「ハルー! お昼ご飯いっしょしていいデチカ?」
昼休みの時間になって、ミシェーラが元気よくハルの元へ駆け寄ってきた。ちなみに、一ノ瀬は自主便所飯中である。
その目の前に、あからさまに不機嫌な顔をした影子が立ちはだかる。
「おい、毛唐のスベタ。アタシの許しなく二酸化炭素排出してんじゃねえよ。コイツ借りようってんならまずアタシを通しな」
「影子! また君はそうやって……! せっかく仲良くなったんだから、お昼くらいいいじゃないか」
「うっせ。アタシはコイツが気に食わねえ」
「基本君の気に食うやつなんていないだろ。ミシェーラ、もちろんだよ。いっしょに学食に行こう」
「あっこら! 勝手に話進めてんじゃ……」
「ワーオ! ワタシ学食初めてネ! 案内してニョ!」
妨害しようとする影子をかわして、ミシェーラがハルの隣に立って歩き始めた。この動き、タダモノではない。影子は憮然とした顔で床に唾を吐き、渋々ハルのもう片方の隣に並んだ。
学食にたどりつくと、ざわっと周囲が浮足立った。いつものハルと影子のコンビも目立つのに、そこに転校生の金髪美少女がついているのだ。あちこちからひそひそとささやき声が聞こえ、視線が集まってくるのがわかった。
「……なんか、やりにくいな……」
「そうデチカ?」
当の本人はきょとんとしていて自然体だ。ハルはひとり衆目にさらされながら居心地の悪さを感じていた。
「ちっ、だから言ったじゃねえか」
「君はただミシェーラが気に食わないだけだろ」
思いっきりぶーたれながらもしっかりきつねうどん注文の列に並ぶ影子に、ハルはツッコミを入れた。
「ゼロ距離すぎんだろ、なれなれしいんだよ」
「向こうじゃそれが普通なんじゃない?」
「ふはっ、けど新潟出身だぜ、あの女!」
「ご両親がアメリカ人だから、家庭的にそう育ったんだろ」
「けっ、アメ公なんざクソくらえだ。ファックユーって言ってやろうか?」
「また君はそうやって……!」
「ワーオ! これが食品サンプル!? メイドインジャパンの職人技ネ!」
ハルたちのないしょ話をよそに、ミシェーラはガラスケースに張り付いている。どうやら日本食うんぬんよりも食品サンプルの方に興味を引かれているらしい。
「ミシェーラ! 何食べたい?」
ハルが声をかけるとミシェーラが駆け寄り、
「ワタシかつ丼食べたいネ!」
「僕はカレーだから、同じ列だね。並んで注文するんだよ」
「日本の学食のレベル、ドンナものか拝見するデツ!」
「ほら、影子はきつねうどんだからあっちだろ?」
「わぁってるよクソが!」
「なんで毒づかれなきゃならないんだよ……」
影子は人込みを蹴散らすような足取りでうどんの列に並びに行く。
ミシェーラとふたりになって、あれこれアニメの話をしながらお互いのことも少しずつ知って、かつ丼とカレーを受け取るころにはすっかり距離が縮まっていた。
「おーい、影子! こっちこっち!」
「カゲコもいっしょ食べニョ!」
「るっせぇな。おら、ファッキンアメリカン、目ェ離してる隙にウチの奴隷に色目使ったんじゃねえだろうな?」
「影子! 言い方!」
たしなめるハルに刺すような視線を投げかけると、影子はハルの隣の席にどかっと腰を下ろした。その反対側の隣にミシェーラが座る。
さすがに好物の学食のきつねうどんを食べている間は静かにしていた。その間に、ハルはミシェーラを見やる。
「ワーオ! これはおいしいデツ! ゴハンがすすむクンデツネ!」
わっしわっしと大盛りのカツ丼を掻っ込みながら、ミシェーラはご満悦である。その豪快な食いっぷりに、カレーを食べるハルの手も進んだ。
三人そろって無言で昼食を楽しんでいると、後ろから声がかかる。
「よっ、塚本! 塚本影子と転校生も」
「ああ、倫城先輩」
基本的に昼休みの学食ではいつも友達から離れてハルに声をかけに来る倫城先輩。以前はそれが気遣いなのだと思っていたが、ホモだと判明した今、これはアプローチなのだとわかる。
ハルは同性愛に偏見はないつもりだが、いざ自分がそのターゲットとなると話は別だ。倫城先輩は非の打ちどころがない完璧超人で、ハルに好意を持ってくれているので、邪険にはしないが警戒はする。
