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第56話 どんな時でも一緒にいること

「わかったよ父さん、お大事にね。何かあれば言って」

 翔が怜と電話をしていた。

 胃潰瘍か……元気そうだったけど苦労していたのか。

「大丈夫なのか?」と拓海も心配している。

「1週間ぐらいの入院が必要だけど、そこまで心配いらないって。だけど食欲はあまりないみたい」

「食べられないのは辛いよな……」


 大学で亜里沙にも怜のことを話した日向。

「胃潰瘍って入院するの? 大変ね……」

「僕……怜さんのこと応援してるとは言ったんだけど、不安だよ……」

 きっと怜さん自身が一番辛い。だけど自分も辛くて亜里沙につい話してしまう。

「それは不安になるわよ、今は家にいるの?」

「うん、お店も休んでいて入院前の検査もあるみたい」

「そっか……日向もしんどくなったら駄目だからね。色々やろうとしているんでしょう? 無理しないで」

「うん、ありがとう」

 バーに怜はいないものの、残りのメンバーで対応されている。怜がしばらく休むことになったこともあり、常連客は少なくなってきている。


「ただいま。怜さん」

「おかえり、ひな」

 バーではなくて家で過ごす時間が増えた2人。怜のことは心配だが……こうやって家でゆっくり過ごすのも悪くないなと思う日向である。


 ピンポーン


 広樹と凪が来てくれた。

「これ、作ってきました」

 凪がおかずの入ったタッパーを持って来てくれた。

「すごい……これ凪くんが?」日向も驚く。

「消化に良さそうなものを中心に持ってきました。お口に合えばいいのですが」

「怜、これめちゃくちゃ美味いから」と広樹が言う。


「ありがとう、凪くん……君も忙しいだろうに」と怜。

「いえ、一度に作った方が早いので。ヒロさんから聞きました……お大事にしてください」

「俺も健康に気をつけろってことで……凪が時々作ってくれるんだ」と広樹。

「そうだったのか、俺達の分までありがとな」

「怜さん、これは怜さん用だから……」と日向が遠慮している。

「日向くんの分もあるけど、僕達はもうちょっとガッツリ食べたいよね」と凪。

「若者が羨ましいな、ハハ……」と広樹が呟いていた。



※※※



 ある日、凪から日向に連絡があり2人で会う約束をした。

 ファミレスでドリンクバーを注文して日向がオレンジジュースを飲んでいる。

「日向くん、オレンジジュース似合うよね」と凪に言われる。

「それ前に怜さんにも言われた……お酒飲めないから仕方ないんだけど」


「日向くんは就活の準備、進んでる?」

「うん……まだ絞り込めてないんだけど」

「僕、ヒロさんにいつも甘えてたんだけど、もうすぐ社会人になるなら少しはしっかりしないとって思って……」

「そうなんだ、それもそうか……」

「日向くんは怜さんと1年ぐらいだろ? その……うまくいく秘訣とかあるのかなって思って」


 日向がこの1年を思い出す。ほぼ怜に頼りっきりであったような気がする。

「2年生だったのもあるかもしれないけど……怜さんの優しさに甘えてここまで来ちゃった」

「フフ……やっぱりそうなんだ」

「やっぱりって……凪くんたら」

「まぁ、年離れてたらそうなるよね」

「うん。だけど、怜さんがもうすぐ入院することになったし、僕も怜さんの役に立てるならとは思ってる。一緒に住んでいる家族みたいなものだから」


「家族か……」

 家族という響きを聞くと、今後のことを考えてしまうが……まずは就活である。

「よくさぁ、大学から付き合ってそのまま結婚する人いるじゃん、そういう人達っていつ頃から考え出すんだろう。家族になるってこと」と凪が言う。


「仕事が軌道に乗ってからとかじゃない? それか大学の時からかも」

「大学の時から……」

「凪くんはどうしたいの? ヒロさんとのこと」

「もちろん一緒にいたい。ただ向こうは気を遣ってそう。これから僕にはまだ出会いがあるんじゃないかって思ってる」

「怜さんもそうだったよ」


 年の差恋愛とはそういうものである。わかってはいたが、自分達はさらに同性カップルということもあり、色々と考えてしまいそうだ。


 凪が話し出す。

