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№4 転校生、襲来

 一学期の期末テストが終わり、教室はすっかり夏休みモードだった。あれをしよう、どこへ行こうと相談する声があちこちから上がっている。


 ハルたちも例外ではなく、影子と一ノ瀬と額を突き合わせて会話をしていた。


「夏……! 危険な香り……! か、影子様、ぜひともこの夏私の貞操を……!」


「ふはっ、お前そんなイキったナリしてて処女かよ!」


「へぇ、意外だな」


「塚本は黙ってろこのムッツリ!」


「なんで僕だけノケモノなんだよ!」


「そうだぜ、こいつがいなきゃ始まんねえ。とりまこいつの調教を一か月間かけてやる計画で……」


「その調教をぜひ私に!」


「お前はもうとっくに調教済みだろうがこのゲロブス」


「なんだよ僕の調教って……! こわいこと言うなよ……!」


「それは時が来てからのお楽しみー♪」


「不安しかないよ!!」


 そんな風に各々の夏休みを脳裏に思い描いていると、担任教師が教室に入ってきた。教壇に立つと手を叩き、


「おい、みんな静かに! こんな時期だが、今日からこのクラスに転校生が来るぞ!」


 夏休み前のこんな時期に? 妙だな、と思いながらも、ハルはどんな人物がやって来るのか少し興味があった。


「アタシに次ぐ転校生か……おい、メス豚、アレやれ。アタシに仕掛けてきたやつ」


「えっ、でも……」


「いいからやれよ、命令だ」


「はい♡」


 即効でメス堕ちした一ノ瀬をよそに、ハルは転校生がやって来るのをワクワクしながら待った。


 しばらくして、すぱーん!と教室の扉が開かれる。


 クラス全員が何事かと呆気に取られていると、その隙に『転校生』は教室に飛び込んできた。床に仁王立ちすると、彼女はとても大きな声で自己紹介を始める。


「ハーイ! ワタシ、転校生のミシェーラ・キッドソンっていいマス! ミシェーラって呼んでネ! パパとママはアメリカ人ヨ! ワタシ日本のこととっても好きネ! みなさん、仲良くしてクダサーイ!」


 少女、ミシェーラは金髪碧眼、白い肌の外国人だった。そばかすの散った頬が愛らしい、はつらつとした美少女である。向こうの国の出身らしく、スタイルもぼんきゅっぼんのナイスバディだった。ブラウスの襟元からのぞく胸の谷間に、スカートから伸びる細く長い脚に、クラスの男子の視線は釘付けになった。


 ミシェーラもそれをわかっているようで、調子よくウインクして投げキスなどをしている。


 いきなりの外国人転校生にクラスが騒然となっている中、こほん、と担任教師が咳払いをした。


「……えー、新潟から転校してきた、キッドソンさんだ」


 大盛り上がりだった男子たちが、新潟、の一言を聞いた途端、すん、となった。どうやら両親がアメリカ人というだけで、別にアメリカ出身というわけではないようだ。


 ミシェーラもクラスメイト達も、完全に真顔になっていた。


「…………よろしくお願いします」


 最初のテンションはどこへやら、しおらしくお辞儀をしたミシェーラに、担任教師がフォローの声をかける。


「な、なに、最初から日本になじんでるんだ、お前たちも接しやすいだろう! 席は、そうだな、一番後ろが空いてるな!」


 担任教師は、この日のために作られた空席を差した。ミシェーラは指示された通りにしずしずとその席へ向かう。


 ちょうどハルと影子の間を通る、一ノ瀬の後ろの席だ。影子の転校初日にやったアレをやるには絶好のポジションである。


「……よし、行け、駄犬!」


「はい!」


 転校生が通りすがる一瞬前に交わされたアイコンタクトを合図に、一ノ瀬がミシェーラの足を引っかけようとした。


 伸ばされた足は思惑通りにミシェーラの足を取り、転ばせ……


 そのまま前転のようにごろんごろんと激しく転がったミシェーラは、教室の後方にあるロッカーにぶち当たり、ロッカーの上に載っていたものをすべて落としてしまった。


 予想以上の惨状に唖然としていると、ミシェーラは起き上がって頭を叩きながら舌を出し、


「いっけナーイ! やっちゃっタ!」


 てへぺろとドジっ子アピールをする。まんま一昔前のアニメでやっていた通りの、お手本のようなドジっ子である。


 その一連の動きに、クラスはすっかりなごんでしまった。あちこちから笑いが巻き起こり、あれほど真顔になっていた男子たちもミシェーラを歓迎するムードになっている。


「なんだ、面白いじゃんミシェーラさん!」


「やっぱDNAレベルのノリが違うな!」


「びっくりしちゃったよ!」


 笑顔に囲まれたミシェーラはてへてへと自席へ腰を下ろし、何事もなかったかのような顔をした。


 完全にダシにされた一ノ瀬は、悔しいやら不本意やらで目を丸くしている。影子もまた、思惑が外れて舌打ちをしていた。しかしハルは、大ごとにならなくて済んだと密かに胸をなでおろす。


