「わかったよ父さん、お大事にね。何かあれば言って」
翔が怜と電話をしていた。
胃潰瘍か……元気そうだったけど苦労していたのか。
「大丈夫なのか?」と拓海も心配している。
「1週間ぐらいの入院が必要だけど、そこまで心配いらないって。だけど食欲はあまりないみたい」
「食べられないのは辛いよな……」
大学で亜里沙にも怜のことを話した日向。
「胃潰瘍って入院するの? 大変ね……」
「僕……怜さんのこと応援してるとは言ったんだけど、不安だよ……」
きっと怜さん自身が一番辛い。だけど自分も辛くて亜里沙につい話してしまう。
「それは不安になるわよ、今は家にいるの?」
「うん、お店も休んでいて入院前の検査もあるみたい」
「そっか……日向もしんどくなったら駄目だからね。色々やろうとしているんでしょう? 無理しないで」
「うん、ありがとう」
バーに怜はいないものの、残りのメンバーで対応されている。怜がしばらく休むことになったこともあり、常連客は少なくなってきている。
「ただいま。怜さん」
「おかえり、ひな」
バーではなくて家で過ごす時間が増えた2人。怜のことは心配だが……こうやって家でゆっくり過ごすのも悪くないなと思う日向である。
ピンポーン
広樹と凪が来てくれた。
「これ、作ってきました」
凪がおかずの入ったタッパーを持って来てくれた。
「すごい……これ凪くんが?」日向も驚く。
「消化に良さそうなものを中心に持ってきました。お口に合えばいいのですが」
「怜、これめちゃくちゃ美味いから」と広樹が言う。
「ありがとう、凪くん……君も忙しいだろうに」と怜。
「いえ、一度に作った方が早いので。ヒロさんから聞きました……お大事にしてください」
「俺も健康に気をつけろってことで……凪が時々作ってくれるんだ」と広樹。
「そうだったのか、俺達の分までありがとな」
「怜さん、これは怜さん用だから……」と日向が遠慮している。
「日向くんの分もあるけど、僕達はもうちょっとガッツリ食べたいよね」と凪。
「若者が羨ましいな、ハハ……」と広樹が呟いていた。
※※※
ある日、凪から日向に連絡があり2人で会う約束をした。
ファミレスでドリンクバーを注文して日向がオレンジジュースを飲んでいる。
「日向くん、オレンジジュース似合うよね」と凪に言われる。
「それ前に怜さんにも言われた……お酒飲めないから仕方ないんだけど」
「日向くんは就活の準備、進んでる?」
「うん……まだ絞り込めてないんだけど」
「僕、ヒロさんにいつも甘えてたんだけど、もうすぐ社会人になるなら少しはしっかりしないとって思って……」
「そうなんだ、それもそうか……」
「日向くんは怜さんと1年ぐらいだろ? その……うまくいく秘訣とかあるのかなって思って」
日向がこの1年を思い出す。ほぼ怜に頼りっきりであったような気がする。
「2年生だったのもあるかもしれないけど……怜さんの優しさに甘えてここまで来ちゃった」
「フフ……やっぱりそうなんだ」
「やっぱりって……凪くんたら」
「まぁ、年離れてたらそうなるよね」
「うん。だけど、怜さんがもうすぐ入院することになったし、僕も怜さんの役に立てるならとは思ってる。一緒に住んでいる家族みたいなものだから」
「家族か……」
家族という響きを聞くと、今後のことを考えてしまうが……まずは就活である。
「よくさぁ、大学から付き合ってそのまま結婚する人いるじゃん、そういう人達っていつ頃から考え出すんだろう。家族になるってこと」と凪が言う。
「仕事が軌道に乗ってからとかじゃない? それか大学の時からかも」
「大学の時から……」
「凪くんはどうしたいの? ヒロさんとのこと」
「もちろん一緒にいたい。ただ向こうは気を遣ってそう。これから僕にはまだ出会いがあるんじゃないかって思ってる」
「怜さんもそうだったよ」
年の差恋愛とはそういうものである。わかってはいたが、自分達はさらに同性カップルということもあり、色々と考えてしまいそうだ。
凪が話し出す。
「実は僕は女子が苦手で……付き合ってもうまくいかなかったんだ」
