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第37話 毎日欲しい味

「はぁーやっと金曜日終わったわ」と言いながら景子が亜里沙と歩いている。

「相変わらず寒い……」と亜里沙。

 寒い寒いと言いながら2人が怜のバーに到着する。

「いらっしゃいませ」

 カウンターに通された2人は目を見開いた。怜が美しく妖艶な女性と話している。


「すごい綺麗な人いるんだけど」と景子。

「今まで来てたっけ? 怜さんと親しそうよね?」と亜里沙。

 2人も女性に釘付けとなっている。あまりにもじろじろ見るので女性が気づいた。

「あら……どうかした?」

 見ているだけです、と洋服店で言うようなセリフしか思いつかず、そう言うのも恥ずかしいので、2人は笑って誤魔化した。


「おお、いらっしゃい」と怜がいつも通りに2人に声をかける。

 今すぐにでも『あの女性は誰ですか』と聞きたい景子であったが、何となく言いづらい。いつものように話せない景子に亜里沙が気づき、

「やっと金曜日ですね」と、とりあえず思いついた言葉を話す。

「金曜日はまぁまぁ人が来るからな。どちらかというと遅い時間に」と怜。


「怜さん、ホットワインの赤をお願いします」と景子が背筋を伸ばして言った。

「景子……緊張してる?」と小声で亜里沙が言う。

「何か恥ずかしいじゃないの……あんな綺麗な人の前で……」

「まぁそうね……」

「それに、怜さんと話しているのも観察しておきたいし」

「景子……そう言うと思ったわ……」


 女性が笑いながら話す声が聞こえる。

「……もう、怜くんらしいわね」

……怜くん? 景子と亜里沙が顔を見合わせる。

「只者ではないわね……怜くんですって。私以外に怜さん推しがいるなんて」と景子。

「推しとは違うような……だけど昔から知っているかのよう」と亜里沙。


 景子と亜里沙が様子を伺っていると、女性が言う。

「うふふ……怜くん、あの子達の相手もしてあげなきゃ」

「君が話すからだろう? はぁ……」と怜。

 怜が景子と亜里沙のところに来た。

「本日のおすすめ、これだからな」

「ありがとう、怜さん」と亜里沙。

「怜さん……あの人ずっと見ちゃうぐらい綺麗ですね」と景子。

「そうか」



「いらっしゃいませ」という声とともに日向と翔が現れた。

「まさかひなくんと帰り道で会えるとは思ってなかったよ……やっぱり僕達、そういう運命なのかな」

「ちょっともう……やめてよ翔くん……」


 2人がカウンター席に行くと女性がひらひらと手を振っている。

「ええっ? 母さん、来てたのか……」

「あ……こ……こんにちは……」と日向が緊張する。

「翔、ひなくんと一緒だったのね。ひなくん……仲良くしていただいてありがとう」と奈津江が言う。

「いえ……」と日向。


「母さん、何しているんだよ」と翔が言う。

「普通にカクテルを楽しんでるだけよ……? 本当に雰囲気のいいバーね……ずっといても……飽きないかも」


 翔と女性の会話を聞いた景子と亜里沙。

「ちょっと……翔くんのお母さんなの?」と景子が驚いている。

「ああ、そうなんだ……」と翔。

「さすが翔くん……お母さんも綺麗ね」と亜里沙。

……ということは?

