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第55話 応援しているよ

「いらっしゃいませ」

 今日は広樹が1人でバーへ来た。

「よお、怜」

「いらっしゃい、ヒロ」

 メニューを見せる怜に広樹が話し出す。

「この前さ、健康診断の結果が出て……気になってた数値が大して下がってなかったんだ」

「そうか、通院しているんだっけな」

「ああ、やっぱり生活習慣を変えないとってやつかな。食事とか」

「なかなかすぐには難しいよな」


「怜は健康診断受けているか? 大事だぞ?」

「今年はまだだったな……」

 正月に健康第一という目標を立てたものの、特に何かに気をつけているわけではない。そういえば……

「最近胃の調子が良くないな」と怜。

「おっと……胃が痛いのは辛いな」

「食べた後ちょっと痛むかもしれない……」

「それ、診てもらった方がいいんじゃないか?」


「胃薬は飲んでいるのだが……そうだな、店に立てなくなったら行くか」

「いや、もう少し早くてもいいと思うぞ?」

「うーん……」

「日向くんは知ってるのか?」

「いや、知らない……ひなも就職活動が始まるから」

「わかるよ、迷惑はかけたくないよな。俺もこの前、凪に持病の話はした。俺で本当にいいのかと思ってたんだが……一緒にいたいと言ってくれてな」

「それは良かった」

「だから、あの日向くんなら……伝えてもいいんじゃないか? 怜だって日向くんの胃の調子が悪かったら知らせて欲しいだろう?」

「それはそうだが……」


 あれだけ年が離れていたら……自分のせいで彼に負担がかかることもありそうだ。今は大丈夫でも……将来のことを考えると不安になるものである。

 何があっても側にいるのが夫婦だとして、果たして日向は自分のことを……どう思っているのだろうか。

「お互い、健康には気をつけなければな」

 広樹が怜に言った。



※※※



 今日ヒロさんの家に行ってもいい?


 凪からメールが届いた。バーで待ち合わせではなく、広樹の家に直接行きたいという。

 そして広樹が家に帰ってすぐに凪が来てくれた。


「ヒロさん、これ……」

 凪は数種類のおかずをタッパーに入れて持って来てくれた。

「これ……凪が作ったのか?」

「うん……ヒロさんの食生活聞いてるとちょっと心配になっちゃって」

「そんな……こんなにたくさん大変だろう?」

「大丈夫だよ、僕こういうの慣れているから。それよりもヒロさんに健康でいて欲しいし。あと、バーは控えめにするかアルコールなしの方がいいかも」


「凪……ありがとう」

「晩、食べた?」

「いや、まだだ」

「じゃあ……食べて欲しいな」

 広樹は凪の作った煮物を食べてみた。

 あっさりしていて優しくて美味しい……

「めちゃくちゃ美味いよ」

「本当? 嬉しいな」

 こんなに料理上手なのに凪のどこが「期待外れ」なのだろう。そう言われていたのが信じられない。広樹にとっては期待以上のそのまた上である。


「ヒロさん……」

「ん?」

「今日泊まっていってもいい?」

「いいよ」

 凪が喜んでいる。


 可愛い凪と美味しいおかず……俺、こんなに恵まれていて良いのか?

「そうだヒロさん、ちょっと相談なんだけど」

 そう言って凪は就活の話をする。

 色々と考えていて偉いと思う広樹。さっきから……凪のことを褒めてばかりだ。


「ヒロさん、そんなに褒めてくれるなんて。みんな普通に就活のことぐらい考えるよ」

「まぁ、そうだけど……」

「でも嬉しいからいっか」

 あ……その笑顔がまた可愛い……

 そう思って広樹は凪を抱き寄せる。

「ふふ……ヒロさん……」

「凪……」

 今日もたくさん甘えられるかな……そう思いながら広樹に抱かれて幸せそうな顔をする凪であった。



※※※



「はぁ……」

 やはり怜の胃の調子は良くないようだ。結局、内視鏡検査を行うことになった。

「怜さん……」

 食欲のない怜を見て、日向が心配している。

「ひな、お前は就活も控えているんだから……俺のことは気にせずにな」

「怜さん、就活はあるけど……僕でも出来ることがあったら言って」

「じゃあ……」

「……」

「……抱き締めてもいいか?」


 日向はバーの2階で怜に初めてそう言われたことを思い出す。もう1年以上経つけれど、あの時の幸せだった気持ちはずっと忘れられない。

「怜さん……怜さん……」

「……何で泣いてるんだよ……ひな」

「だって……思い出しちゃったんだもの」

「フフ……悪い夢でも見たのか?」

「違うよ、初めて怜さんが……」



 初めて怜さんがキスしてくれたこと……



「初めてって……あの時か……」

 お互い初々しさが残っていたあの頃。

 今ではもっと好きだしもっと一緒にいたいしもっと……もっと……


 日向が怜の顔を見つめる。

「怜さん、僕は怜さんの一番近くにいるから……絶対離れないから……」

「ひな……」

 その日のキスは、初めてのキスと同じぐらい温かくて濃厚で、少し懐かしい味がした。日向が怜の背中に手を回してゆっくりさすっている。

「ありがとう、ひな……」



※※※



 そして怜の内視鏡検査の結果は……

「胃潰瘍だった。入院が必要になる」

「え……胃潰瘍……ストレス……?」と日向が言う。

「よくわからないが……1週間か2週間ぐらいの入院だ」

「怜さん……」

 胃潰瘍で入院って相当酷いんじゃ……日向は不安でいっぱいになり泣き出しそうになったが、必死で抑える。

「僕、応援しているよ。怜さんなら大丈夫」

 日向が怜に抱きついている。

「そうだな。しっかり治してくるよ」と怜が言って日向の髪を撫でていた。



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