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第45話 似合う服

 大学3年の春学期が始まって少し経った頃、凪は広樹から渡された招待券を持ってファミリーセールの会場に足を運んだ。

 最終日の金曜日……仕事が終わったらヒロさんが来てくれるって言ってた。会えるのかな……けれどこういう場所ってやっぱり混んでいるな……

 ファミリーセールとだけあって、冬物の残りが安値で売られている。それでも一流ブランドの服なのでそこそこのお値段はする。


 大学生が来るような場所じゃなかったのかも、と思いながら一通り見て回った。でもどれが自分に合うのかがわからない。

 いつもモノトーンやグレー、ネイビーのようなシンプルな服を来ているので、こんな場所で果たして何か収穫があるのか……

「はぁ……」ただでさえ人が多い中疲れてしまった凪は端の方へ行く。すると、

「凪くん!」と広樹が手を振っているのが見えた。

「ヒロさん……」


「来てくれたんだな、ありがとう」

「いえ……でも僕……どれが良いのかわからなくて」

「それじゃあ一緒にまわろうか、おいで」

 広樹についていくとあるブランドの売り場の前に到着した。

「ここ、俺のおすすめ。君に似合うと思ってたんだ」と広樹がチャコールグレーのコートを見せた。形がお洒落である。

「こんなスタイリッシュなの……似合うかな」

「まぁ着てみろって」

 鏡で見ると驚くぐらいお洒落な自分が映っていた。

「コートは7割引だ。次の冬用にはなるが」

 7割引……それなら買える。前のコートはけっこう長い間着ていたし……

「これ買います」


「そうか、あとはな……ここにオールシーズン着ることのできる長袖シャツがあって……ちょうど今の季節にぴったりだ。俺も愛用している」

 中にカットソーを着て上着風にもなる。秋冬はこの上にベストを着ても良さそうだ。

「定番のホワイトもいいが……この色、君に合うんじゃないか?」

 ペールブルーで爽やかな印象。ブルーなんて……小さい頃ぐらいしか着ていない、と思う凪である。

「似合うかな……僕、こんな色着ないから……」

「まぁこっち来なって」


 鏡の前でペールブルーのシャツを凪の前に当ててくれる広樹。驚くことに凪の顔色が随分と良く見える。色白の凪にペールブルーが馴染んでおり、春夏はこれ1枚で決まりそうである。

「わぁ……すごく綺麗な色……これ着てみたい……!」

 凪が鏡を見て嬉しそうに笑った。



 めちゃくちゃ笑顔が可愛いくないか……?



 大人しそうに見える凪が見せた笑顔に、広樹は見惚れてしまった。この子……こんないい笑顔するんだな……もっと見ていたい……


「ヒロさん、ありがとうございます! いい買い物ができました」

 コート、そしてシャツはペールブルーとホワイトを購入した凪。他にも広樹に勧められた小物を買って満足そうである。

「良かったよ、またこういった機会があれば招待するよ」

「ほ……本当ですか?」

 また凪が嬉しそうな顔をするので、広樹も嬉しくなって心の中でガッツポーズをしている。


「凪くんはそうやって笑っている方が、俺は好きだな」

「えっ……そんな……」

 好きという言葉に反応するかのように、頬が染まっていく。恥ずかしそうに困ったような顔をする姿がまた……可愛い。

 今日一日でこんなに色々な表情が見られるとは……広樹は凪ともう少しだけ一緒にいたいと思った。


 一方の凪は、鏡の前でペールブルーのシャツを合わせてくれた広樹と距離が近くて、ふわっと香りもしたのでその時から「近い……」と思いながら緊張していた。

 ヒロさんの選んでくれた服や小物だなんて……着るのが勿体ない……だけど着たい……ああどうしよう……



 広樹が言う。

「凪くん……この後怜のバーに行こうと思うんだけど……一緒に来る?」

「えっ……行きます! 行きたいです!」

 先程から本当に嬉しそうにしている凪。

 洋服は人を変えるとも言われている。気に入った服を着るともっと外に出てみたくなるものだ。こうやって1人でも多くの人が嬉しそうにしていると、こちらも同じように嬉しくなる。

 ただ今日は……凪だから余計に嬉しいのかもしれないな、と思いながら広樹は凪を連れて怜のバーへ向かった。



「いらっしゃいませ」

 広樹と凪が中に入るとカウンターには日向、亜里沙ありさ景子けいこがいた。

「よお、怜」

「おお、ヒロ。凪くんも一緒か」と怜が言う。

「うちのファミリーセールに来てくれてな」

「そうか、良かったな」


 日向が気づいて凪に話しかける。

「凪くん、いいもの買えた?」

「うん……ヒロさんに選んでもらったんだ」

 落ち着いてはいるが、楽しかったのが伝わってくる。

「いいなぁ、僕もまた行きたいな……ね、怜さん♪」

 日向が怜にいい服を買ってもらおうとしているのがバレバレであるが、

「……また今度な」と怜は言った。


「日向と怜さんのお知り合い?」と言うのは亜里沙。

 日向と同じ大学、同じサークルに入っており、もともと日向に片想いしていたが怜と付き合っていることを知り、今は良い相談相手、友人関係である。ちなみに秋頃にサークルの先輩から告白され、いいお付き合いをしている様子。


「すごいお洒落な人……怜さんとどういう関係かしら」と広樹をじっと見ているのは景子。

 亜里沙の高校時代からの友人で、何かと亜里沙の恋愛相談に乗ることが多かった。年上好みで怜に憧れていたが、今は「怜の推し」と自分で言っている。お酒に強くテンションも高めである。


「怜さんの高校時代の同級生の広樹さん……ヒロさんっていうんだよ。怜さんとヒロさんはバレー部に入ってて……怜さんがアタック決めると格好よかったみたいで……」と日向が喋り出す。

 話が長くなりそうなので、

「日向くん、怜さんが格好いいのはよくわかったから。今日の惚気話はここまでね」と景子に言われる。


「あ、つい……それと、こちらは凪くん。拓海くんの従兄弟なんだ」

「あら拓海くんの……よろしくね」と亜里沙。

 亜里沙と景子も自己紹介をして5人がカウンターに並んで話していた。


「海外ブランドですって? だからそんなにお洒落なのですね……」と景子。

「ハハ……君達にも、とは思ったがほとんど紳士服でね」と広樹。

「そうなんですね、やっぱり着るもので印象変わりますよね! ちなみにヒロさんは女性のファッションの好みはあるんですか?」と景子が尋ねる。

「そうだな……シンプルでも華やかでもいいんだが、職業柄こっちの方が似合うとか考えてしまってな。自分がそう思っていても相手は納得してくれないこともあるんだ……だから選んだ服を気に入ってもらえるのが一番嬉しい」


 そう、彼があの可愛い笑顔を見せてくれた時……嬉しかったんだよな……と思いながら広樹は凪の方をちらりと見た。

 凪も広樹の方を見て穏やかな表情を見せる。



 そして帰り道に凪が広樹に言う。

「あの……また……お会いできますか? あのバーにいらっしゃることがあれば……」

 凪に見つめられ、広樹もつい凪を見てしまう。

 もっと君の笑った顔が見たい……ん? そうだ、と思い、

「仕事もあるからな。行く日が分かれば……連絡していいか?」とスマホを取り出した。

「はい……!」

 少しずつ距離が縮まっているような気がして、凪は喜びを隠せなかった。その表情がまた広樹の心を満たしてくれるのであった。



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