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3. 翔と拓海、そして凪のストーリー編

第43話 一目惚れ

 昔から女の子は苦手だった。

 苦手という言い方をすると語弊があるかもしれない。言い替えるならば、僕は女の子のことがわからないのだ。


 脳の構造だって男女で異なるのだから、お互いを理解するのも難しい。だが、違うからこそ補え合えることもある。違うからこそ毎日が面白いという。

 そうやって皆、恋人同士となって夫婦となっていく。


 世の中の人間はいとも簡単にそうなっていくが、僕には難しいことなのだ。

 どうやら僕は「期待外れ」らしい。長い話も最後まで聞けず、デートの行き先も決めていない、気も利かない、何を考えているのかが不明……その他諸々あって男としては見られないとのこと。


 いや……別に男として見られなくてもいいのだけれど。一人の人間として見てもらえたらと思ったところで……どうにもならない。やっぱり女性は……結局は頼りがいがある男性に憧れるのだろうか。


 桜の蕾が膨らみ始め、春めいてきた。

 まさか、そんな僕にも春がやってくるとは……



※※※



 この春に大学3年となる日向ひなた。春休み中にれいのバー「ルパン」でアルバイトをしている。ふんわりとした髪に大きな瞳が可愛いと客のお姉様方に好評である。

 年の離れた怜と付き合うようになってから、もうすぐ1年になるだろうか。背が高くて黒髪に切れ長の目元で少し見た目は怖いけれど、いつだって日向を優しく受け入れてくれる怜。昨年の秋頃から一緒に住んでおり、家で甘えてくる日向が可愛いくてたまらない。


 もともとは日向が中学生の頃、雨に打たれてうずくまっている所を怜に助けられ、そこから6年後に再会したところから始まった。最初は男性同士の恋愛に戸惑いもあったものの、今の2人は周りも照れてしまうぐらい仲が良い。


 今日は2人でバーの近くに咲いている桜を見に来た。

「綺麗……怜さんと桜見れるの……嬉しい」

 素直な日向は怜と一緒にいる時によく「嬉しい」と言っているような気がする。こういうところが好きなんだ、と思う怜であった。


 一通り桜を見終わってから2人は怜のバー「ルパン」に行って開店準備をしていた。

 怜はいつも早めに行くため、ウェイターなどの従業員はまだいない。

「怜さん……開店までまだ時間ある?」

「そうだな」

「2階行きたいな……」


 バーの2階は、少しの席と怜の知り合いの描いた絵が飾られたギャラリーとなっている。改装前は怜の部屋となっており、そこで日向と一緒に過ごすことも多かった。一緒に住むようになってからも、日向はこの2階の雰囲気が好きで開店前に怜とギャラリーの絵を見に行くこともある。


 だが、本当はギャラリーに置いてあるソファに怜と一緒に座りたいだけ。改装前に2階のソファで怜に随分甘えていた日向。もちろん改装後のソファは新品のものであるが……ソファで一緒に過ごすことは日向にとっては特別なことのように感じる。辛い時も、泣きたい時もいつもソファで怜が頭を撫でてくれたのだから。


「……眠い」と日向。

「おい、開店前に寝るのか?」と怜に笑われる。

 春はやはり眠たくなる、朝だけでなく昼も……そんな日向に怜が唇を重ねる。

「……! 怜さん……」日向が頬を染めている。少し目が覚めたようだ。

「僕からするんだから……」日向がそう言って怜にもキスをする。


 今年の目標として就活を頑張ることはもちろんだが、「自分から怜にこうする」というのもあるらしい。以前の日向であれば考えられないだろう。怜への気持ちを自らの行動で示すようになったのである。



 バーが開店し、しょう拓海たくみ、そしてなぎがやって来た。


「やぁ、ひなくん。今日も可愛いね」と言うのは翔。

 茶髪に端正な顔立ち、背も高く煌めくオーラを纏った大学生。実の父親が怜であり、冬に20年ぶりの再会を果たした。彼女が途切れなかったが冬休みに日向と出会い、自分がこれまで女性に対して適当な付き合いをしていたことに気づく。そして日向に猛アピールしていたが、父親と日向の幸せを願って今では2人を見守っている。それでも日向のことはお気に入りであるのか、「可愛いね」と言うのが癖になっている。


「おい、翔。日向くんのことはもういいって言ってたじゃないか」と言うのは翔の親友の拓海。

 明るくてノリが良く、翔とは附属高校時代からの仲。密かに翔に憧れているがこれが親友だからなのか、それ以上の気持ちなのかは分かっていなかった。だが、翔が日向に夢中になっている姿を見て複雑な想いを抱く。一番身近にいる男は自分なのにと考えるものの、どうすれば良いのか迷っている。翔にとびきりの笑顔を見せられ、ドキっとしたこともある。そして翔が日向のことを諦めると聞いた時は(未だに日向を可愛いと言う翔も気になるが)、どこか安心していた。