「実は僕は女子が苦手で……付き合ってもうまくいかなかったんだ」

「そうなんだ、凪くん女子に慣れてそうなのに」

「気が利かないし、頼りないって言われるし……」

「あんなにおかず作って持って来てくれるのに?」

「あれは……ヒロさんだから。ヒロさんが好きだから、体調が心配になって作ったんだ。今まで誰かに料理を振る舞ったことなんて……実家の家族ぐらいだよ」

「へぇ……」


「ヒロさんに出逢えて気づいた。僕はああいう人が良かったんだ。誰かに頼りたかったし甘えたかった。男性を好きになったの、初めてだったんだけど……それまで女子と付き合うのが普通だと思ってたから」

「周り見たら、みんな男女だもんね。僕も最初はよく分からなかったけど、怜さんのこと、好きな気持ちに嘘はないから。これからのことも気になるけど、それよりも……」


「それよりも?」


「今、怜さんとの時間を大切にしたい」


「日向くん……」

「今、怜さんが苦しんでいるなら、側についていたい。怜さんが元気になったら、また一緒に出かけたい。まだまだ話したいことだっていっぱいあるんだから……」


 そう言う日向の目は真剣そのもの。

 凪も今は広樹と一緒にいたいと思っていたが、懸念していることだってある。年も離れており広樹のことを理解できるかがわからない、そして広樹にも気を遣われてしまう。


 それでもシンプルに「怜さんとの時間を大切にしたい」という日向の言葉は、凪には十分響いたようだ。怜と過ごしてきた1年間の想いを感じる。日向は単に怜に甘えているだけではない、どんな時でも怜と一緒にいるという……覚悟のようなものがありそうだ。


「僕も……ヒロさんの力になりたい」と凪。

「え? あんなに美味しいごはんを作ってくれてるんだもの。絶対ヒロさん心強いよ。僕だって怜さんの作るごはんが好きだから」

「うん……そうだね。ありがとう、日向くん」


「ところでさ……」

 日向が凪をじっと見て言う。

「僕にでもできる簡単な料理ってある?」

「え? ああ……そうだな……怜さんのために?」

「それもあるけど……これまで怜さんに頼りっぱなしだったから、最低限はと思って」


 凪が考えている。

「まずは無理しないことかな……今は100均で便利な調理グッズが売ってるよ。僕も使うことあるし。これから就活で忙しくなるだろうから……そういったグッズからというのはどうかな」

「なるほど……」

「あとは……このサイトとか、初心者向けかつレンジのみのレシピとか……忙しい人用のものが載っているかな」

「おお……これいいね」


「フフ……」と凪が笑う。

「凪くん、どうしたの?」

「何か花嫁修行でもする人みたい」

「ええ? ちょっと凪くん!」と日向は言うものの、少しドキドキしている自分にも気づく。


「ごめん、一生懸命な日向くんを見ていたら、本当に怜さんのこと考えているんだなと思ったからさ」

「そうだよ、いつも考えてる。9割怜さん、残りは就活」

「ハハッ……就活の割合少なすぎ」

「あ……確かに1割は少ないね。じゃあ2割」

「大して変わってないし」


 そして凪に付き添ってもらって100均で調理グッズを買ってみた。

 少しでもいい、出来るところから怜さんに……


「ただいま、怜さん」

「おかえり、ひな……ん? 何だそれは」

 怜が100均の袋を見ている。

「僕でもできる調理グッズ……買ってきた」

「え……ひな、まさか俺のために?」

「うん……だけどこれから僕も簡単な料理はできるようになりたいから、少しずつ頑張りたい。凪くんに教えてもらったよ。いいサイトがあるって」


「……こんな俺のために……悪いな」

「ううん、僕は怜さんの辛さが少しでもマシになるなら、出来ることはやりたいから。今日これで何か簡単なやつできるかな? えーと……」

 日向がスマホでレシピを見ていると後ろから怜に抱きつかれた。

「……怜さん……これじゃ集中できないよ……」

「どんなレシピかなと思って」

 怜の顔が自分のすぐ隣にあったので、日向はドキッとする。やっぱり怜さんが僕の心の9割を超えそう……

「怜さん……」

「ん?」

「もう少しこのままでいてもいい?」

「……いいよ、ひな」



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