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第一章 社畜の魔法少女マネジメント報告

第一話 炎上とトマトとプライドと

 契約書にサインしてからは驚く事ばかりだった。私の意見を絶対に排斥するあの田中が二つ返事で退職を認め、翌日には新しい職場にいた。これも魔法なのだろうか。


 新環境でもアウェイ感がまったくない。指定された席は完全に元職場の私のデスク、そのままだった。散らかり具合まで再現しなくてもよいと思うが妙な気の遣われ方だ。


 唯一違うのは毛玉が乗っている点だ。


「じゃじゃーんっぴ! 本日の業務内容をお届けするっぴ! さぁ働けっぴ!」


 毛玉は業務リストを置いて、ポフポフとかわいい足音を立てて去ろうとする。


「まてまて、引継ぎもマネジメント対象との顔合わせも何もなしか!」


「魔法少女は超多忙っぴ! タスクをこなしながら自己アピールするっぴよ。引き継ぎはそのデスクがそうっぴ。前任者が失踪したから、そのまんまっぴ。宝探しみたいで楽しいっぴねー」


 なるほど、上出来だ。前の職場みたいに失踪者の残タスクをまるごとゴミとして処分するよりはだいぶマシだ。宝探し、上等。


 では、さっそくタスクリストを見ていくか。色とりどりの蛍光色でマーカーされていて、まるで勉強のできない奴の参考書みたいだな。何が大切なのか、ちっとも分からん。印字された内容がこちら。


《スターリリィ本日のお仕事》


・カノンのSNS炎上対応


・すみれのPR動画再撮影


・リリカのスポンサー確認(例の件)


・メグの感情レポートチェック


・チームの魔力消費モニタリング(夕方まで)


・高橋の適応テスト(たぶん過労)


 最後の項目に悪意を感じるのは、この職場なりの歓迎会といった所か。


「……初日から炎上対応?」


「日常茶飯事だっぴ」


 モフ丸に緊張感が感じられない。本当に日常的に起きているのだろう。


 モフ丸がソファの上にホログラムを展開する。そこには、とあるSNS投稿が映し出されていた。


白瀬カノン@kanon_lily15


「怪獣にも心があるかもしれないよね! だからなるべく痛くしないように戦ってるんだ〜!」


 コメント欄は大荒れだ。当然だ。SNSは正義マン達の溜り場であるから、悪の象徴である怪獣に配慮する発言なんてしたら怪獣と同列に扱われても文句は言えない。


「推し活納税返せ!」


「こっちは税金で見てんだよ」


「怪獣擁護とかありえない」


「天然ってレベルじゃねーぞ」


「推し活納税で学費払えないかも……」


 なるほど。これは紛うことなきTHE炎上である。


 火力としては中規模火災レベル。平日の早朝だというのに、暇人が多いな。


「で、投稿主の白瀬君とやらはどこに?」


「さすが、高橋君はできるっぴねー。動揺せず、取るべき対応が分かっているっぴ。こっちだっぴ」


 スーツのジャケットを正して、スターリリィのラウンジに向かう。行きすがら運よく宝島デスクから瞬時に見つけた白瀬カノンの人事資料を流し見た。これは……


「やさしさって、伝染すると思うんだ〜!」


 白瀬カノン、15歳。


 銀髪ロングにフワモコチュール。まさに理想的な“魔法少女”の外見を持つ彼女は、ぬいぐるみを抱えながらスマホに向かって笑っていた。画面にはライブ配信のUIが映っており、コメントが高速で流れている。


「白瀬君、ちょっといいか? 私は高橋。君の新しいマネージャーだ」


「新しいお兄さん! カノンの優しさに導かれてきたの?」


 ……なるほど。資料を見て直感したが今まで取り扱った事がないクライアントだな。


 まあ確かにスカウトされた時、優しさに包まれたかな……モフ丸のな。


「さっきの投稿の件、少し話せるか?」


「怪獣くんのこと? もしかして、お兄さんも怒ってる?」


 白瀬はすでに泣きそうな表情をしている。私は深呼吸してから、言葉を選ぶ。クライアントを納得させるには、同じレベルにならなければならない。同調ミラーリング効果を狙う。


 彼女は15歳にしては思考が幼い。そういうキャラ付けなのか、あるいはそういう発達スピードなのか、どちらにしてもチューニングを合わせれば良い。良し悪しを語っても仕事は進まない。