「なんだ、早速仲良くなったのか。さすが塚本だ」
「そんなにおだてないでくださいよ、照れるじゃないですか」
「そういうとこもかわいいな」
「ごふっ!」
飲んでいた水を吹き出しそうになり、むせるハル。その様子を先輩は笑って眺め、
「ははっ、そういう反応もいい……さすがに塚本影子は不機嫌か」
「……るっせーんだよ、犬っころ」
水を飲みながら、椅子にふんぞり返り下からにらみつけるように倫城先輩に視線を向ける影子。そんな影子に苦笑いを返しながら、
「わかってるって。ご主人様を取られていい気分じゃないんだろ? 俺にもわかる」
「そんなんじゃねえし」
ぶすくれた顔でつぶやく影子はどうやら図星を差されたらしい。いつもの勢いがない。
それを見抜いた先輩は軽やかに笑って、
「ははっ、お前もかわいいやつだな。ま、見たところお前も手を焼くタマだろうよ、せいぜいご主人様を取られないように気をつけようぜ。お互いにな」
「消え失せろ駄犬」
しっしっと犬を追い払う仕草をする影子に手を振り、倫城先輩は友達のところへと戻っていった。
「……君、すねてるの?」
一連の話を聞いていたハルが尋ねると、影子はあからさまに殺意を込めた目でハルを射抜いた。げしっ!と机の下ですねを蹴られる
「いって!!」
「んん? だぁれがすねてるって? ぽっと出の転校生なんざ、アタシの敵じゃねえし?」
「いや、敵とか味方とか、そういうんじゃなくて……」
「ともかく、でれでれ鼻の下伸ばしてんじゃねえよ」
「別にそういう気持ちじゃ……」
「ハタから見ててキメェんだよアニ豚どもが」
毒を吐く影子だったが、それを毒とはとらえていない超ポジティブな人間がひとり。
「ワーオ! カゲコもアニメ見る? 見る? 楽しいニョ! 今度ハルの家でアニメ上映会しニョ!」
「冗談抜かせ頭にスポンジボブでも詰まってんのか」
「スポンジボブ! 懐かしいネ! 小さいころよく見たニョ! なぁんだ、カゲコもアニメ好きなんじゃないデチカ!」
「くっそ調子狂う……! おいアンタ、この女なんとかしろ!」
「えっ、僕……?」
「ハルとはすでに仲良しネ! あとはカゲコネ! 仲良くしニョ!」
「あああああああああああ!!」
いらいらがピークに達した影子は奇声を発して頭をかきむしり席を立った。こんな風にいら立ちをあらわにする影子はなかなか見ない。
「おい、行くぞ!」
「えっ、だってまだミシェーラが食べて……」
「いいから行くっつってんだよ!」
またしても腿をパァン!と蹴られて、悶絶する間もなく腕をつかまれ、ハルはそのまま連行されてしまった。あとに残されたミシェーラはそれに気づかず、満足げにカツどんをわしわしと頬張っている。
影子に引っ張られながら、ハルは非難の声を上げた。
「なんでミシェーラにああやって突っかかるんだよ! いい子じゃないか!」
「ともかく生理的に無理なんだよああいう根っからの陽キャは!」
「それじゃあ僕が陰キャみたいじゃないか!」
「自覚なかったのか、アンタ?」
「……う」
「……それに」
ふと教室の扉の前で立ち止まり、影子がつぶやいた。
「あの女、どうもキナくせぇ。なんかある。猫かぶってる感じすんだよ」
「ミシェーラが??」
「あくまでもカンだけどな」
影子のカンはバカにできない。『影』は集合的無意識ですべてがつながっており、表面上の記憶には上ってこないが、ときおりこうして虫の知らせめいた警告をすることがある。
しかし、にわかには信じられなかった。
ミシェーラがあやしい? ただの転校生が?
かつて敵対していた『影の王国』は最近では鳴りを潜めている。今更ハルと影子に用があるとは考えられない。
「……考えすぎだろ」
そう言うハルだったが、一抹の不安は消えなかった。
「んん、だといいけどな」
影子が教室の扉を開け、日常の風景が目の前に広がる。
この日常がまた、非日常へと変わる……?
バカらしい、と胸中で一蹴して、ハルは影子に続いて教室に足を踏み入れた。