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第40話 それぞれの想い

 あれから奈津江がバーに来なくなった。

「怜さん、今日も奈津江さん来ていないの? 被りのアクスタ結局渡せないなんて……」と景子。

「そうだな、しばらく見ないな」

「怜さん……何か言ったんでしょう?」

「いや、特に何も」

「怪しい……」

「何故俺なんだよ……フフ」


「時期的に年度末も近づいてきたし、忙しいのかもしれないわよ」と亜里沙。

「それでもあれだけ怜さんのことじーっと見てて急に来ないことってある? あ、もしかして……私が推しを熱く語り過ぎたせい……?」


「それは違うと思うよ」と言いながら翔が現れた。拓海も一緒だ。

「母さん、景子ちゃんとすごく楽しそうに話していたからさ」

「確かに……なかなか翔のお母さんと緊張せずに話せる人はいないからね」と拓海も言う。


「翔くん……(これは翔くんのお母さんに認められた、つまり私は翔くんと……♡ やだやだ変な妄想しちゃったわ♪)」

「景子、ニヤニヤし過ぎだから」と亜里沙に言われる。

「父さん、もしかして……ひなくんとのことを母さんに言ったの?」と翔。

「いや、言ってないが……」

 みんなに怪しまれる怜であった。



 しばらく経ち、日向が店に来た。

「怜さん……疲れたぁ……」

 奈津江がいないと甘えモードになる日向である。

「やぁ、ひなくん。今日も可愛いね。疲れているのかい? 僕が癒やしてあげようか……」

「はぁ……僕は怜さんに癒されに来たんだから」

「おっと……正直な君も素敵さ」

「何でそうなるんだ……翔」と拓海が呆れている。


 奈津江が来なくなってからは日向はこれまで通り、怜と仲良さそうに話している。

「まぁ……日向が元気そうだから良かったのかな……」と亜里沙が言う。

「そうね、ちょっと奈津江さんの事情は気になるけど……またどこかで会えるかもしれないし」と景子。

「僕とひなくんのことも……いつか母さんに話せる時が来るのかな」と翔。

「おい、そうはさせん」と怜に言われる。

「……そのぐらいはっきりと母さんに言えばいいのに」


 そうすれば……僕だって……ひなくんを諦めることができるかもしれないのに。


 翔が少し寂しげな表情をしている。

「分かってるさ……父さんがひなくんを絶対手放さないことぐらい……だから母さんにもちゃんと認識してもらいたいんだよ。そうすればもう……僕は……母さんも納得するのなら……ひなくんのことはこれ以上は……」


 翔の言葉を聞いた拓海。あれだけ日向を口説こうとする翔である。てっきりまだ日向のことを諦めていないと思っていた。

 しかし、実の父親が相手であり、母親にもそれが分かってしまえば……これ以上は難しいと考えていたのだろうか。

「翔、きっと……どうにかなるよ。そのタイミングが来たらきっと……色々と動き出すんだ。俺は翔の味方だから」

「拓海……今日のお前……何か格好いい」


「ええっ? そ……そうか?」

 拓海が明らかに動揺している。

 何だこれは……翔の方が格好いいに決まってるのに……

「拓海くん……翔のこと、頼んだよ」

 怜は拓海の様子を見て、フフッと笑った。



 家に帰った日向と怜。

「怜さんはあれから奈津江さんが来なくて……気になる?」

「これまでもそういう客はいたからな。何か事情があるんだろうけど……翔は気にしていたな」

「お母さんだもんね」

「俺も……ひなのことを言ったつもりでいたのだが……それでも奈津江は分かってくれると思う。だからお前は気にするな」

「うん……」


 怜が台所で何か準備している。

「怜さんどうしたの?」

「フフ……家でも作れるように材料を買っておいた。ひなのための……」

 手際良くカクテルを作っていく怜。

 そして出来上がったのは、あのピンク色のノンアルコールカクテルであった。


「れ……怜さん……」

 すでに顔が熱くなる日向である。

「これで毎日……ひなの可愛い姿が見られると思うと……フフ……」

「あの……それじゃあ怜さんも一緒に飲もうよ」

「ん?」

「僕だって……怜さんと同じ気持ちなんだから……あ……あいしてるんだから……」

「ひな……」

「うわっ」

 カクテルを飲む前に怜に抱き抱えられてしまう日向であった。



※※※



 気を取り直して、2人で乾杯してノンアルコールのローズカクテルを味わった。

「美味しい……怜さん……」

「うん、この甘酸っぱい感じ……何だか俺までドキドキしてくるな、ひな……」

「怜さん……」

 すでに真っ赤になっている日向。怜のことを見つめている。

「怜さん、理性……抑えられなくなった?」

「何だその質問は……フフ……」

「だってこのカクテル……そういう意味もあるでしょう?」


「うーん……飲む前から抑えられない……お前の顔を見ると……」

「え?」

 そのまま日向は唇を塞がれ、甘い香りがふわっと漂うのを感じた。

 とろけるように甘くて優しくて幸せな感触……もうだめだよ怜さん……僕……どうなっちゃうの……?


「もっと味わいたいな……ひな……」

 そう言われながら怜に何度も口付けされ、身も心も溶けてしまうのではないかと感じる。

「れ……怜さん……僕からこうするって目標決めたのに……」

 日向は瞳を潤ませて怜に言う。

「それじゃあ、どうぞ」

「……あ……やっぱり……怜さんが……いいです……」

「フフ……」


 ローズカクテル……毎日飲んでいたら僕はどうなってしまうのだろう……怜さんをこんなに求めてしまうなんて……そして怜さんにこんなに愛されてしまうなんて……ああ……もう……このまま……


 ひなが頬を紅く染めて照れる姿が……本当に可愛い……カクテルがなくても可愛いひなだが……ローズカクテルを飲むともっと甘くて愛おしくて……お前に夢中になってしまう……これではもう……離れられないではないか……



 甘い甘い夜を過ごす2人。

 こうしてしばらくは、ローズカクテルが毎晩出て来るようになったのであった。

 ただし、翌日が早い時を除いて……



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