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第39話 甘い味

「奈津江さん、そうなんですか! ハハハ……」

 気づいた時には景子と奈津江が意気投合していた。お酒の強い者同士、楽しいらしい。

「景子ちゃん、私は……こう思うのよ……本当は好きだったけれど……仕方なくそうした……」

「確かにそれも分かります! その後また再会してくれたら良かったのに……!」

「そうよね、未来でも再会する流れが……ロマンチックだと思うわ……」

「ですよね!」


 亜里沙がそんな2人を見ながら言う。

「景子がこんなことになるなんて……最初はあんなに緊張していたのに」

「母さんも1人の時より楽しそうだな」と翔。

「話のネタ、つきないのかな」と拓海。

 景子は元々年上の人と話すことが好きだったので分からなくもない。それでもあの奈津江と仲良くなれるのはすごい……と思う亜里沙であった。


「はぁー楽しかった♪」

 帰り道、満足そうにしている景子である。

「景子、奈津江さんとはどんな話するの? ちょっとは聞こえてたけど」と亜里沙。

「うーん……世間話が多いわね。あとは推しの話。奈津江さんもあのアニメご存知だったからそれで盛り上がっちゃって」

「ああ、あれはその話だったのね。推し活かぁ」


「あの怜さんに似たキャラクターを奈津江さんも好きだったから、多分奈津江さんも怜さんを……推しの感覚で見ているのよ!」

「それは違うような……ハハ」

「帰ってDVD見ないと♪ あ、そうだ。まだ日向くんと怜さんのこと……気づいていないみたいだわ」

「そうなんだ……」

「私としてはさりげなく伝えたいんだけど、特にはっきり聞かれるわけでもないし、なんせ推しの話の方が盛り上がるからさ」

「推しの力……ね。もうその辺は怜さんに任せといても良さそうじゃない?」


「日向くんもいつもみたいにすればいいのに、奈津江さんがいると緊張して大人しくなるからね……」

「そりゃあ……好きな人の元奥さんでしょ? 遠慮するわよ」

「それもそっか」



 そんな日向は妹の菜穂と過ごしていたそうで、遅い時間にバーに来た。

「怜さん! 疲れちゃったよ……」

「お疲れ、ひな。今日は帰った方がいいんじゃないのか?」

「だって怜さんが……」と言いかけて気づく。奈津江がいる。

「か……帰ろうかなぁ……」と言いながら日向が迷っていると、

「良かったら……ご一緒に」と奈津江が言った。そう言われると、

「はい……」としか言えない日向であった。



※※※



「いいわね、大学生って……これから何だってできるわ……」と奈津江。

「今年から就活なんです……」と日向。

「そうよね、翔もだわ……」

「……」

 話が続かず、怜に顔で合図を送る日向である。


「ひな、頑張ったお前にサービスだ」

 怜のサービス……ピンク色の心地良い香りが広がる……ローズカクテルだった。

『愛してる』や『抑えられない理性』という意味であり、以前に怜とローズよりも甘い夜を過ごしたことを思い出した日向は頬を赤らめた。


 奈津江さんの前で……僕にこれを……

 日向が怜を見ると怜が頷き、微笑んでいた。


『お前を愛しているということだ』

 そう言われたように感じ、日向は鼓動が早くなるのを感じる。

 怜さん……僕……恥ずかしくなってきちゃった……


「あら……大丈夫?」と奈津江が心配そうに日向を見つめる。

「ええと……その……大丈夫……です」

「そのカクテル、可愛いわね。怜くん、私も同じもの、いいかしら」と奈津江が言う。


「申し訳ないが、そのカクテルはノンアルコールで、ひな専用なんだよ」と怜。

「ひなくん専用……お客さんに合ったものを怜くんが作るのね。ノンアルコールって……ひなくんはお酒が飲めなかったのね。ごめんなさい、こんな遅い時間に誘っちゃって……」

「いえ……いいんです……僕も来るのが遅かったので……」

日向がローズカクテルを口に含んだ。

 甘酸っぱい……美味しい……どうしよう……怜さんのことで頭がいっぱいになっちゃうよ……


「あら……ひなくん、顔真っ赤よ……これ、アルコール入ってたんじゃない……?」

「……ノンアルコールです……僕は……このカクテル飲んだら……こうなっちゃう……」

 日向が怜をじっと見つめる。

 可愛いな……ひな……今すぐ欲しくなってくるではないか……と怜が思う。



 そして閉店時間が近づいてきたので奈津江や他の客が帰っていき、片付けで怜のみが残った。日向はまだいる。

「怜さん……ダメだよ……いきなりあのカクテル出しちゃ……僕……色々思い出しちゃったんだから……」

「フフ……可愛いかったぞ……ひな……見てて飽きなかった」


 ローズカクテルの効果なのか眠いのかわからないが、日向の目がトロンとしている。

「ひな……お前……可愛いすぎるんだよ。何考えてたんだ? ローズカクテルを飲んで」と怜が言い、日向に近づいてくる。

「それは……怜さんに……前言われたこととか……もう……怜さんのいじわる……奈津江さんの前で、恥ずかしかったんだから……」


「お前を不安にさせたくなくてな。俺の気持ちは変わらない……ひな……愛している」

 怜が日向を力いっぱい抱き締めた。

「怜さん……ちょっと……ここでそれ……言うの?」

「今日は店に来ないかと思っていたから……来てくれて嬉しくてな」

「……家で会えるのに……」

「そういうお前も遅くに来たじゃないか……俺に会いたかったんだろう?」

「うん……」


「もう……ひなを見ていると……」

 怜がそう言って日向と唇を重ねた。先ほどのローズカクテルの香りをほんのりと感じ、甘くとろけるようなキスに日向も心地よくなってしまう。

「んっ……」

 日向も怜の背中に手を回して怜のキスを身体全体で受け入れる。


 怜さん……ローズカクテルを作るからだよ……僕は……さっきからずっとこうしたかったんだから……



 カランとドアの開く音がするが、2人の世界に入った日向と怜には聞こえていない。

「……あら?」


 奈津江がカウンターの前で激しく抱き合ってキスをしている日向と怜を見てしまった。

「怜くん……そうだったのね……」


 ふと鞄の中に片方のイヤリングがあるのを見つける奈津江。


 ここにあったんだ……店に忘れたかと思って取りにきたら、怜くんとひなくんのことを見てしまったじゃないの……知らなかった……怜くんは……そういう考えだったなんて……何も知らなかったわ……

 当時から怜くんは……私のことは……女性としては見ていなかったのかもね……


 そして奈津江は店を後にした。


 もう……あのバーには……あまり行かない方が良さそうね……きっとひなくんに……気を遣わせてしまうわ。



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