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Pathos〜魔法少女と社畜と革命と〜
Pathos〜魔法少女と社畜と革命と〜
筋肉痛
現代ファンタジー異能バトル
2025年04月20日
公開日
1.8万字
連載中
日本政府公認の魔法少女チーム「スターリリィ」。 彼女たちは魔力結晶を糧に怪獣と戦い、人々の感情を照らす“国家防衛エンタメ”の最前線で輝いていた。 そして今――そんなチームのマネージャーに選ばれたのは、 デスマーチ中の中堅広告代理店勤務・高橋悠介(27)、社畜。 「やさしさって、伝染すると思うんだ〜!」 「じゃあ、アンタがやればっ!」 「スポンサーのロゴを消すぅ? 利益を生まない者は去れぃ!」 「生きる意味って有効期限あるだよね……」 ただの魔法少女に用は無い。まともじゃないから魔法なの。 天然炎上素材×孤高ツンデレ×銭ゲバ成果主義×自傷系病みで最強の方程式が完成だ! 炎上対応、予算交渉、労務管理、そして時には命を賭けた戦いまで―― 社畜スキル&マインドで、彼女たちの“光”を支え抜け! そして、高橋は気づく。 この国の“キラキラ”の裏には、感情・労働・命が煮詰まったドロドロがあることに。 魔法で感情が搾取される社会で、 社畜と魔法少女が選ぶ“未来”とは―― これは、働くすべての人々への、痛烈な応援歌である。

序章 スカウト

第一話 エアー田中と毛玉と涙と


 魔力結晶施設の実験場。ホールのように開けた場所の中央に元魔法少女レイラが磔にされている。キラキラの源だった場所だと誰が想像するだろう。


「彼の者は人々の夢を叶えるために行使すべき魔法で、あろうことか人々を傷つけた!」


 スピーカーから大音量で断罪する声が響く。レイラは感情の残滓を全て出し切るように無理やり笑った後、叫んだ。


「魔法が夢を叶える? 笑わせないで。魔法はね―」



 しまった、納期まで時間がないのに数秒意識を失った! しかも夢を見るなんてなんて失態だ。「たるんでる!!」ほら、エアー田中 上司が心の中で叱咤してくるじゃないか。


 ……でも、妙に頭に残る夢だったな。


 雑念と眠気を振り払うように私、高橋悠介は大きく伸びをしてなんとなくオフィスを見回した。


 新宿のオフィスタワーは、夜になるとネオンの海に浮かぶ孤島のようだった。オフィスビルの33階。デスクには人生の全てがある。うず高く積まれた書類、ちらつくモニター、無数の未読メッセージ、果てしないスプレッドシート、飲みかけの缶コーヒー。誇張ではなく、私にはそれしかない。


 納期は朝6時。タスクは、100ページの提案書の改訂。「魂がこもっていない」と実在性田中から仰せつかった。


魂、ね。


 ありがたいお言葉ではあるが、社畜5年戦士の私には一番遠い概念だ。人並の労働時間に換算すれば10年間以上は働いていて”精神と時の部屋”を現実世界で再現している。皆に助言しておこう。フィクションを実現しようとすれば過労死まっしぐらだ。


 さて、それはさておき抽象的な指示で、すでに失ったモノの言語化を求められている。気分は錬金術師だが、昔やったRPGのように簡単にはジョブチェンジできないので無心で作業を続ける。何も考えないようにすると、否応なしに内面を見つめてしまうのが人間だ。


 27歳、独身。中堅広告代理店のどこへ出しても恥ずかしいコンプラ的意味で 立派な社畜だ。神は納期、信仰は効率。恋愛? 趣味? KPIに無関係なものは排除してきた。


 まぁ確かに最初からそんなただのアルゴリズムのような存在だったわけではない。今は記憶の彼方だが、ささやかな夢もあった……ような気がする。


 だが、信頼していた先輩・健司に裏切られ、大プロジェクトの功績を全部奪われた。過大評価かもしれないが、半分以上は私の調整に寄る成果だ。「一緒に昇進しようぜ」と笑ったあの顔が、今でも夢に出て吐きそうになる。


