「さて、それじゃあ本題に入りましょうか」
釜谷先生はそう言って腕を解くと、ソファーの背もたれにもたれかかるようにして姿勢を崩し、脚を組む。それから顎に手を当てながら僕たちを順番に見回していった。
その視線を受けて、みんなは黙って次の言葉を待つ。そして釜谷先生はゆっくりとした口調で話し始めた。
「あんたたち……確認なんだけれども。今度の校外学習の班決めについて、ちゃんと考えているかしら?」
「え?」
「ん?」
「あ?」
釜谷先生の言葉に僕たちはそれぞれ反応する。僕はまたその話題かと思い、弥生さんは首を傾げて反応し、卯月にいたっては面倒くさそうに眉間に皺を寄せていた。
そんな三人の様子を見た釜谷先生は小さく息を吐くと、改めて問い直した。
「もう一度聞くわね。あなたたち、今回の校外学習の班決めについては、ちゃんと考えているのかしら?」
その問い掛けに、最初に答えたのは弥生さんだった。
「はいはーい、モチのロンですよ!」
元気よく返事をする弥生さんに対して、釜谷先生の表情が曇る。そして少し間を置いてから言葉を続けた。
「そう。なら、弥生ちゃんはもう班が決まっているってことでいいのかしら?」
「いえ、決まっていませーん! っていうか、考え中なんだけど、まだ全然決めてないんだよねー」
釜谷先生の問い掛けに、弥生さんはあっけらかんとした様子で答える。そんな彼女の反応を見て、釜谷先生は頭を抱えてしまった。
「はぁ……やっぱりそうなのね。全く、この子はいつもこうなんだから……」
呆れ顔でそう呟く釜谷先生に、弥生さんは口を尖らせて反論する。
「えー、別にいいじゃないですかぁ。アタシだってちゃんと考えているんですよぉ?」
抗議する弥生さんを、釜谷先生はやれやれといった表情で見つめると、溜め息を吐いた後に言った。
「あなたの考えてるって、どうせ全員の話を聞いた上での折衷案とか妥協案でしょ? みんなが納得する考えじゃなくて、あなたの考えを聞きたいんだけども?」
「あー……それは、そのぉ……」
釜谷先生の言葉に、弥生さんは気まずそうに視線を逸らす。そしてそのまま黙り込んでしまった。
その様子を見た釜谷先生は、呆れたように溜め息を吐いた後で、僕に視線を向けてきた。
「じゃあ、あなたはどうなの、立花ちゃん」
「えっ!?」
突然話を振られて驚く僕。しかし、そんな僕の様子など気にすることなく、釜谷先生は言葉を続ける。
「昨日にも言っておいたと思うけど、ちゃんと考えてあるのよね? 班分けのこと」
「あ、はい……一応、ですけど」
僕はおずおずと答えを返す。すると、それを聞いた釜谷先生は満足そうに頷いていた。
「ならいいわ。それで、どういった感じにしたの? 教えてちょうだい」
釜谷先生はそう言いながら、ずいっと身を乗り出してくる。僕はそれに気圧されながらも、先生に説明を始めた。
「その……とりあえず、如月さんと同じ班になることは決めました」
「まぁ、あなたはそうでしょうね。それは聞かなくても分かっていたことだけど……それで、他には?」
「え?」
「班は四人組で組めって言ったわよね。残る二人については誰かと相談したの?」
「えっと、それは……」
僕はそう口にしつつ、弥生さんを見た。先程の彼女との作業時に相談はされてはいるけど、先生からの問い掛け時には彼女はそれを口にしなかった。
それはつまり、言わない方がいいのだろうか。それを口にした場合、何か彼女にとって不都合なことでもあるのだろうか。だから、僕は敢えてそのことを伏せたまま説明をすることにした。
「……まだ、如月さん以外には相談はしていません」
僕が視線を逸らしながらそう伝えると、釜谷先生は呆れたような表情になった。
「立花ちゃん……あなたやっぱり、周りに相談していなかったのね。昨日に言ったでしょ? 他の人ともっと関わり合いになれって?」
「は、はい……」
「まぁ、昨日の今日でいきなりやれって言っても難しいとは思うけど……せめて、もう少し周りと交流を持ちなさい」
「……はい」
釜谷先生の言葉に、僕は頷くことしか出来なかった。それ以上、何も言えることがないからだ。
そして釜谷先生は最後に卯月の方に視線を向けた。それに合わせて、卯月は先生から視線を外す。しかし、釜谷先生はそんな彼の様子に構わず声を掛けた。
