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第44話 特別に……

「なるほど……海外ブランド衣料品の輸入販売か」

 広樹の話を聞きながら怜がカクテルを作っている。どうりで服装がお洒落なわけだ。大体が会社で扱う海外ブランドものなのだから。

「聞いたことがあります……そのブランド」と凪が言う。

「そうか、他にも多くのブランドを扱っているが、どれもそこそこの値段がするから……ファミリーセールを狙って来る人も多いな」と広樹が言う。


「僕も……そういうブランド……いつか着れるかな」と凪。

「君ならよく似合うと思うよ」

 広樹にそう言われて、凪は俯いてしまい何も言えない。

「君は綺麗だな……これからもっと素敵になるだろうね」と広樹が凪を見て言う。


 凪は「……っ!」と声にならない声を発する。

 女子に容姿を褒められても何とも思わなかったのに、ドキドキしてしまった。そんなに見つめられると……僕はどうすれば……


「おい、凪がさっきから俺に気づいていないんだけど」と拓海が翔に言う。

「憧れているんじゃない? 父さんもやるなぁ。こんなワイルドな友人がいるなんて」と翔。

「あ……あの、怜さんの高校時代はどんな感じだったのですか?」

 まだ緊張している顔つきの日向が広樹に聞いてみた。


「怜は……そんなに今と変わらないかな? 大人しかったぞ。怜が『陰』で俺が『陽』だと言われていたぐらいだ。喋ったら面白いんだけどな。同じバレー部、俺達はなかなか良いコンビだったぞ」

「へぇ……怜さんがバレー部……か……かっこ良かったですか?」


 だから2人とも背が高いのかと納得しながら、バイト中であることも忘れて広樹の話を聞いている日向。

「お、君は怜のファンか? そりゃあアタックが決まれば格好良かったかな。俺も決めてはいたけど」


 怜さんが……ヒロさんが……バレー部で格好良くアタックを決める姿……

 日向と凪が想像してぼーっとしている。


「だが、驚いたな。お前は結婚しなさそうに見えたのに、すぐ結婚したって聞いたからさ。連絡も取れないからどうしているかと思ってたんだよ」

「ヒロ……それはだな……色々あったんだよ……」と怜が言う。察してくれと言わんばかりに。

「おっと聞いちゃまずかったか?」

「いや、このメンバーは知っているから大丈夫だ」

「そうか……じゃあ離婚したか」

「おっしゃる通り」

「まぁ、俺も未だに独身だからさ、気楽なもんさ……あれ? 確か子どもが出来たんじゃなかったか?」

「そこにいる」と怜は翔の方を見る。


「あ、息子の翔です。最近父さんと再会しまして」と翔が言う。

「え? そうか……あの年に結婚していたら息子さんもこんなに大きいのか……皆、常連か?」

「はい、凪くんは今日が初めてですが」

 翔にそう言われ、広樹が凪を見て言う。

「君も初めてだったのか。俺と一緒だな」

 凪は「一緒」というワードについ反応してしまう。

「僕、こういう場所は初めてで緊張していましたが……ヒロさんがいらっしゃったので少し和みました……」と凪が言っている。


 凪……緊張していたのか? いつもマイペースで落ち着いているように見えるけど……と拓海が思っていた。


「怜さんが……バレー部で、格好よくて……あとはその……人気があったんでしょうか?」と日向が広樹に尋ねる。

「おい、ひな。バイト中だろ」と怜に言われる。

「あ……つい……すみません」

「そこまでの記憶はないな。俺もあまり気にしていないし……君ぐらいの怜の熱心なファンは初めてだな」

「そ……そうなんですか……?」

 日向がぱぁぁっと笑顔になった。


「ひな、向こうのテーブル」と怜に言われ、慌てて向かっていく。

「いい子じゃないか、だいぶ怜を慕ってるようだな」と広樹に言われ、

「まぁ……そうだな……」と怜が言う。

 あんなに分かりやすく笑顔になるなんて……可愛い……やっぱりひなは可愛い……と思いながら準備をしていた。


 そして、広樹の仕事の話などを聞いたり、怜がバーを始めたきっかけなども話しつつ、昔話で盛り上がる怜と広樹であった。

 その間も凪は広樹の方をじっと眺めている。

「凪、広樹さんと知り合いになれば?」と拓海が小声で言う。

「えっ……いいのかな……」

 拓海は適当に言ったつもりだったが、凪が本気にしている。相当憧れているようだ。


「仕方ないな……あの広樹さん、凪が興味あるみたいなんです。何だっけ? 服飾関係?」と拓海が言う。

「えっ……まぁ……僕は流行のファッションにそこまで詳しくないから……少し気になっただけです」


「そうか、じゃあ君に特別に……今度のファミリーセールの招待券だ。見に来るだけでも楽しいぞ」と広樹が言い、凪に封筒を渡した。

「いいんですか? ありがとうございます。あの……ヒロさんはいらっしゃるんですか?」

「最終日に少し行くかな。仕事終わってから」

「じゃあ……ぼくもその日に行きます……」

 照れたように凪が言う。


「待ってるよ」と広樹に言われ、心臓がトクンとするのを感じる凪。封筒を眺めながら心の中がじんわり温かくなっていく。


 どうしよう……女子が苦手だとはいえ、男性にこんな気持ちを抱いてしまうなんて。だけど、楽しみだな……

「良かったな、凪」と拓海が言う。


「ありがとうございました」

 翔と拓海と凪の3人や他の客も帰って行った。

「怜さん……疲れたぁ……」と言いながら怜の所に行く日向。

「お疲れ、先に帰るか?」

「ううん、大丈夫。怜さんといたいし」

 また甘えモードになったかと怜が思う。


「日向くん、怜のことそんなに気に入ってるのか?」

 ここまで慕われている怜を見たことがなかったので、広樹が不思議そうにしている。

「はい! だって怜さんは……僕にいつも優しくしてくれて……僕は怜さんといると嬉しいし……家では……」

「おい、ひな……そのぐらいにしておけ」

 怜も恥ずかしそうにしている。


「ん? 家って……一緒に住んでるのか?」

 広樹が尋ねる。

「そうだ……」と怜。

「あ、親戚か何か……とか?」

「いや……他人というか……」

「怜さん! 他人だなんて言い方、嫌……」

 日向が怜と腕を組んでいる。


 それを見た広樹はようやく理解したようで、

「あ……そういうことか。言われてみれば怜はそんな感じしたもんな」と言った。

「ええっ……そんな感じって……高校時代から怜さんは……」と日向が慌てている。

「いや、男性はひなが初めて」と怜に言われ、

「そうなんだ」と日向がニコニコしている。


「まぁ、色々あって……こうなっているんだよ」と怜。

「そうだったのか……同性カップルってやつか」

「か……カップル……」と言いながら日向が赤くなっている。

「いちいち可愛いんだよ、ひな」

「だ、だって……」


 そんな日向を見ながら、

「初々しくていいな」と言う広樹。


 そしてふと凪のことを思い出すのであった。綺麗な子だったな。うちの扱うブランドを着せたら似合うだろうな……



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