「なるほど……海外ブランド衣料品の輸入販売か」
広樹の話を聞きながら怜がカクテルを作っている。どうりで服装がお洒落なわけだ。大体が会社で扱う海外ブランドものなのだから。
「聞いたことがあります……そのブランド」と凪が言う。
「そうか、他にも多くのブランドを扱っているが、どれもそこそこの値段がするから……ファミリーセールを狙って来る人も多いな」と広樹が言う。
「僕も……そういうブランド……いつか着れるかな」と凪。
「君ならよく似合うと思うよ」
広樹にそう言われて、凪は俯いてしまい何も言えない。
「君は綺麗だな……これからもっと素敵になるだろうね」と広樹が凪を見て言う。
凪は「……っ!」と声にならない声を発する。
女子に容姿を褒められても何とも思わなかったのに、ドキドキしてしまった。そんなに見つめられると……僕はどうすれば……
「おい、凪がさっきから俺に気づいていないんだけど」と拓海が翔に言う。
「憧れているんじゃない? 父さんもやるなぁ。こんなワイルドな友人がいるなんて」と翔。
「あ……あの、怜さんの高校時代はどんな感じだったのですか?」
まだ緊張している顔つきの日向が広樹に聞いてみた。
「怜は……そんなに今と変わらないかな? 大人しかったぞ。怜が『陰』で俺が『陽』だと言われていたぐらいだ。喋ったら面白いんだけどな。同じバレー部、俺達はなかなか良いコンビだったぞ」
「へぇ……怜さんがバレー部……か……かっこ良かったですか?」
だから2人とも背が高いのかと納得しながら、バイト中であることも忘れて広樹の話を聞いている日向。
「お、君は怜のファンか? そりゃあアタックが決まれば格好良かったかな。俺も決めてはいたけど」
怜さんが……ヒロさんが……バレー部で格好良くアタックを決める姿……
日向と凪が想像してぼーっとしている。
「だが、驚いたな。お前は結婚しなさそうに見えたのに、すぐ結婚したって聞いたからさ。連絡も取れないからどうしているかと思ってたんだよ」
「ヒロ……それはだな……色々あったんだよ……」と怜が言う。察してくれと言わんばかりに。
「おっと聞いちゃまずかったか?」
「いや、このメンバーは知っているから大丈夫だ」
「そうか……じゃあ離婚したか」
「おっしゃる通り」
「まぁ、俺も未だに独身だからさ、気楽なもんさ……あれ? 確か子どもが出来たんじゃなかったか?」
「そこにいる」と怜は翔の方を見る。
「あ、息子の翔です。最近父さんと再会しまして」と翔が言う。
「え? そうか……あの年に結婚していたら息子さんもこんなに大きいのか……皆、常連か?」
「はい、凪くんは今日が初めてですが」
翔にそう言われ、広樹が凪を見て言う。
「君も初めてだったのか。俺と一緒だな」
凪は「一緒」というワードについ反応してしまう。
「僕、こういう場所は初めてで緊張していましたが……ヒロさんがいらっしゃったので少し和みました……」と凪が言っている。
凪……緊張していたのか? いつもマイペースで落ち着いているように見えるけど……と拓海が思っていた。
「怜さんが……バレー部で、格好よくて……あとはその……人気があったんでしょうか?」と日向が広樹に尋ねる。
「おい、ひな。バイト中だろ」と怜に言われる。
「あ……つい……すみません」
「そこまでの記憶はないな。俺もあまり気にしていないし……君ぐらいの怜の熱心なファンは初めてだな」
「そ……そうなんですか……?」
日向がぱぁぁっと笑顔になった。
「ひな、向こうのテーブル」と怜に言われ、慌てて向かっていく。
「いい子じゃないか、だいぶ怜を慕ってるようだな」と広樹に言われ、
「まぁ……そうだな……」と怜が言う。
あんなに分かりやすく笑顔になるなんて……可愛い……やっぱりひなは可愛い……と思いながら準備をしていた。
そして、広樹の仕事の話などを聞いたり、怜がバーを始めたきっかけなども話しつつ、昔話で盛り上がる怜と広樹であった。
その間も凪は広樹の方をじっと眺めている。
「凪、広樹さんと知り合いになれば?」と拓海が小声で言う。
「えっ……いいのかな……」
拓海は適当に言ったつもりだったが、凪が本気にしている。相当憧れているようだ。
「仕方ないな……あの広樹さん、凪が興味あるみたいなんです。何だっけ? 服飾関係?」と拓海が言う。
「えっ……まぁ……僕は流行のファッションにそこまで詳しくないから……少し気になっただけです」
「そうか、じゃあ君に特別に……今度のファミリーセールの招待券だ。見に来るだけでも楽しいぞ」と広樹が言い、凪に封筒を渡した。
「いいんですか? ありがとうございます。あの……ヒロさんはいらっしゃるんですか?」
「最終日に少し行くかな。仕事終わってから」
「じゃあ……ぼくもその日に行きます……」
照れたように凪が言う。
「待ってるよ」と広樹に言われ、心臓がトクンとするのを感じる凪。封筒を眺めながら心の中がじんわり温かくなっていく。
どうしよう……女子が苦手だとはいえ、男性にこんな気持ちを抱いてしまうなんて。だけど、楽しみだな……
「良かったな、凪」と拓海が言う。
「ありがとうございました」
翔と拓海と凪の3人や他の客も帰って行った。
「怜さん……疲れたぁ……」と言いながら怜の所に行く日向。
「お疲れ、先に帰るか?」
「ううん、大丈夫。怜さんといたいし」
また甘えモードになったかと怜が思う。
「日向くん、怜のことそんなに気に入ってるのか?」
ここまで慕われている怜を見たことがなかったので、広樹が不思議そうにしている。
「はい! だって怜さんは……僕にいつも優しくしてくれて……僕は怜さんといると嬉しいし……家では……」
「おい、ひな……そのぐらいにしておけ」
怜も恥ずかしそうにしている。
「ん? 家って……一緒に住んでるのか?」
広樹が尋ねる。
「そうだ……」と怜。
「あ、親戚か何か……とか?」
「いや……他人というか……」
「怜さん! 他人だなんて言い方、嫌……」
日向が怜と腕を組んでいる。
それを見た広樹はようやく理解したようで、
「あ……そういうことか。言われてみれば怜はそんな感じしたもんな」と言った。
「ええっ……そんな感じって……高校時代から怜さんは……」と日向が慌てている。
「いや、男性はひなが初めて」と怜に言われ、
「そうなんだ」と日向がニコニコしている。
「まぁ、色々あって……こうなっているんだよ」と怜。
「そうだったのか……同性カップルってやつか」
「か……カップル……」と言いながら日向が赤くなっている。
「いちいち可愛いんだよ、ひな」
「だ、だって……」
そんな日向を見ながら、
「初々しくていいな」と言う広樹。
そしてふと凪のことを思い出すのであった。綺麗な子だったな。うちの扱うブランドを着せたら似合うだろうな……