「そうなんだ、凪くん女子に慣れてそうなのに」
「気が利かないし、頼りないって言われるし……」
「あんなにおかず作って持って来てくれるのに?」
「あれは……ヒロさんだから。ヒロさんが好きだから、体調が心配になって作ったんだ。今まで誰かに料理を振る舞ったことなんて……実家の家族ぐらいだよ」
「へぇ……」
「ヒロさんに出逢えて気づいた。僕はああいう人が良かったんだ。誰かに頼りたかったし甘えたかった。男性を好きになったの、初めてだったんだけど……それまで女子と付き合うのが普通だと思ってたから」
「周り見たら、みんな男女だもんね。僕も最初はよく分からなかったけど、怜さんのこと、好きな気持ちに嘘はないから。これからのことも気になるけど、それよりも……」
「それよりも?」
「今、怜さんとの時間を大切にしたい」
「日向くん……」
「今、怜さんが苦しんでいるなら、側についていたい。怜さんが元気になったら、また一緒に出かけたい。まだまだ話したいことだっていっぱいあるんだから……」
そう言う日向の目は真剣そのもの。
凪も今は広樹と一緒にいたいと思っていたが、懸念していることだってある。年も離れており広樹のことを理解できるかがわからない、そして広樹にも気を遣われてしまう。
それでもシンプルに「怜さんとの時間を大切にしたい」という日向の言葉は、凪には十分響いたようだ。怜と過ごしてきた1年間の想いを感じる。日向は単に怜に甘えているだけではない、どんな時でも怜と一緒にいるという……覚悟のようなものがありそうだ。
「僕も……ヒロさんの力になりたい」と凪。
「え? あんなに美味しいごはんを作ってくれてるんだもの。絶対ヒロさん心強いよ。僕だって怜さんの作るごはんが好きだから」
「うん……そうだね。ありがとう、日向くん」
「ところでさ……」
日向が凪をじっと見て言う。
「僕にでもできる簡単な料理ってある?」
「え? ああ……そうだな……怜さんのために?」
「それもあるけど……これまで怜さんに頼りっぱなしだったから、最低限はと思って」
凪が考えている。
「まずは無理しないことかな……今は100均で便利な調理グッズが売ってるよ。僕も使うことあるし。これから就活で忙しくなるだろうから……そういったグッズからというのはどうかな」
「なるほど……」
「あとは……このサイトとか、初心者向けかつレンジのみのレシピとか……忙しい人用のものが載っているかな」
「おお……これいいね」
「フフ……」と凪が笑う。
「凪くん、どうしたの?」
「何か花嫁修行でもする人みたい」
「ええ? ちょっと凪くん!」と日向は言うものの、少しドキドキしている自分にも気づく。
「ごめん、一生懸命な日向くんを見ていたら、本当に怜さんのこと考えているんだなと思ったからさ」
「そうだよ、いつも考えてる。9割怜さん、残りは就活」
「ハハッ……就活の割合少なすぎ」
「あ……確かに1割は少ないね。じゃあ2割」
「大して変わってないし」
そして凪に付き添ってもらって100均で調理グッズを買ってみた。
少しでもいい、出来るところから怜さんに……
「ただいま、怜さん」
「おかえり、ひな……ん? 何だそれは」
怜が100均の袋を見ている。
「僕でもできる調理グッズ……買ってきた」
「え……ひな、まさか俺のために?」
「うん……だけどこれから僕も簡単な料理はできるようになりたいから、少しずつ頑張りたい。凪くんに教えてもらったよ。いいサイトがあるって」
「……こんな俺のために……悪いな」
「ううん、僕は怜さんの辛さが少しでもマシになるなら、出来ることはやりたいから。今日これで何か簡単なやつできるかな? えーと……」
日向がスマホでレシピを見ていると後ろから怜に抱きつかれた。
「……怜さん……これじゃ集中できないよ……」
「どんなレシピかなと思って」
怜の顔が自分のすぐ隣にあったので、日向はドキッとする。やっぱり怜さんが僕の心の9割を超えそう……
「怜さん……」
「ん?」
「もう少しこのままでいてもいい?」
「……いいよ、ひな」