 健司ゴミカスは狡猾だった。足元を掬われないように私のネガティブキャンペーンを行った。その効果は抜群で激務だが評価が得られない営業支援課に私は配置転換され、挽回のために2年間、1日3時間睡眠で働き、会議中に倒れたら「自己管理が甘い」と叱られた。


 それからというものの心はエクセルエラー表示の#REF!だ。感情関数は機能しなくなって久しい。


 時刻は1時37分。キーボードを叩き、87ページ目のスライドを仕上げていた。田中の声が脳内で響く。「高橋、もっとパンチを! クライアントを殴るつもりで!」 パンチ? 私の人生ではパンチは一方的にもらうものだ。タオルを投げないのは意地でしかなかった。


 スマホが震える。モフ丸、またあのスパムだ。3回ブロックしたのに。無視。


再度震える。

無視。


 すると、スマホ画面が工事現場でよく見掛ける黒と黄色のストライプでくくられた緊急任務という文字で埋め尽くされる。どういう原理か分からないが、それは作業中のPCにも侵食してきた。


 っ! ウィルスだ! 


 瞬時にPCの電源ボタンを長押しして二次災害を防ごうと試みるが何秒押しても強制シャットダウンされる様子が無い。落ち着け。必要なタスクを遂行するだけ。それだけだ。深呼吸して一旦指を放して、再度長押しする。状況は改善されない。まだ連絡していないのに、田中の怒声が聞こえてくる気がした。


「高橋悠介、緊急任務っぴ!」


 だが、聞こえてきたのは機械的な合成音声だった。


「魔法少女チーム『スターリリィ』のマネージャーに任命! ただちに着任するっぴ! 繰り返す―」


 PC画面にうさぎをモチーフとした丸形のマスコットがドット絵で描写され、音声に合わせてそれが話しているようなモーションをする。


 目をこすった。幻覚か?


 モフ丸(多分)がスプレッドシートに侵食して1つのセルを削除した。「 承諾しないと、このPC及びクラウドにあるデータをひとつずつ消していくっぴ」


「承諾する」


 脳が反応したわけではない。口の反射運動だ。とにかくここではないどこかへ。その願いだけが私に残った人間らしい部分だ。それが思考を介さず反応した。


「ん、なんて言ったっぴ?」


「承諾する」


「あっやっぱり。聞き間違えじゃなかったっぴ。いやぁモフ丸が言うのもなんだけど、こういうのって一度断るんじゃないっぴ?」


「断ってほしいのか?」


「いや、そういうわけじゃないだけど、こう無理やり押し付けるみたいな感じの方が盛り上がるっぴ」


「盛り上がると、君は昇給するのか?」


「いや、モフ丸はAIだからそういうのないけど、Pathosパートゥスが滾るっぴ」


 AIなのに言っていることが抽象的すぎて理解できない。特にパートゥス?の意味はさっぱりだ。そんな言葉聞いたことないが、枝葉は無視だ。早く結論がほしい。


「スカウトに来たなら、さっさと契約書を提示してくれ。さもなくば、消えろ。業務の邪魔だ」


「社畜が贅沢言うなっぴ。そんなものないっぴ」


 やはり幻覚か。デティールが弱い。


「契約書を提示できないなら詐欺だ。労基 ロウキに通報するぞ」


 幻覚には現実で対抗する。普段は自分の首を絞めるから使えない最終奥義ロウキの発動だ。


「お、お前、社畜のくせに労基を使うっぴか!」 モフ丸の目が焦ったように光る。「ほら、契約書!」PDFが画面上に表示される。「魔法少女管理局、公的機関だっぴ!文句ないっぴよね。 給与は成果報酬メインっぴよ デクレッシェンド >


