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第38話 一石三鳥?

「本当に綺麗だったわね……怜さんの元奥さん」

 景子が歩きながら呟く。

 今日は亜里沙もこの後デートだって言うし……そうだわ、久々に怜さんのバーに1人で行ってみようかしら。


 以前にも1人で行って怜に相談に乗ってもらったこともある景子。今日ももしかしたら怜と2人で話ができるかもしれないと思い、バーに入って行った。


「いらっしゃいませ」

 カウンターに通された先には既に奈津江が座っていた。

 怜さんの元奥さん……? どうしよう。いや、ちょっと待って……まず何故元夫のバーに来るのかが気になる。そしてうまくいけばイケメンの翔くんとも仲良くなれる。さらに美容のことも聞けるのであれば……一石三鳥だわ。


 そんなことを考えながらそーっと奈津江に近づく景子。

「いらっしゃい」と怜。

「あら……この前の……」と奈津江が微笑む。それだけで景子はドキドキしてしまったが、

「あの……お隣よろしいですか」と言った。

「ええ、もちろんよ」


 景子が話す。

「私や亜里沙も怜さんには色々と話を聞いてもらいました。このバー、いいですよね」

「そうね……」

「最近いらしたのですか?」

「まぁ……そんなところかしら……怜くんがいると聞いてね」

「翔くんも少し前に来ていました。みんな怜さんと話すと落ち着くみたいですね」

「そう……怜くんのいい所ね……」


 奈津江がゆったりと話すため、なかなか話が進まない。ただの世間話で終わってしまいそうだ。景子は考えながらこう言った。

「今日は亜里沙もデートで……けっこう周りは彼氏がいるから気になっちゃうんです」

「そうなの……あなたも魅力的よ」

「ええ? そんな……あ、そうだ。どうしたらそんなに綺麗な肌になれるんですか?」

「ふふふ……特別なことはしていないわよ。自分の肌に合ったものを使っているだけよ」

「……ちなみにどこのブランドを……」

「〇〇かしらね……」

 高級ブランドに驚きである。


「すごいわ。かっこいい息子さんの翔くんがいて、なおかつ綺麗でいられて……女性の憧れです」

「そう言ってもらえるなんて……嬉しいわ」

「私、怜さんにも憧れているし、このバーに来ると嫌なことも忘れて楽しめるから……」

「ふふ……いいわね……」


 奈津江が話す。

「私もね……昔、怜くんに初めて会った時は……何も考えずにただ彼のところに向かったわ。だけど……もう少し時間をかけても良かったのかも……なんてね。今更気づいたって……もう遅いのよ」

 怜の方を見る切ない表情の奈津江。

「すごく綺麗な人でも色々とあるのですね……」と景子。


「怜くんにも……大切な人がいるって聞いたから……それを聞くとああ、そうなんだって思って……どんな人か見てみたい気もして。もちろん、邪魔をするつもりなんてないわ……ただの好奇心かしらね。きっと……私なんかよりも純粋で、可愛いらしい女性ね。その人を見たら……もういいかな。怜くんが幸せなのがわかればそれで……もう十分」


 景子は話を聞いて、奈津江なりに怜のことを気にかけているんだなと思った。

 そういえば……亜里沙も以前、ちゃんと諦めがつかないと前に進めないようなことを……言ってたっけ。


 その前に。奈津江は怜と日向の関係を知らないのでは? 怜の相手が女性だと思っている。これは……言うべきなのか。

 というか……日向とも会ったことがあるならその時に言わなかったのか……?



