、忙しくなるよ」と拓海。

「そうだな」と翔が言いながらカクテルを一気に飲んだ。



※※※



 日向と怜が家に帰ってきた。

「疲れた……けっこうお客さん来たね」と日向がソファで横になっている。

「ひながいると助かるよ、ありがとな」

 怜が日向の頭を優しく撫でる。

「……そうだ」と日向が台所へ向かった。


「ひな、どうした?」

「今日は僕が……ノンアルコールのローズカクテルを作る」

「できるのか?」

「怜さんの作るところ、いつも見ていたから。今日は僕から怜さんに……」

「それは楽しみだな」

 日向が自分のためにカクテルを頑張って作っている姿、可愛いな……と思う怜であった。


「うーん……多分できた!」

「多分? じゃあいただこうか」

 ソファで怜がカクテルを口にする姿をじっと見つめる日向。緊張する……プロに味見されることもそうだが、怜に飲んでもらうというのが、しかもローズカクテルというのが……まるで告白の返事を待つような気持ちである。


「うん、美味しい」

「本当? やったー♪」

「……若干濃いような気がするが……悪くない。むしろ……このぐらいの濃い気持ちが……ひなにはあるんだな?」

「え……そ……それは……」

「イエスということか」

 怜の顔が近づく。ちょっと濃い告白をしたのかと思った日向は恥ずかしそうに俯く。


 その日のキスは少し甘みが増したような味がした。

「怜さんのこと考えていたから……ちょっと濃くなったのかな」

「フフ……ひなの作ってくれたものならいくらでも」

「今度は怜さんと一緒に作る」

「そうか」

「だって……1人で台所いるのちょっと寂しかったから」

「寂しがり屋だな」

「怜さんだって人のこと言えないよ?」

「ハハ……」


「あ……ローズカクテルだから僕からの気持ち……愛しています……怜さん」

「愛している、ひな……」

 2人は身体を重ねて、ちょっと濃いめの熱い夜を過ごしていた。




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