「ううん、怒っているわけじゃないよぉ。でも、みんな怪獣さんが大嫌いなんだぁ。白瀬君は、大嫌いなものあるかい?」


「んートマト?」


「そうかー、トマトってなんか腐ってるみたいでいやだよねぇ、わかるわかる」


「そう、ぐじゅってなってすっぱいのがや!」


「じゃあ、みんながトマトおいしいんだから食べろよ!って言ってきたら嫌だよね?」


「ぜったい、や!」


「じゃあ、わかるよね?」


 白瀬は首が取れる勢いで大きく首肯した。


「わかった! 皆が怪獣くんを好きになれるようにもっともっと優しくするね!!」


 彼女はスマホに向かって、満面の笑顔で言い放つ。


 炎上にナパーム弾を投げ込む音がした気がした。


 モフ丸がこっそり耳打ちしてくる。


「お兄さん、お兄さん。初日からキミのPathosがすごく伸びてるっぴ。見てこのグラフ、心の折れ線がキラッキラっぴ!」


 何がキラキラだ。こっちはこれからの苦労を思うとフラフラだよ。


 そして、私の初仕事は謝罪動画出演となった。華々しいデビューである。


 動画の撮影が終わり、一服しようとお湯を沸かしたところで、オフィスに大声が響き渡る。


「キラキラが……足りないのよ!」


 なんだ、最近はポッドも喋るようになったのか?……冗談はこれくらいにして、さぁ仕事だ、仕事。声が聞こえた部屋へ速足で向かう。あのスタジオではグループのリーダーがPR動画を撮影していたはずだ。


 スタジオに入った瞬間、ピンクのリボンが天を仰いだ。


 強めのライトが何台もあり、異常な光量だった。夜の工事現場で使うようなバルーン型の照明もある。目が眩みそうだ。


 多すぎる光を一身に浴びるのは、魔法少女チーム「スターリリィ」のリーダー、星宮すみれ。資料によると年齢は非公開らしい。少女なんだから、隠す必要ないと思うが。……いや、多感な少女だからこそとも言えるか。あるいはブランディング戦略なのかもしれない。


 彼女は現在、“春の推し活納税キャンペーン”のPR動画を自撮りで撮影中だ。


  ”推し活納税”、ふるさと納税に着想を得て施行された政府公認の投げ銭制度だ。何でも魔法少女の魔法を維持するのには莫大なコストがかかるらしく、その推し活納税は重要な財源になっていてM.A.G.E.《メイジ》もPRにかなり力を入れているらしい。だから、魔法少女はアイドル的扱いをされている。


 昨日、本当に久しぶりに深夜残業がなかったので、事前調査をして得た情報だ。

 しかし、美化されているが配信者への投げ銭と同じで搾取の構造ともいえなくないか?


 今は星宮に集中しよう。



だがテイクはすでに12本目らしい。モフ丸が耳打ちしてくれた。スタッフは誰もいない。若者を中心に国民に絶大な支持を得ている魔法少女アイドルなのに……何故?


「高橋は登山は好きっぴ?」


 モフ丸が完全に浮遊し、唐突に質問してきた。


「今話す話題か? エラーならメンテしてもらえ」


 相手がAIなら、前職時代に各種取り揃えたオブラートは不要だ。モフ丸は無視して続ける。AIに無視という選択肢があったのは驚きだ。


「彼女は孤高なんだっぴ。誰よりも高い所にいるっぴ。でも、高い所は空気が薄いから周りは息苦しくなって離れていくっぴ。高橋は死ぬ気で登るっぴよ!」


 こいつ、本当にAIか? 詩的な表現に思わず唸ってしまった。しかも、私が思っている事に的確に応えてきている。どういうアルゴリズムを搭載しているか、俄然気になってきた。


「高山病になったら、労災はおりるのか?」


「ははは、面白い冗談だっぴねー」


 確かにユーモアのつもりで行ったが、労災は下りてほしいぞ、フツーに。


「まっどっちにしろ予算がカツカツだから、高橋以外のスタッフなんてつけられないっぴ~」


 台無しだ。私の感心を利子をつけて返してほしい。


「もう一度……!」


 結構騒がしくしていたはずだが、星宮の視界に我々は映っていないようだ。すごい集中力だ。まさに鬼気迫る。


 と、ふいに彼女がふらつく。私は駆け寄り咄嗟に支えた。


 近くでみると、彼女の肌は作り物染みて艶があるが、細部では少女にはありえないだろう皺が少しだけ顔を出している。


 一体、実年齢は何歳なんだ? 