「魔法少女? ……残念ながら幻覚か」


 溜息をつく。疲れているんだな、私は。


「今更、そこっぴ!? 最初に言ったっぴよ。それにしても、魔法少女を知らないなんてここ数年、山にでも籠ってたっぴ?」


 モフ丸のドッド絵が大きく首を振る。


 山ではなくオフィスだった。自慢じゃないが5年間で家に帰ったのは、数えられるくらいしかない。……本当に自慢じゃないな。


「この数年、業務に無関係なモノに割くリソースは皆無だったんだ」


「いいっぴ、いいっぴ。だからこそ、スカウトするんだっぴよ。そんな悠介君のために説明してあげるっぴ。魔法少女は政府公認の『国家防衛エンタメ事業』! 悪の組織ダークギャラクシーから日本を守るキラキラ戦士だっぴ!ほら、M.A.G.E.メイジの公式サイト! PV、1億再生だっぴ!」


 画面にド派手なPVが流れる。


――


ピンクのハートが爆発し、キラキラ衣装の少女たちがダンボール怪獣を倒す。


ナレーションが叫ぶ。


「ダークギャラクシーの脅威から日本を守れ! 魔法少女が君の未来を輝かせる!」


BGMはJ-POPの安っぽいリミックス。総理大臣が登場し、ヒップホップダンスを披露して「魔法少女を応援しよう!」と締める。


そして、最後に提供が流れた。「この番組は政府機関、|Magical Asset Governance Executive《魔法資産統括執行局 》、略してM.A.G.E.の提供でお送りしました」


 コメント欄は「キラキラ最高!」「死ぬ気で推し活納税します!」「M.A.G.E.!M.A.G.E.!」で埋まる。


――


 疑問点が洪水のように押し寄せた。CGではないのか? なぜ、怪獣がダンボールでできているんだ? 総理大臣多芸だな。でもヒップホップ関係あるのか? 推し税? 胡散臭さしかない。


 しばし思案する。朧げな記憶を辿ると確かに、クライアントからの依頼でも「キラキラ戦士」を見た記憶がある。……現実なのか?


――


 PVの最後、魔力結晶の映像が映る。


「2020年代、富士山直下のマントル深部から発見された新エネルギー! 魔法少女が我が国を輝かせる!」


 結晶のキラキラが、まるで詐欺広告の輝きだ。


――


 PVの説明曰く、魔力結晶は特定の人間にしか作用せず、その特定の人間が魔法少女になるらしく、彼女達は魔法で生活を豊かにしたり、広報アイドル活動中に魔法で人々に元気を与えたりする。


 その最も重要な役務が、魔力結晶を簒奪するために組織された秘密結社ダークギャラクシーから放たれる怪獣などの驚異の排除らしい。


「……信じられない。まるで漫画じゃないか」


 思わず呟いてしまう。玉手箱を開けた気分だ。


「もぉ仕方ないなぁ。大サービスだっぴ」


 モフ丸がそう言うと、PCがピンク色に激しく発光し視界が失われる。光が収まった時、目の前にいたのは大きな白い毛玉だった。申し訳程度に耳が生えているように見える。


「ビビデバビデブー!! モフ丸だっぴ。魔法の実演、どうだっぴ?」


 毛玉が跳ね回りながら合成音声ではなくクリアな声で喋った。幼児のようなに舌足らずで微妙にいらつく。


 分かった。受け入れよう。エビデンスを示されたら素直に認めるのが効率的に業務をすすめるコツだ。


「委細承知した。ところで、先ほど成果報酬と言っていたな? 歩合制はブラック企業の常套句だ。固定給、残業代、福利厚生は契約書に明記されているよな? 精読させてくれ」


 先ほどの発言。前半のインパクトと後半の声の小ささでスルーさせようとしていた意図はお見通しだが、どんな些細な上司の発言も聞き逃さない私には通用しない。


「社畜のくせに細かいっぴ~。ほら、印刷してあげたっぴよ」


 契約書が虚空から出現する。魔法、便利だな。これがあれば、あと5つは追加でタスク抱えられるかも……いかん、また社畜思考だ。だが、社畜経験で積み上げたスキル・マインドも多い。