「いらっしゃいませ」という声とともに日向と翔が現れた。

「まさかひなくんと帰り道で会えるとは思ってなかったよ……やっぱり僕達、そういう運命なのかな」

「ちょっともう……これ何回目なの? 翔くん……」

 ここまでくると待ち伏せされているような気がする日向である。


「あれ、母さんまたいるのか」

「こんにちは……あ、景子さんも」日向が奈津江を見てまた大人しくなった。

「ふふ……今日はたくさん話せたから……そろそろ失礼するわね……ありがとう。景子ちゃん」

 そう言って奈津江は店を出て行った。


「景子さん、翔くんのお母さんと話したの?」と日向が言う。

「うん、色々話が聞けたわ」

「何か……言われた?」

「綺麗で緊張したけど……大丈夫よ」

 翔と日向がカウンター席につく。

「あ……怜さん! 怜さんの元奥さん、日向くんと怜さんの関係を知らないみたいよ」と景子が言う。


「え?」怜と日向が同時に言った。


 開店前に日向と2階のソファにいるところを見られたので、てっきり知っているものだと思っていたが……

「はっきり言ってたわ。怜さんの大切な人は……自分なんかよりも可愛いらしい女性だと思うって」

「え……僕、あの時……怜さんの手を握ってたのに」

「あら……仲良いわね。あの感じだと日向くんだとは思っていないかも」

「そうなんだ……ということは僕がひなくんと付き合っていることに……するかい?」

 翔が日向に近づく。


「こら、翔」

「ハハ……冗談さ、父さん」


 景子が言う。

「怜さんの大切な人を一度見て、怜さんが幸せそうならそれでいい、みたいなことも言ってたわ」

 すでに会っているのですが……と日向と怜は思った。

「ということは……母さんは僕のことも聞くと驚きそうだな。言うつもりなんてないけどね、しばらくは」と翔。

 元夫と息子の好みのタイプが一緒で、しかも男性です、ということである。


「そうか……気づいてそうにも見えたが……奈津江はそういう価値観なんだな。まぁ、ほとんどの人がそう思うだろうけど」と怜。

「怜さん……どうするの?」と日向。

「機会があれば話すって感じだな……そもそも別れているのだから。聞かれてもいないのにこちらから言うのはどうかと」

「確かにそうよね」と景子。



 家に帰った日向と怜。

「やっぱり普通に隣にいるだけじゃ、僕と怜さんは恋人同士には見えないのかな」と日向が言う。

「それもそうだな。ただ……あの時けっこう……俺達……」

 バーの2階のソファで抱き合っていたので、そこそこ距離は近かったはずなのだが。そしてそのことを思い出した日向は顔が少しずつ赤くなっていく。


「あの日……甘えていて怜さんから離れたくなかった日だ」

「大体いつもそうじゃないのか? ひな」

「え? もう怜さんたら……それじゃあ今日は、離れて寝ちゃうもんね」

「……そうか」

 そう言いながら、怜は日向を後ろから抱く。

「……怜さん、仕方ないなぁ。今だけだよ」

「ソファも好きだろう? ひな……」

「うん……」と日向が言いながらソファに連れて行かれる。


「あの時のひな……可愛いかった……」

「んっ……怜さん……」

 バーの2階のソファで、奈津江に見つかるまで2人で口付けを交わしていたことを思い出す。

 何でだろう……ソファに怜さんといると安心感がある。前からあの2階のソファで怜さんと過ごしていたからかな。

 怜さんの腕の中にぴったりとおさまる僕……温かくて……もっと……もっと……好きになる……



 そしてお風呂に入り、ベッドに入って並んで寝ている2人。

「恋人って言ったら大体男女になるの、どうしてだろう。子孫を残すため?」

「それはあるだろうな。ようやく最近になって、多様性とか言われてきたからな」

「僕は……今幸せだから……いいんだよね」

「フフ……」


 怜が日向の方を向いて触れようとしたら、日向がひょいと避けた。

「今日は離れて寝るもんね……あっ」

 日向がそのままゴロンと転がったため、ベッドから落ちそうになる。それを怜がしっかりと抱き寄せた。怜の顔も近い。

「あ……怜さん……やっぱりだめだ……もっと……近づきたい……離れて寝るなんて……無理だから……」

「俺もそうさ……ひな」

 甘いキスをしながら、2人は抱き合って眠りについた。



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