 余計な事が気になったが、今は彼女の体調が心配だ。


「大丈夫か?」


「……大丈夫に、決まってるでしょっ!」


 鋭く跳ね返された。が、声は明らかに掠れていた。


「っていうかアンタ、誰よ。不審者?」


 不機嫌そうに私を睨む彼女の手には、魔法でキラキラと加工されたテロップ入りのスマホ。その指が1、1と画面上のテンキーを押していく。私は魔法は使えないが、未来が見える。次は0を押すつもりだ。


「ま、まて! 私は高橋。君の新しいマネージャーだ」


「あっそう」


 それだけ言うと彼女は撮影に集中し直した。どうせまたすぐ辞めるでしょ、と小声で言ったのを私は聞き逃さない。社畜5年生をあまり舐めない方がいい。


「それと、その照明、配置的に逆光じゃないか?」


 数ある照明から一つを指差す。PR動画の撮影現場は何度か同席したことがあるので、その配置に違和感を持つことができた。


「今直そうと思ってた!!」


 間髪入れず癇癪が来る。彼女にはストレートに言った方が良いかと思ったが、判断を誤ったか。思春期女子は、大人の顧客クライアントよりも遥かに扱いが難しいな。



 彼女が撮影している動画内容は、「あなたの愛が魔法を支える!」というフレーズを笑顔で言う、たったそれだけ。時間にして2秒ほど、だ。


 だが、何度撮っても、彼女は納得しない。


「もっとこう……“キラキラ”が伝わらないとダメなのよ。伝わらないものは無いのと一緒よ!」


 静かに、でも切実に言う彼女の横顔は、“プロフェッショナル”のそれだった。なるほど、気に入った。


 モフ丸が後方でヒソヒソと喋る。


「すみれちゃん、昨日は寝てないっぴ。自分のシーンじゃない所も含めて、PR動画の構成を夜通しチェックしてたっぴ」


 そうか、彼女はプレイングマネジャー《 地獄の征く者》だったか。


「水分は取った方がいい。脱水の症状が出ている」


 何を隠そう私が何度もなったことがあるから、手に取るように分かる。


「いらないわ」


 私の手を押し返す指先が、冷たい。


「今、撮らなきゃ間に合わないの! 納期に間に合わないとみんなに見てもらえないの。アルゴリズムって、そういうものだから」


 彼女の言葉は正しい。


 SNSの拡散率、広告効果、注目度の時間帯。すべてを計算して“今しかない”とわかっているからこそ、無理をしている。


 でも、それでも。


「もし倒れたら、自己管理ができていないと判断し強制的に休業させるぞ」


 あえて、私がトラウマとして抱えている言葉を引用した。彼女にはこれが響く。仕事人間同士だからこそ、通じるものがあるのだ。そして、労務管理は私の仕事だ。仕事は死んでも遂行する。それが社畜だ。


「……分かったわよ。そこまで言うなら代わりに撮ってみせなさい。あなたが思う愛を」


 私にスマホが押しつけられた。私はそれをそっと押し戻す。


「なによ、できないっていうの?」


 ヒステリックに叫ぶ彼女に諭すように私は応える。


「もう撮ってある。モフ丸、撮影中の彼女の映像出せるか?」


「なんだっぴ。モフ丸はカメラじゃないっぴ」


「そういう機能があることは確認している。いいから早くだせ」


「ぴー!! モフ丸の方が先輩なのに!!」


 モフ丸は一通りぷんすか跳ね回った後にしぶしぶ、何度もリテイク繰り返す、星宮の姿をホログラムで映し出した。


 その映像を見て彼女は眉をひめている。


「アイドルの事は良く分からないが……」


 そこで言葉を切り、彼女の目をまっすぐ見据える。本心であることを示すためだ。


「私には作り上げた笑顔よりこの姿の方がキラキラして見えた」


 星宮は雷に打たれたような表情を一瞬浮かべたが、すぐにしかめっ面になり


「勝手にすればいいわ!」


 そう吐き捨ててスタジオを出て行った。


 と思ったら、顔だけ出して言い放った。


「……一応言っておくわ。マネージャー、これからよろしく」


乱暴に扉が閉められた後、モフ丸が興奮して言う。


「高橋すごいっぴ! すみれちゃんのP値がかつてないほど上がってるっぴ」


 P値? 有意性検定でもしたのか? 誰か説明してくれ!

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