「失敗はデータ。蓄積すれば同じミスはしない」


 これもそのひとつだ。


 一言一句見逃さないように契約書を読み込む。報酬の条件は想像していたものよりも良かった。何より現職よりいいのが救いだ。業務内容は労務・総務関係と行った所か。今と変わらんな。表舞台で注目を浴びる者の影に、歯を食いしばって地味な激務を抱える者がいるのはどこでも一緒か。


 同じ歯を食いしばるなら、先ほどのPVのように表舞台はできるだけ派手な方がマシだろう。


 まぁ御託を並べてみたが、単純に魔法、面白そうだ。心底でじんわりと湧き上がる感情がある。これは何だっけ……ああ、ワクワクか。


 ……そうだ。これだけ面白そうな仕事なら志願者がたくさんいるはず。なぜスカウト、しかも俺なんだ? やはり詐欺かもしれない。


「ひとつだけ質問いいか?」


「ひとつだけっぴよー。ちなみに今の質問はカウントしないであげるっぴ。モフ丸は天使だっぴ」


 小学生の悪ガキみたいなことを言うAIだ。いや実態があるからロボットなのか? まぁどっちでもいいが、精神レベル設定は低いのだろう。


「なぜ、スカウトなんだ? 募集すれば山のように応募が来るだろう」


「……お前で15人目だっぴ」


 唐突なモフ丸の言葉の意味が分からず毛玉を見つめて黙り込んだ。今、私の頬には”キョトン”と書かれているだろう。


「前の14人には断られたっぴ。あっもしかして、自分が選ばれし勇者だとか思っちゃったっぴ? なんか、ごめんね、ごめんねー」


 毛玉がはしゃぐ。これぐらいのディスは微風だ。そもそもディスがどうかも怪しい。別に何も感じない。


「ご指摘の通り私は無能だ。故にこうして無限残業している」


 毛玉が止まる。赤い発光体目玉が私を捉えて放さない。


「何を言ってるっぴ? お前は仕事、超できるっぴ。候補に入っただけで、この国の全ホワイトカラーの上位5%に入るっぴよー」


 言葉の意味が脳に浸透するまで時間がかかった。人生で言われた事がない言葉だったからだ。周囲の人間は、私と関わる大半の時間で私の価値を貶める事だけに注力しているとしか思えないくらい、否定の言葉しか吐き出さなかった。


 砂漠で見つけたオアシスを蜃気楼と疑うように、心が慎重に言葉を反芻する。


「……本当か?」


「優秀な社畜のくせに、合理性の塊であるAIを疑うっぴか!? さすが仕事のシュアさが一線を画すっぴねぇ。ほら、大好きなエビデンスだっぴ。たらふくお食べっぴ」


 PC画面に私が今まで作成してきたドキュメントや、人知れず調整・段取りしてきた案件が次々に表示されていく。私はそれを真っ直ぐに見つめながら、頬の違和感に気づく。なんだ、ついに身体的バグが発生するようになったか? 手で触れて、水であることが分かる。目から水?……涙か!


 私は泣いているのか……。


「ひょー! お前のPathos、キラキラしてるっぴ! アラサー社畜なのに信じられないっぴ!!」


 人が深い深い感傷に浸っているのに空気を読まないへんてこAIだな。だが、


「一番言われたかった言葉を、へんてこAIに言われるとはな」


 私は思わず本心を口に出していた。それぐらい私の中で感情バグが溢れていた。


 感情バグによる誤作動かもしれないが、私は契約書に徐にサインしていた。


「アラサー社畜って言われるのが嬉しいっぴか? 変なやつっぴねー」


「……ははは、そっちじゃないさ。」


 驚いた。私はまだ笑えるのか。


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