「さて、卯月ちゃんはどうするの? あなたもまだ決めていないんでしょう?」
釜谷先生がそう言うと、卯月は一瞬、表情を強張らせたように見えた。それから彼は頭を掻きつつ、渋々と言った感じで返事をした。
「まぁ、そうだけどもよ……別に俺は何だって構わねぇし。何なら、最後に余った班にでも入れば問題ねぇだろ」
卯月がぶっきらぼうにそう答えると、釜谷先生はこれまた呆れた様子で首を横に振る。
「あのねぇ、卯月ちゃん。そんな適当に考えていると、後々になって後悔するのは自分なのよ? それに、他の子たちとも仲良くなりたいとは思わないの?」
「思わねぇよ」
釜谷先生の問い掛けに、卯月は一切考える素振りも見せずに即答する。それを見た先生はさらに深い溜め息を吐いていた。
それから釜谷先生はここにいる僕ら三人全員を順番に見回すと、腕を組んでから口を開いた。
「揃いも揃ってあなたたちは……どうしてこうも違うベクトルで問題児なのかしらね……」
「えー! せんせー酷ーい!」
釜谷先生の言葉に、真っ先に不満を口にしたのは弥生さんだった。それに対して、先生はすかさず言い返す。
「あら、ごめんなさいね。でも、事実でしょう?」
「うぐっ……!」
釜谷先生の言葉に、弥生さんは言葉に詰まってしまう。そんな彼女に対して、先生は追い討ちを掛けるように言葉を続けた。
「弥生ちゃんはね、一見すると問題児には見えないけど、実は自分の意見は一切言わずに周りに合わせてばかりじゃない。それが悪いこととは言わないけれど、少しは自分というものを持った方が良いと思うわ」
「うぅっ……! そ、そんなことないもん……」
先生の言葉に、弥生さんは弱々しい声で反論するが、その声は尻すぼみに小さくなっていった。
「いいえ、そんなことあるわよ。現にあなたは、そうやって人の顔色を窺っているだけでしょう?」
「それは、その……」
弥生さんは俯きがちになりながら言葉を詰まらせる。そしてしばらく沈黙が続いた後、釜谷先生は僕に視線を移してきた。
「立花ちゃんは言わずもがな、周りと関わらないのが問題よね。それは如月ちゃんも同じだけど、それを怖がっていたら、いつまでたっても変わることは出来ないわ」
「うっ……」
先生の言葉に、今度は僕が黙り込んでしまった。確かにその通りだったからだ。そして釜谷先生は僕から視線を卯月に移した。
「卯月ちゃんは人と合わせることを覚えなさい。一匹狼を気取るのはいいけれども、それでは社会に出て苦労するだけよ?」
「チッ……うるせぇなぁ……」
先生の言葉に、卯月は小さく舌打ちをして悪態を吐く。そんな卯月の様子を気にすることもなく、釜谷先生は話を続けた。
「まあ、あんたたちの言い分は分かったわ。それを踏まえた上でアタシから提案があるんだけど……聞いて貰えるかしら?」
釜谷先生はそう言いながら、僕たちの顔を順に見回していった。その問い掛けに、僕らは黙って頷いた。
「それじゃあ……あんたたち、今度の校外学習はここにいる三人と、如月ちゃんを含めた四人で班を組みなさい」
「「えっ!?」」
釜谷先生の言葉に、僕と弥生さんはほぼ同時に驚きの声を上げた。一方、卯月だけは驚いた様子を見せずに黙っているだけだった。
そんな僕らの様子を見兼ねたのか、釜谷先生は優しく微笑みながら声を掛けてきた。
「下手にあんたたちを個別に振り分けると、きっと上手くいかないと思うわ。だから、一緒に纏めた方が手っ取り早いと思うのよ」
「……なるほど」
僕は納得して頷くと、隣にいる弥生さんも首を縦に振っていた。どうやら彼女も納得したようだ。
「卯月ちゃんも、それで構わないわね?」
釜谷先生が念を押すように尋ねると、卯月は黙って一度だけ頷いてみせた。それを見て、釜谷先生は満足そうに微笑むと、再び僕らに向き直ってきた。
「これで決まったわね。それじゃあ、話しは終わりよ。アタシは仕事があるから、三人とも、気を付けて帰りなさい」
そう言って釜谷先生は立ち上がると、応接スペースから出て行って自分の席に戻っていった。
僕たちはそれを見送った後、顔を見合わせて頷き合うと、立ち上がって職員室から出て行くことにした。