「わぁ……こんな落ち着いた場所があるんだ」と言うのは凪。

 拓海の従兄弟であり幼い頃に遊んだことはあったものの、それ以降はなかなか会う機会もなく、大学進学時にこの地域に来て拓海とは最近再会した。色白で透明感があり綺麗な顔つき。落ち着いた表情で一見何を考えているのかわからない。フェスタで怜のバーが出店していることを知り、今日は拓海に誘われて怜のバー「ルパン」に初めて来た。


 そして翔も拓海も凪も日向と同い年である。


「いらっしゃいませ、カウンターへどうぞ」

 日向が3人を案内する。

「怜さん、俺の従兄弟の凪だ」と拓海。

「おお、来てくれて嬉しいよ」と怜。

「いいね……ここ」と凪が見渡しながら言っている。

「メニューをどうぞ! 凪くんはお酒飲むの?」と日向。

「人並みにはね」

「へぇ……」不思議な魅力のある凪。日向もどんな人なのか気になるようだ。



 翔が話す。

「ねぇ拓海。あのゼミって人数多かったよね?」

「けっこう人気があったからな。男女半々ぐらいか」

「入れて良かった……そこまで課題多くなさそうだし」

 ゼミも一緒の所に入った翔と拓海である。その隣で凪は黙々とカクテルを飲んでいたがふいに話し出した。


「君達ずっと一緒にいるんだね」

「え? ああ、もう高校時代からだからな。翔のことはプライベート含め大体把握してるぞ」と拓海。

「拓海には……何でも話せるからね」と翔も言う。


「……お似合いだね」

 凪がそう言うと、拓海が少し赤くなった。お酒が入っているからかもしれないが。

「それは……まぁ……その……」

「僕は構わないと思うけど、そういうの」と小声で凪が言う。

「おい凪! 俺はだな……翔とは……その……」


 明らかに動揺している拓海に凪が言う。

「女の子と比べたらさ……同性同士の方がいいかも」

「ええっ?」翔と拓海が同時に言う。

「だって何かと面倒だもん。女子は要求水準が高いし」

「凪……お前、同性愛を認めるタイプなのか?」と拓海が尋ねる。

「うーん……色々あったから女子とは合わないかも、とは思う」と凪。

「安心しろ、そういうことに関してはこのバーで話しても大丈夫だから」と拓海。

 何といっても怜と日向がそうだから、ということである。


 しばらく俯いていた凪が顔を上げる。

「拓海……ちょっとホッとした。誰にも言えなかったから」


 僕は女の子にとっては「期待外れ」な存在。恋愛なんて疲れるだけだ。だけど……拓海と翔くんみたいにお互い信頼できるのはいいな。僕もひょっとしたら……同性愛の方が向いているのか?

「怜さん! あのね……」と言いながら日向くんが怜と話している。とても仲良く見えるのは気のせいなのかな……?


「あの2人も仲良さそう」と凪が拓海に言う。

「怜さんと日向くん? ああ……2人は付き合ってる。だから……というのも変だけど、怜さんにはそういう話も理解してもらえるんだよ」

「ふーん……」



 カラン

「いらっしゃいませ」と日向が入り口に行くとそこには。

 背が高くファッションセンスの良い、まるで雑誌から出て来たような男性が立っていた。鍛えた身体つきがまたワイルドで、髪を一つに束ねている。

 その存在感というか威圧感に、日向は怖気付いてしまったが、深呼吸した。

「お一人様ですね、こちらへどうぞ」


 カウンターに通された男性。目立つためじろじろと見られている。

 翔達のいる隣……凪の隣に来た男性からふわりといい香りがした。凪が隣を見ると洗練されたファッションに身を包んだ姿の男性が立っている。年はそこそこ離れているだろうか。



 めちゃくちゃ格好良くないか……?



 凪がぼんやりと男性を見つめる。

 何だこの人……ずっと見ていられる……洋服の着こなしがプロのようだ……服だけではない……今まで見たことのない男らしさに、ときめきすら感じる……


「おい、怜じゃないか?」

 男性が怜に向かって声をかけた。

「ん?……お前は……ヒロ?」

「久しぶりだな! 怜。ここにいるって聞いたんだよ」

「何年ぶりだ? 驚いたよ。近くに住んでるのか?」

「ああ、最近本社に異動になってな。引越してきたんだ」

「そうか」


 2人の会話が気になった日向が尋ねる。

「怜さんの……お知り合いの方ですか?」

「ああ、怜とは高校の同級生だったんだ」

「同級生……!」

 怜の周りには独特のオーラのある人が集まるのかな、と思う日向である。

広樹ひろきだ。みんなヒロって呼んでいる」と怜。


 ヒロさんか……

 凪は隣にいる拓海に声をかけられていることにも気づかず、広樹のことをじっと見ていた。




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