 担任教師が出ていき、クラスメイト達が『お前行けよ』『いやお前が』と転校生へのアプローチを考えあぐねていると、ミシェーラは急に立ち上がってすたすたと影子の元へ行き、


「アナタだけ制服違うネ。もしかして、ワタシと同じ転校生?」


 ひとりだけ真っ黒なセーラー服を着ている影子に話しかけた。


 クラスの雰囲気が一気に凍り付く。


 よりにもよって塚本さんのところへ行くか……!? と、不穏な気配を察知してざわめくクラスメイト達。


「……んん?」


 当の影子は、新しいオモチャを見つけた子供のような禍々しい笑みを浮かべて転校生を見上げた。


 マズい、これは影子の被害者が増えるパターンだ。


 瞬時にそう判断したハルは、影子がなにか言う前に口を開いた。


「そ、そうなんだ! 僕の親戚で、最近転校してきた塚本影子っていうんだよ! あ、僕は塚本ハル! で、こっちは一ノ瀬三日月!」


 まとめて紹介してなんとか場を取り繕ったハルに、ミシェーラは大げさな驚き顔で、


「オーウ! てっきり『ボクシナ』の美栄ちゃんコスかと思ったネ!」


 いきなり出てきた固有名詞は、今人気のアニメ、『僕は死ななきゃ治らない』のキャラクター名だった。


「えっ、君も見てるの!?」


 そのアニメのファンであるハルは、ついその話題に食いついてしまう。


「もうガチ勢ネ! グッズもめっちゃ持ってるヨ! 面白いよネ!」


 うれしそうに会話に乗ってくるミシェーラに、ハルも顔色を明るくした。


「たしかに影子のカッコって美栄ちゃんに似てるよね!」


「絶対コスだと思ったヨ!」


「じゃあ僕は純也?」


「ウーン、それにしては中二成分が足りないネ! どっちかというと倉本橋ネ!」


「あー、そっちかぁ! じゃあさ、『プリポン』見てる?」


「モチロンチェック済ネ!」


「僕葛葉ちゃんが一番好きでさ、君は誰推し?」


「ワタシも葛葉ちゃんヨ! 推し仲間ネ!」


「やっぱり? ミシェーラさん話合うなぁ!」


「フフ、水くさいネ、ミシェーラ、って呼んでヨ!」


「うん、ミシェーラ! よろしく!」


「ヨロシクネ、ハル!」


 すっかり意気投合して握手を交わすふたりを見て、影子の機嫌がますます悪くなっていった。がん!と机を蹴って椅子にふんぞり返ると、


「アニ豚同士仲良くやってんじゃねえよ、キッショ。おい転校生、このクラスに来たからにはまずアタシの膝から上にその汚ぇツラ出すんじゃねえぞ」


「はいっ、影子様♡」


「るっせ、お前に言ってんじゃねえよ、しゃしゃり出てくんなこの腐れマ〇コが」


「おい、影子! やめとけよ! ミシェーラはいい子だよ、仲良くしよう!」


「ちっ、完全に手のひらで転がされてんじゃねえかよ……でもまあ、ご主人様の意向だ、奴隷は二匹でいい。転校生、なんかあったらシメっかんな」


「待て、その二匹の奴隷の内一匹は僕なのか!?」


「あったりまえだろ」


「オーウ! おふたりってそういう関係!?」


「ふは、そうそう!」


「余計なこと言うな!」


「そしてもう一匹は私♡ 光栄です影子様♡」


 そんな風にハルたちと打ち解けたミシェーラを遠目に眺め、クラスメイトの誰かがぼやくようにつぶやいた。


「……また塚本グループがハデになるな……」


 騒々しい一行は、あたかも以前からそうであったかのように風景に溶け込んでいた。これもひとえに、ミシェーラの気取らなさのおかげだろう。


 新しい友達が増え、ハルは不機嫌な影子に気付きもせず、しばらくミシェーラと趣味の話をするのだった。


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