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第46話 思い浮かぶ人

 ある日。

「翔くん……付き合ってください」

「……ああ」

 クラスで一番可愛い子らしいから、いいか。

「翔くん、一緒に帰ろ♪」

「……ああ」

 行き帰り一緒かぁ……何喋ろうかな。まぁ向こうの話を聞いておけばいいか。

 あとは僕の言うことを何でも聞いてくれるから……


 別の日。

「翔、あたしなら翔にそんな顔させないわよ、付き合って」

「……ああ」

 何か楽しそうな子だしいいか。

「あたしだって辛いことあるんだからっ……翔に頼りたい時だってあるの……」

 え、急にそう言われても……まぁいいか。優しくしておけば機嫌良くなるだろう……


 また別の日。

「お前……うちの妹を散々弄んでくれたな?」

 え……誰ですか?

「お前のせいで……僕の彼女が……」

 え……あの子と付き合ってたんですか?


 はぁ……

「翔!」

「拓海か……」

「どうしたんだよ、また彼女を泣かせたのか?」

「仕方ないだろう? 向こうから来るから付き合ったのに……何故か続かないんだよ。ま、可愛い子と付き合えればとりあえずいいかなって」

「相変わらずだな、人間関係に疲れないか?」


「……慣れた」

「ハハ……翔らしいや。自分のペースに持っていくの、うまいよな」

「お前はいつも楽しそうだな」

「ん? 翔は人気があって……楽しくないのか?」

「どうかな……自分の気持ちって何なんだろう。女の子はみんな可愛いから付き合ってるけどさ。数ヶ月経てば飽きてくるものだろう、お互い」


「おっと……俺のことは飽きないでくれよ?」

「何言ってんだよ……お前がいないと話し相手いないし」

「翔は……俺の前では正直だな」

「まぁ……拓海になら何話してもいいような気がするんだよな」

「俺も翔の話は聞いてて飽きないよ。そうだ、そういう女の子を探せばいいんじゃないか?」

「ハハハ……誰かいないかな」



※※※



 夢か……

 翔がベッドから身体を起こす。最近よく見る夢。自分が好き勝手していてもいつも話を聞いて、明るく笑い飛ばしてくれた拓海の夢。そして、ひなくんを好きになった時も拓海は「おい何してんだよ」とか言いながらも、一緒にいてくれた。


 親友がいて良かった……と思う今日この頃である。



※※※



 今日は初めてのゼミの授業。文献を読んで発表といった流れだろうか。いつも通り拓海が隣にいる。さらに専門分野を学ぶということで、皆が熱心そうに見えたが……

 授業が終わるととりあえずといった感じで連絡先交換が始まった。


「翔くん」「翔くん」と女子達に話しかけられながら、流れに任せてどうにか話をしつつ、拓海と教室を出た。

……ホッとした。教室から出ただけなのに。

 ひなくんのことを好きになって、父さんとひなくんのことを見守ろうと決めた時からだろうか。女の子が自分に本気にならないように、無難にスルーしているつもり。

 父さんも言ってたな……いつか大事にしたい人が現れるって……


「おい翔? 疲れてる? 相変わらず人気あるな、羨ましいよ」と拓海に言われる。

「ゼミって距離近いよな……あんまり女の子に近づかれるとまた泣かせてしまうかも」

「翔、決めたんだろう? ちゃんと相手と向き合うって。女の子に何か言われたらその時は優し〜く振ってあげるんじゃなかった?」

「そうは決めたけど、なるべくなら何もないまま過ごしたいからね。平和に」

「そっか、贅沢な悩みだこと」

「あーこういう時は……」

「こういう時は?」

「……ひなくんに会いに行くか!」

「結局そうなるのか……」



 バーに行くと日向が待っていた。

「やぁひなくん。今日も可愛いね」

 これを言わないと何となく元気が出ない。

「翔くん、ゼミどうだった?」と日向。

「まだ始まったばかりだから何とも言えないけど、ひなくんより可愛い子がいなくてね」


「あのさぁ、翔くん。誰かを基準にするとなかなか出逢えないと思うよ? 何にも考えずに頭の中に思い浮かぶ人とかいないの?」と日向に言われる。

「あとは……ゼミは出逢いを求めるところじゃないぞ、まずちゃんと授業を受けるんだ」と怜にも言われる。

「ハハ……だよな。拓海と一緒に頑張りまーす」


 何にも考えずに頭の中に思い浮かぶ人か……と拓海が思う。

 俺が思い浮かぶのは……翔しかいない。初めて会った時に強く惹かれたことは今でも覚えている。軽そうには見えるけど俺には何でも話してくれるのが嬉しくて……気づいたら親友ということになっている。親友ならこのままずっと一緒にいることができるのかな、なんて。


「そういう日向くんの頭の中に思い浮かぶ人は……怜さんか?」と拓海が言う。

 日向がぱぁぁっと笑顔になる。わかりやすい……可愛い……と怜がニンマリするのを抑えながらカクテルを作っている。

「僕は6年ぐらい前から……怜さんのことを考えてたんだ……それで、今も考えているんだ。ね、怜さん」

「今も考えているって……見たら分かるから」と怜が言う。

「怜さんの思い浮かべる人は?」

 明らかに自分だと言って欲しそうな日向である。可愛いので、

「ひなに決まってんだろ」と言ってあげる。


 そう言ってくれるとわかってはいたものの、実際に言われて顔を赤くする日向である。ああ照れた姿も可愛い……と思いながら、

「どうぞ」とカクテルを提供する怜である。


「じゃあ、拓海くんは誰を思い浮かべるの?」と日向が尋ねる。

「それは……翔だよ」

「親友だもんね、翔くんは誰か思い浮かぶ人いる?」と日向が翔に聞く。


 またひなくんと言うんだろうな、と思う拓海。

 ひなって言ったら何て言ってやろうか、と考える怜。


 しばらく考えていた翔であったが、こう答えた。

「……あ、拓海かも」

「え?」 拓海が驚いて声をあげた。

「最近よく夢に出てくるよ、拓海がね」

 翔にそう言われて、拓海は何と言っていいのか分からず、頬が徐々に染まっていくのを感じた。

「いいね、親友同士で♪」と日向が言うが、怜は以前からこの2人は親友以上になりそう、と思っていたのでフフッと笑っていた。


「拓海がいなかったら……僕は本当に1人になってしまいそうだからさ」

「翔……俺ぐらいだぞ。お前の話聞いてやれるの」

「だな、ありがとう。拓海」

 翔が笑顔になるので拓海はまた顔が熱くなってきた。俺は相変わらず翔の笑顔には弱いな……


 このまま親友でいたいような、もう少し深い関係になりたいような……ん? 今……俺……深い関係って……何考えていた? え? 何だこの気持ちは……

 翔の方を見る。見れば見るほどドキドキしてくる。

 いや、気のせい……気のせいだから……

 ふぅと息を吐いて拓海はカクテルを飲んだ。



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