そして翔と拓海のゼミの日。
葉月が何と言ったのかは不明だが、明らかに女子達の翔を見る目が変わっていた。
それでも翔は「むしろ気楽だ」と言いながら、授業を受けていた。大学ではいつも通りのノリで2人で過ごしている。
バーへ行くと、先に日向が来ていた。
「やぁひなくん、今日も可愛いね」どうやらこの言葉は変わらないらしい。
ただ今日は日向が、
「やぁ翔くん、今日格好いいね」と言った。
え? という顔をする怜と拓海。そして翔も若干だが戸惑っていた。
「何となく……今日の翔くんと拓海くん、格好いい」と日向が笑っている。
珍しく日向が何かに気づいてるのか? と翔と拓海は思ったが、とりあえずは席についた。
その後には、凪が広樹と腕を組んで入ってきた。
凪は翔と拓海の様子から何となく気づいたようで、こっそり拓海に言う。
「いい感じじゃん」
「まぁな」
「親友、卒業できた?」
「……うん」
「フフ……トリプルデートのおかげだね」
「かもな」
「僕に感謝してほしいな」
「え? 凪、何かした?」
「僕達が羨ましかったんでしょ?」
「あ……そうかな……」
広樹が話しだす。
「片付けていたら、高校時代の写真が出てきてさ、バレー部で撮ったやつ」
「え! 見たい……!」と日向が前のめりになっていた。
「ヒロさん、ちょっと雰囲気違う。今の方が格好いい」と凪。
「父さん若っ……」と翔。
「ほんとだ、怜さん若い……」と日向。
「……年は取るだろ」と怜。
「うーん……僕どっちの怜さんがいいか迷う」と日向が言う。
「若い俺の方が良かったか?」
「……」
「……」
「決めた! 両方!」
「ひな……両方って……」
「どんな怜さんも好きってことで」
日向がそう言うので怜は少し赤くなっていた。
※※※
「いらっしゃいませ」という声とともに亜里沙と景子が現れた。カウンターが満席だったので、すぐ近くのテーブル席に座る。
「はぁ……疲れた」と景子。
「やっぱり忙しいの?」と亜里沙。
「まぁね……もう、なかなかここにも来れないかも。ちゃんと勉強しなきゃ」
「そっか……」
「今日のカウンター席盛り上がってるわね」と景子が気づく。
「そうね、みんな来てる」
「うーん……あの2人、距離が縮まったわね」景子が凪と広樹を見て言う。
「え、そう?」
「服のテイストが似ているわ、それにお揃いのブレスレット……凪くんだっけ? ずっとヒロさんのこと見つめてるし」
「言われてみれば……」
亜里沙が話す。
「多様性って感じがするわね。性にとらわれない、自由な生き方……」
「自由か……私も自由がほしい」と景子が嘆いている。
そして景子がスケジュールを確認し、あっと言う。
「ごめん亜里沙、明日までの課題が残ってたわ。また今度ね」
「うん、お疲れ様」
景子がだんだん忙しくなってくるのは分かっていた。もうこれまでのように会うのは難しいかもしれない。
カウンター席が空いたので日向に呼ばれて亜里沙は日向の隣に座った。
「この前、ヒロさんが僕達に服を選んでくれたんだ」と亜里沙に報告している日向。
「そうなの? 良かったじゃない」
「この6人で出かけたんだよ」
「わぁ……楽しそうね」
「ダブルデート? っていうのかな」
「ダブルデートって……」
亜里沙は先ほど景子から聞いたとおり凪と広樹の方を見る。
「もしかして……ヒロさんと凪くんも?」
「そう! 亜里沙、鋭いねー」
いつも通り、ひなが鈍感なんだよ(可愛いけど)と思う怜である。
「そのブレスレット、素敵ですね」と亜里沙が広樹と凪に言う。
「まぁ……お揃いで」と広樹。
「え! ほんとだ……いいなぁお揃い……」と日向。
日向が怜の方をちらりと見る。
「キーケース買っただろ?」と怜に言われた。
そうだ、お揃いのキーケースに同じ鍵を入れている。
「やっぱりお揃いの何かが欲しくなるよね」と凪も言う。
わかってはいたものの仲が良いな……と思う亜里沙。自分はLGBTQプラスというのを調べて、彼らのことを理解しようとしていたけど……単に好きな者同士で仲が良いだけで、自分達とさほど変わらない。