 景子と亜里沙が怜を見る。


「……元妻だ」と怜が言う。

「そ……それであんなに親しそうだったのね」と景子が納得するが、今にも怜と付き合いそうな雰囲気である。

「元妻が何しに来たのよ……」と小声で亜里沙に言う。

「ただ元夫のバーに来ただけじゃないの? 翔くんから聞いたか何かで」

「そんな感じに見えないわよ……さっきから怜さんばかり見ているような気がする」

「え、景子……相変わらずよく見てるわね……」


 翔と日向がカウンター席に座って飲み物を注文していた。日向はおとなしい。いつも「怜さん! 怜さん!」と言う彼とは別人のよう。

「ちょっと日向くん……知ってたの?」と景子。

「うん……この前ここで会った……」

「怜さんは何か言ってた?」と亜里沙。

「翔くんも怜さんも……今さらあのお母さんと一緒になることはないって」

「それならいいんだけど……」と亜里沙が言うが、ああいう風にここに来て怜と嬉しそうに話すのを見せられると、日向も何か思うところがあるのだろう、少し心配になる。



「ひな……大丈夫か」と怜に言われる。

「うん……今は何とか……だけど……」

 家に帰ったら大丈夫じゃありません、と顔に書いてある。

「フフ……じゃあひなには俺から特別に」

「え……?」

 目の前に置かれたピンク色のノンアルコールカクテル。いつも柑橘系だったので、ピンク色は……初めてかも。


「へぇ……可愛い色だね。君にぴったりだ」と翔。

「ありがとう……怜さん」

 甘酸っぱくていい香りがする……それに……僕をホッとさせてくれるような……幸せな気分にさせてくれるような……そんなカクテル。

「美味しい……」

「良かったわね、日向くん」と景子。


「で、母さん……僕が父さんと一緒に暮らしたいみたいに思ってるかもしれないけど……僕は今のままでいいから」

「あら……素直に言ってくれてもいいのよ……? 翔が本当の父親が恋しいなら……」

「父さんとは会えて嬉しいけど……そういうのじゃなくて……僕の良きライバルみたいな感じなんだ。だから母さん、心配しなくていいよ」

「そう……子どもの成長って……あっという間なのね……」



※※※



 日向と怜は家に帰って来た。

「怜さん……怜さん……!」

 やっと甘えられると思ったのか日向が怜に抱きついて離れない。

「おいおい……奈津江のことが気になったのか?」

 コクリと頷く日向。

「安心しろ。奈津江はお酒が強いから、ただ飲みに来ているだけだ。それに……俺には大切な人がいることも言ってある」

「え……怜さん……本当? 嬉しい……」

「それでもいきなり来られると……全員一度は緊張するからな」

「だよね……景子さんがちょっと静かだったし」


 お風呂上がりの前髪を下ろした怜を見つめながらベッドで日向が話す。

「今日のピンクのカクテル……美味しかった。甘酸っぱくてふわっとした……とても心地良い香りがしたんだけど、あれは何?」

「あれは……ローズカクテルだ」

「ローズ……」

 薔薇のカクテルなんて初めてだ。そういえばローズティーっていうのは聞いたことがあるような……


「ローズカクテルも女性に贈られたり、色々な意味があるが……」

「うん……」

「簡単に言うと……お前を愛しているということだ」


 日向が頬を赤らめる。あ……あいしてる……怜さんが……僕のことを……


「好き」とはまた違う、深い愛を語られたような気がして日向は布団に隠れてしまった。


「おい……ひな……お前の顔が見えないぞ」

「だって……恥ずかしくて……」

 怜も布団をめくって日向の顔を見つめる。すでに日向は顔が真っ赤になっている

「れ……怜さん……」

「もう一つ教えてやるよ……ローズカクテルの意味。抑えられない理性」


 そのまま怜に唇を重ねられ、抱き締められる。今日はより一層、怜に対してドキドキしているような気がした。先程飲んだローズカクテルの味や香りを思いだすと……余計に幸せを感じてしまう。

 怜さんがこんなにも僕を求めている……キスだけでもう……溶けてしまいそう。


「僕……ローズカクテルが毎日欲しいよ」

「フフ……あれはひなだけのメニューかな」

「……僕も怜さんを……愛している……」

 自分から言ったものの、日向にそう言われると怜も顔が熱くなってくる。

「ひなっ……!」


 怜が日向に覆い被さる。日向が怜の背中に手を回した。

 すでに日付が変わって土曜日になっている。無我夢中でお互いを欲する2人……気づいた時にはすでに外が明るくなっていた。



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