あまりそういう括りに固定させるのも良くないかも……と思った。
「あのさ、ダブルデートじゃなくて……トリプルデートみたいなものだよね?」と凪が拓海の方を見る。
「え? どういうこと?」と日向。
「あ……」と拓海が翔の方を見る。
「僕達もそういう仲になったのさ」と翔が言ってくれた。
「そうなんだ!」と日向。
「拓海くん……引き続き翔を宜しく頼むよ」と怜。
ということは……3組のカップルがいるのか。
ぱっと見は男性陣の中自分1人、紅一点に見えるが実際には自分だけお一人様ってわけか……と亜里沙が考える。
彼氏を連れて来ても良かったが、ここではただ何も考えずに過ごしたいとも思う。(何となく、恋人同士という雰囲気にまだ慣れていない)
「見ていて飽きないわね」
「え、そう?」と日向に言われる。
「こっちまで楽しくなってくるわ。なかなか……こういうことってないものよ。気にしなくていいって言われても、やっぱり気を遣うからね。ここにいる人たちはそれぞれ仲良いけど、あたしとか……他の人が来ても普通に喋ることができる感じ」
「亜里沙、それは全員男性だからかも……」
「あ……確かに」
ちょっと良いことを言ったつもりが……亜里沙は恥ずかしくなった。
「フフ……けどそう言ってもらえるのは嬉しい。僕はあまり気にしないけど、気を遣う人もいるもんね」と日向が言う。
「ねぇ日向、怜さんとは休日どう過ごしているの?」
唐突に亜里沙が尋ねるので、日向は少し照れているようだ。
「ふ……普通に家にいたり……その辺出かけたり……この前は映画行った」
「へぇ……楽しそう」
「亜里沙、どうかした?」
「あたしも楽しいといえば楽しいけど……彼は前から知ってる先輩だから、その……」
「……刺激が欲しいんだ」
日向の口から刺激という言葉が出るとは……
「いや、あの……刺激……まではいかなくても何かこう……ドキドキするような何かと言うか」と亜里沙が誤魔化すように言ってる。
「……それは贅沢な悩みだよ」
「え?」
「何事もなく好きな人と平和に過ごせることって……奇跡に近いんだよ」
「日向……」
初めて日向に会った時から、彼はいつも自分の知らない遠くの場所を見つめているようだった。もしかしたら見えない場所で計り知れない苦労をしていて、やっと手にした幸せなのかも……
「あ……でも……やっぱりドキドキは欲しいよね」日向がクスッと笑った。
「……そうね。安心感はあるけど」
「じゃあいいんじゃない?」
「うん、確かに」
いつの間にか日向に話を聞いてもらうことになるとは……
「僕だって悩みがないわけではないよ」と日向が言う。
「そうなの?」
「みんな何かしら悩みや不安はあるけど、そんなものだよ」
「日向、何だか落ち着いたわね」
「フフ……これは怜さんが僕に言ってくれたんだ」
「……しれっと惚気話ね」
「いつも僕が不安な時は怜さんに甘えてるから」
「あら、お熱いこと」
「そうだ、亜里沙も先輩に甘えたらいいんだよ」
「あ……甘える……か」
男性に甘えてきたこともあったが、最近すっかり忘れていた亜里沙である。
「今の状況とか先輩に言えばいいんだよ、もっと刺激がほしいとか」
「……そんなあからさまに言えないわよ。けど甘えるのも大事かも。そこで相手にどう言われるかよね」
「怜さんはいつも優しく包み込んでくれる感じで……」
また惚気話かと思いつつ、そういう恋人がいることに関してはいいなぁと感じた亜里沙であった。
「じゃあさ、凪くんはヒロさんに甘えているとして……翔くんと拓海くんはどんな感じかしら」
「え、わかんないけど……聞いてみれば?」
「そんなの聞けないわよ……まぁまずは、先輩ともうちょっと話してみるわ」
「そうだね」
思えば、前に亜里沙は「すれ違いになるから思ったことは相手に正直に話す」ことを日向に言っていた。他人には言えても、自分のことはなかなか気づけないものである。
「話せてよかったわ、ありがとう日向」